【同人誌1巻発売記念】夫のやきもち
ご無沙汰しております。
このたび、BOOTHにて黒幕さんの同人誌1巻を発売しましたので、遅ればせながら記念SSをお届けします!
結婚後の二人の様子をぜひぜひ見守ってあげてください(*´˘`*)♡
背の高い大広間に大勢の招待客たちが集まり、貴婦人や令嬢たちのドレスが白い大理石を彩る。
ここは、ノックス王国の王城の中。しつらえはどれを見ても一級品で、特に天井から下がるシャンデリアは夢のように美しく、視線を奪われてしまう。
これは、妖精たちに頼んで誂えてもらった特別な品らしい。素材には純度の高い魔法石が使われているのだとか。
妖精の魔法で、シャンデリアから美しい星屑のような光が零れ落ちる演出がされている。
そんな豪奢で幻想的な会場の中で、とある問題が起こっていた。
「レティ、手を繋ごう」
柔らかな笑みと共に手を差し出される。
長く綺麗な指をじいっと見つめると、ノエルは美しい所作で私の手を握った。
馬車から降りる時のエスコートであれば、まだ許そう。
しかし、パーティー会場を移動するのに、子どものように手を繋いで歩くのはいかがなものか。
ノエルがどの舞踏会でもこのようなエスコートをするものだから、今では王国中の貴族たちの間で話題になっているのだ。
おかげで、舞踏会に行くたびに見世物のように注目されてしまうのが悩みどころ。
最近では、「あら! 本当に手を繋いでいて可愛らしいわ!」なんて囁いている声が聞こえてくるようになった。
聞こえた途端に逃げて帰りたくなるが、侯爵夫人としての務めを果たすべく、我慢している。
「ノエル、どうしていつもこうなのよ? エスコートの仕方を知っているでしょう?」
「手を繋いでおかないと愛する妻が迷子になりそうで怖いんだよ」
「私は子どもか――んぎゃっ」
ぼやいていると頭にキスをされる。周囲がざわめき、私の悲鳴を消し去った。
周囲を見渡せば、みんなが生温かい眼差しでこちらを見ている。恥ずかしいから観察しないでいただきたい。
そもそも、今日は次期王妃となるイザベルの誕生祭が開かれているのだから、私たちは主役ではない。
私たちではなく、アロイスとイザベルに注目しようよ。
柱の後ろに隠れてやり過ごそうとしていると、アロイスたちが現れたからノエルに引きずり出されてしまう。
アロイスが招待客たちにお礼を述べ、イザベルに祝いの言葉を贈るとすぐに、ダンスの時間が始まった。
ダンスが苦手な私だけど、ノエルのリードさえあれば何も怖くない。
おかげで今は、曲を楽しむ余裕さえ生まれている。
以前ノエルにそう伝えると、ノエルはふにゃりと微笑んで抱きしめてくれた。
幸せそうな顔で喜んでくれると、こちらまで嬉しくなる。
そんないきさつがあった為か、舞踏会に対する苦手意識が少し薄れた気がする。
ノエルとのダンスを終え、少し休もうかと話しをしていると、どこからともなくオルソンが現れた。
お義母様が選んだ深みのある緑色の正装に身を包むオルソンは、身内の贔屓目なくカッコいい。
さすがは攻略対象だ。おとぎ話の中に出てくる王子様のようだと言っても過言ではない。
実際に、オルソンは王子様だったけど……。
「義姉さん、次は俺と踊って!」
オルソンが目をウルウルとさせてそう誘ってくれると、
「ダメだ」
と、ノエルが即座に答える。
「んもぉ~。兄さんには言ってないよ~」
オルソンの意見はごもっともだ。どうしてノエルが私より先に答えるのやら。
心の中でノエルにツッコミをしていると、オルソンに手を取られる。そのまま手を引かれ、あっという間にダンスの輪の中に連れていかれてしまった。
「レティ!」
ノエルの悲痛そうな声を聞くといささか良心が痛むけれど、可愛い義弟の手を振り払うわけにはいかない。
そのまま音楽が流れ始めたのを言い訳にして、オルソンと踊ることになった。
「オルソン、一緒に踊れるのは嬉しいけれど、婚約者探しをサボってはダメよ?」
「んー。今日はそういう気分じゃなかったんだよね~」
実は、ノエルが張り切ってオルソンの婚約者を探しているのだけど、オルソンはのらりくらりと躱している。
いつかは結婚すると言いつつ、舞踏会に言っても私たちと一緒に居るか、再会した同級生たちと話しているかのどちらかで、さほど婚約者探しをしているようには見えない。
フレデリクから聞いた話では、オルソンは王宮の女官たちにモテているらしいのだけど、本人曰く、「気になる子は居ない」らしい。
「本当に結婚する気があるのかしら?」
「結婚しなかったら、俺を追い出す?」
