小さな妖精たちの行方
パーティー会場の中でもひときわ人気がない場所に行ってみると、案の定、トレントとロアエク先生がいた。
「トレント! ロアエク先生!」
ロアエク先生は椅子に座っていて、トレントがすぐ横に立っている。
まるで飼い主を守る番犬のようにぴったりと寄り添うトレントは、辺りにいる人間を片っ端から睨みつけては威嚇しているようだ。
しかし私たちが近づくとその警戒を解いた。
トレントと目が合ったその刹那、周りの空気がふわりと緩み木々が震える。周りの空気を操る辺り、やはりトレントは強い精霊らしい。
ロアエク先生は私たちを見つめてすっと目元を押さえると、柔らかに笑った。
「あらあら、パーティーの主役がこんなところに来ていいのかしら?」
「実は、迷子の妖精を見つけたので仲間たちを探しているんです」
掌の中にいる妖精を見て、ロアエク先生は「まぁっ」と小さく叫ぶ。
眉尻を下げているけれど、どこか嬉しそうに微笑んでいるのは気のせいだろうか。
隣にいるトレントはちらっと一瞥しただけで、興味がなさそう。
「おおよそ、皿の影に隠れて菓子でも食べているのだろう」
「ふふふ、みんな食いしん坊だものねぇ」
「私もそう思ったんですけど、会場のテーブルをくまなく探したんですけど見つからなかったんです」
「困ったわねぇ。準備室にいる妖精たちは集団で行動するはずなのに……ねぇ。トレント?」
おっとりとした口調のロアエク先生に見つめられて、トレントは微かに目元を染める。
ロアエク先生の肩に軽く手を載せて、これまでに一度も見たことがないような慈しみに満ちた眼差しになったものだから、思わず瞠目してしまう。
デレだ。目の前でデレが始まった。
人間嫌いのこの精霊はやはり、ロアエク先生のことだけは大好きのようだ。
「……そうだな。呼びかけてやることはできる。おそらくもう頃合いだろうし……まあ、声を掛けてやることだけならしてやろう」
トレントはなにやらもにょもにょと呟くと、呪文を口にした。
空気が震え、ざわざわと木々が葉を擦れ合わせる音がする。それと同時に小さな子どもたちの話声が聞こえてきた。
準備室の妖精たちの声に似ているけれど、いままで聞いたことがない声。
ロアエク先生曰く、この声の主たちは私たちの結婚を祝うためにやって来てくれた妖精たちのものらしい。
『みんな来たの~!』
掌の中に居る妖精が小さな指を空に向けた。指先を辿って視線を移動させると、妖精たちが並んで空を飛んでいる。
「さあ、みなさん。もう準備は終わったんでしょう?」
ロアエク先生が優しい声で妖精たちに問いかけた。
すると私の掌の中にいた妖精が手のひらから飛び立ち、仲間たちの元に向かう。
『準備万端なの~』
『囮作戦成功なの~』
『上手く時間稼げた~』
妖精たちはきゃっきゃっと楽しそうに弾んでいるのだけれど、何やら物騒な言葉が並んでいる。
パーティー会場にまで来て何をしようとしているのかしら?
準備室にいる妖精たちは人間に対して無害なはずだから、パーティー会場が血祭会場になる事態は無いと思っているけれど……不安になるわ。
「みんな、作戦って何なの?」
『作戦は作戦なの~』
『レティシアに話したら意味がないの~』
『レティシア用の作戦だから言えないの~』
「いつの間にか敵扱いされてる?!」
さして思い当たる理由もなく、まったく解せない。
私がいつ、みんなの不興を買うようなことをしたって言うの?!
