賑やかなお客さまたち
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場所は移り、私たちはファビウス邸に帰ってきた。
結婚式の間にパーティーの準備が進められており、朝出た時とは様変わりしたお屋敷の様子に感動してしまう。
会場に立ち、招待客たちが教会から移動して来るのを待っていると、ノエルが使用人に椅子を用意させた。
「レティ、疲れているだろうし椅子に座っていて」
「ありがとう。……でも、座って迎えるのはお客様に失礼だから止めておくわ」
いまの私はもうファビウス侯爵夫人であるのだから、招待客の気分を害することはしたくない。
「それなら、こうしようか」
「えっ?! ちょっと!」
体をグイッと引かれる感覚がして、気づけば私の背はノエルにもたれかかっている。
しかもノエルの腕はがっちりと腰に巻きついていて、離れそうにない。
「ノエル、ふざけないで」
怒ってみてもノエルは離れるどころか猫のように擦り寄っては私のこめかみにキスをする。
目が合えば、ノエルの顔には「愛おしい」という気持ちが滲み出ていて。
そんな表情を見せられると振り払えなかった。
そのまま私たちは招待客たちを迎えてしまい、全員から生温かい目で見られてしまった時には後悔したんだけど。
◇
パーティーが始まり、私とノエルは招待客たちに話しかけていく。
オリア魔法学園の先生たちも来てくれていて、お祝いの言葉を贈ってくれた。
意外なことにグーディメル先生が感動のあまり泣いていて、他の先生たちや卒業生たちがざわついている。
後でノエルから教えてもらった話によると、実はグーディメル先生がノエルの名付け親であるらしくて。
ノエルの実の母親からノエルを託された日のことを思い出して泣いてしまったようだ。
「このたびは結婚おめでとう。君たちの子どもの顔を見られる日を楽しみにしている」
「こっ……子ども、ですか」
すっかり先の未来の話までされて戸惑っていると。
「あら? ドラゴンがこっちに向かってくるわ」
ブドゥー先生が上空を指さして声を上げた。
見上げると、青空を力強く羽ばたく漆黒のドラゴンがパーティー会場にグングンと近づいてきている。
「ナタリスだわ!」
ナタリスは大きな体を器用に動かして私たちの目の前に着地すると、一輪の赤い花を私に差し出す。
何の気なしに受け取ろうとすると、ブドゥー先生が「あらあら」と言ってニンマリと口元を歪めた。
「ドラゴンが結婚式に来るなんて聞いたことがなくて驚いたけど……どうやら祝いに来たわけじゃなさそうね」
「えっ?! どういうことですか?」
「ふふふ、赤い花を贈るのは求愛行動の一つなのよ」
ブドゥー先生がそう言った瞬間、周囲の空気がガタッと下がった。
「……なるほど、レティを連れ去りに来たというわけか」
背後にいるノエルが低い声で呟く。
ノエルから放たれる冷気にみんな震え出してしまう。
そんな中、ナタリスはというとノエルを睨みつけていて。
「ここでベルクール先生がハッキリさせないと、ファビウス先生とドラゴンが取り合いを始めるわよ」
「うっ」
ブドゥー先生の言う通り、今にでも喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
「ナタリス、ごめんね。そのお花が求愛の贈り物であるのなら受け取れないわ」
「クェッ?!」
しゅんとして項垂れるナタリスを見ると心がチクリと痛む。
「もちろん、ナタリスのことは大好きよ。でもね、私はこの世で一番、ノエルを愛しているの。だからナタリスの気持ちには応えられないわ」
「クェェ……」
艶やかな黒い鱗に覆われた鼻の頭を撫でてキスをする。
ナタリスはゆっくりと顔を動かして、額を私の額に当てた。
ここ数年で成長して、立派な大人のドラゴンになったナタリスだけれど。
初めて出会った時と変わらず甘えん坊なのがかわいらしくて、頬が緩んでしまう。
「そろそろ妻を返してもらおうか」
感慨深さを感じているとノエルが私の手を取って、ナタリスから剥がしてしまった。
ノエルとナタリスはじっと見つめ合って、ややあってナタリスが小さく鼻を鳴らすと空へと飛び立つ。
翼の動きに合わせてふわりと風が巻き上がり、途端に目の前に小さな影が降ってきたから慌てて掌で受け止める。
「あら? 準備室にいる妖精だわ」
『迷子なの〜』
妖精は目にいっぱい涙を浮かべて、おいおいと泣き始めた。
『みんながいなくなっちゃった~』
「さてはお菓子に夢中になってはぐれてしまったのね?」
その証拠に、妖精は小さな手に顔と同じくらい大きなショコラを持っている。
妖精たちには「お菓子をたくさん用意しているから遊びにいらっしゃい」と声をかけているのよね。
だから他の子たちもきっと、お菓子を探してうろうろしているに違いない。
「ノエル、一緒に仲間の妖精たちを探しましょ」
「ああ」
「手分けした方がよさそうね。私が会場の右側を見るから、ノエルは左側を見て」
「……いや、離れずに二人一緒で探そう」
「え? 効率が悪いのになんで?」
唇を尖らせて抗議すると、ノエルは私を抱きしめて。
耳元にそっと声を落とした。
「結婚式の日に妻と離ればなれになりたくないから」
「……っ!」
甘い囁きを至近距離で聞いてしまい、耳から溶けてしまいそうだ。
「そ、それじゃあ一緒に行きましょ。早く見つけるわよ」
ノエルの手を握れば応えるように握り返してくれる。
離れないようにしっかりと、だけど優しく。
その大きな掌の温もりが嬉しくて、ノエルに微笑んで見せた。
こうして私たちは、広い会場の中に潜む小さな妖精探しを始めた。
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