オルソンの声は何かに怯えているようで、驚いて見上げれば、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「そんなことしないわよ。オルソンはファビウス家の一員だもの。それに、ファビウス家はみんなオルソンの自由を尊重しているから、オルソンが結婚しない道を選んだからといって非難したりしないわ」
「よかった。義姉さんに追い出されたら俺は生きていけないもん」
パッと表情を明るくしたオルソンを見てホッとしていると、オルソンに高く持ち上げられる。そのままくるりと一回転されてしまった。
騎士の腕力、恐るべし。
踊り終えると、オルソンがもう一曲踊りたいと強請ってくる。
まだ踊り足りないのか……私なんてもう動くのが辛いのに。
騎士の体力、恐るべし。
「さすがに疲れたわ。もう休むわね」
そう断ってノエルの元に帰ろうとすると――。
「――それは残念です。ぜひ先生と踊りたかったのですが……」
麗しい声が聞こえて振り向けば、正装したアロイスが立っている。
白地に金糸の装飾が施された上着がよく似合っており――語彙力を失ってしまう。
尊い。
神々しい。
しっかりと心と瞳に焼き付けたい。
「も、もう一曲踊ってから休もうと思っていたのよ。私でよければ、喜んで」
慌てて付け加えると、アロイスは表情を綻ばせた。
「それでは先生、手を」
差し出された手は純白の手袋をつけていて、それもまた似合っており、アロイスの清廉な美しさを際立たせている。
私はそっと手を重ねつつ、頬に力を入れた。
推しとのダンスに浮かれ、気持ちの悪い笑みを浮かべてしまわないか気掛かりなのだ。
音楽はゆったりとした調べから始まり、私たちはそれに合わせてステップを踏む。
「アロイス殿下、卒業してから久しぶりに会うわね。まだ一年もたっていないのに、みんなと一緒に過ごした日々が遠い昔のように思えるわ」
「私もです。先生の事を思い出しては、あの頃に帰りたいと思っています。先生の顔を見ないと落ち着かないんですよ」
そんなことを言うなんて反則だわ。
笑顔で言うからもっと反則よ。
推しのファンサービスに脳内が盛り上がってしまうが、王宮の中心で「尊い」と叫んでしまわないよう、自分を律する。
淑女スマイルを貼り付け、「いつでも帰っていらっしゃい」と返した。
推しを過剰摂取しても冷静に対応できた私を、どうか褒めてほしい。
夢のようなひと時はあっという間に終わった。
踊り終えると、即座に現れたノエルによって回収されてしまう。
「先生、良い夜をお過ごしください」
「アロイス殿下もね」
アロイスは美しい所作で挨拶をしてくれた。
あまりの麗しさに言葉を失って見惚れてしまったわ。
推しとのダンスというボーナスイベントを終えてほくほくとしていると、ノエルに背後から拘束される。
あっという間に抱き上げられ、バルコニーに連れ出された。
「……ねぇ、どうしたの?」
「何でもないよ」
「嘘ね。だって、今のノエルの声、寂しそうだもの」
「ああ、拗ねているんだ。なんせ、愛しい妻を教え子たちに盗られてしまったんだからね」
「一曲ずつ踊っただけなのに……」
いい歳した大人が、と抗議してもノエルは「だから何だ?」とでも言いたげで。
ぎゅっと抱きしめ腕の中に閉じ込めようとしてくるのがいじらしい。
「あらまあ。ノエルの方が子どもみたいね。お母さんをよその子に盗られたと、拗ねているように見えるわ」
するとノエルは慌てて私を解放した。
「……大人げなくてすまなかった。だから、『母上になる』と言い出さないでくれ」
「じゃあ、どう言ってほしいのよ?」
意地悪な気持ちで訊いてみると、ノエルは柔らかな笑みを浮かべる。
ノエルの顔が近づき、唇が軽く触れ合った。
「愛している、と聞かせてほしい」
柔らかで熱の籠る声が夜空に溶け、甘い空気を漂わせる。
ノエルと視線が絡み合うと、胸の奥がキュッと小さく軋んだ。
私は元・黒幕(予備軍)を抱きしめ、「愛している」と囁いた。
同人誌には、WEB版では書ききれなかったお話も織り交ぜつつ、完結まで制作していく予定です。
イラストレーターさんに素敵な表紙カバーや挿絵を描いていただいていますので、手に取っていただけますと嬉しいです!
※詳しくはTwitter(@yaanagiiii)をご確認ください
同人誌版の本編では、アロイスとの交流にも焦点を当てております。
また、限定SSを2点書き下ろしていますので、そちらもぜひお楽しみください!
<限定SS>
・「黒幕さん、約束します」
レティとノエルの婚約式のお話
・「王子様とのお茶会」※BOOTH購入特典データ
準備室に遊びに来たアロイスとお茶をするお話。もちろん、アロイスに嫉妬した黒幕さんも登場します。
引き続き、黒幕さんをよろしくお願いします!