戦々恐々としている私に向かって、妖精たちは不敵な笑みを浮かべる。
いかにも悪だくみをしていそうな表情に、冷や汗が背中を伝う。
『えいっ!』
『それっ!』
『ほいっ!』
妖精たちは気が抜けたような掛け声を上げ、大空に魔法を放つ。思わず目を瞑ってしまった私の耳には、会場のあちこちで上がる歓声が届いてくる。
何が起こっているのかわからず瞼を開くと、ノエルが穏やかに微笑んで空を指さした。
そこにはきらきらとした光が空に道を作り、やがて虹へと姿を変えていっているのだ。
ゆっくりと、空に大きな虹の橋が架かった。
「え……虹……?」
てっきりヘンテコ魔法をかけられるんじゃないかと思っていただけに、茫然としてしまう。
鮮やかな七色の虹は空から光の雨を降らせていて、地面に光が落ちると途端に花が咲き甘い香りを漂わせる。
これは妖精たちが成しえる最上の祝福なのだと、トレントが教えてくれた。
それも、準備室にいる妖精たちのような小さな体の妖精たちにとって一生に一度するかしないかと言われるくらい貴重なものであるらしい。
気まぐれな妖精たちが力を合わせて大きな力を使うことは、早々ないからなのだとか。
『レティシアとノエルに贈り物~』
『僕たち魔力が弱いけど頑張ったの~』
『みんなで協力したの~』
妖精たちは胸を張って得意げだ。
そんな彼らを見ていると、私が初めて教師になった日のことを思い出す。
あの日、私は喜びと不安が混ざった複雑な気持ちで準備室に入った。
大好きな母校で教師になれるのは嬉しいが、ロアエク先生のように上手く教えられるか不安だったから。
ひとまず落ち着こうと思ってお茶をしていると、お菓子の匂いに釣られて彼らが出てきたのだ。
初めはただお菓子を狙ってくる厄介な居候だったけれど、いつの間にか彼らと話すのが楽しみになっていて。
働き始めで慣れない私を励ましてくれたり、嫌なことがあった時は話を聞いてくれて、友人のような存在になったのだ。
「みんな、お祝いしてくれてありがとう」
『あとね、女王様が夜になったらお祝いしに行くって言ってた~』
「ええっ?! ティターニアが来てくれるの?!」
「……今夜は困るな」
ノエルがぼそりと呟いたけど、聞かなかったことにする。
今夜が何だ。
妖精の女王様が来てくれると言うのにその態度は失礼過ぎるんじゃないかい?
「ようやく独り占めできると思っていたのに、またもや邪魔をされるのか」
「ちょっと! ティターニアに向かって邪魔って言うのは不敬よ?」
叱ったところでノエルは反省しておらず、もの言いたげな眼差しで見つめてくる。
そのまま抱きしめられて、頭に柔らかな感触がした。
「わかっているよ。ただ、ようやく迎えられた妻との時間が削られるのが辛いから、その損失を補ってくれ」
「なんですと?!」
どんな理屈なんだと抗議したところで、ノエルは紫水晶の瞳をとろりと甘く細めるだけ。
ゆっくりと顔が近づき、目を閉じて待っている。
間近で見ても綺麗な顔で、この人が夫になったのかと思うと、改めてふわふわとした気持ちになってしまう。
礼儀正しくて、愛情深くて、だけど望まぬ大きな力を持って生まれたせいで運命に翻弄されてきた、最愛の人。
悲しい過去を持っているからこそ、これからは幸せな日々を過ごして欲しい。
「ノエル、末永くよろしくね。ノエルの事、絶対に幸せにするから」
ノエルの首に腕をまわし、唇に触れる。
私の言葉に応えるように、ノエルは抱きしめる力を強くしてくれた。
愛している、と声に出さずに伝えてくれているかのように。
更新にお時間をいただき申し訳ございません。
本業が多忙で更新を控えておりました。
黒幕さんの番外編は次話のノエル視点にて一区切りとさせていただきます。
最後までレティとノエルを見守っていただけますと嬉しいです。
引き続き黒幕さんをよろしくお願いいたします。




