わがままを聞いてくれるのなら(※ノエル視点)
ローランとバルテが帰り、私とレティは居間へと移動した。
オルソンは父上と母上と共に応接室に残り、今後のことを話し合っている。
ようやく、レティを独り占めできる時が来てくれたのだ。
「旅行は楽しいけれど、やっぱり家が一番ね」
そう言って長椅子の上で大きく伸びをするレティは、すっかりこの邸宅に馴染んでくれているようで嬉しい。
半ば強引に強請ってレティを住まわせたのが気がかりだったのだから。
しかしそれと同時に、レティと一緒に居られる時間が増えたおかげで充足感を覚えている。
「それにしても、オルソンが義弟になるなんて実感が湧かないわ。夢でも見ているみたい」
「夢にしておく?」
「冗談言わないで。オルソンが路頭に迷うのは御免よ」
半分は本気で言っていると伝えれば、レティは私のことを軽蔑するだろうか。
先ほど、オルソンがレティを抱きしめていたのでさえ、耐えがたい嫉妬を抱いていたのだ。
これから毎日、オルソンがレティに接触すると思うと憂鬱でしかたがないのだと、レティにわかって欲しいものだが。
「ノエル、ありがとう。オルソンが家族になってすごく嬉しい」
そんな想いを知らないレティが、勢いよく抱きついてきて胸元に顔を埋める。
この抱擁の意味を知っている。レティがとても喜んでいる時に、感謝の意を込めてしてくれるものだ。
レティのぬくもりも、薬草の爽やかな香りも、望んだ通りに腕の中に飛び込んできてくれたというのに、ほろ苦い気持ちになってしまう。
なんせ、レティが私以外の男のことで喜んでいるのだから。
甘い気持ちも苦い気持ちも噛みしめて、レディの頭にキスをした。
「ねえ、ノエル。わがままを言っていい?」
腕の中でもぞもぞと動くレティが、上目で問いかけてきた。
そんな目で見つめられるとダメなんて言えないのが本音だが、素直にそう伝えられない。
「ものによる」
「ケチ」
「言ってみて?」
「もし、一生のお願いをもう一度使わせてくれるなら――」
するとレティははにかんで私の胸元に頬を寄せると、「ずっと、私のそばにいてね」と小さな声で言った。非常に狡い頼み方だ。
そんなことをされてしまえば、私は断ることなんてできない。
「もちろん、レティがどこへ行こうとついて行くよ」
たとえ行き先が敵国であろうと、世界の果てであろうと、または地獄であっても、ついて行って隣にいるつもりだ。
レティの隣は誰にも渡さないから。
「ねぇ、ノエル。目を閉じて?」
「ん」
レティは照れながら私の頬に手を伸ばした。これはきっと、一生のお願いを叶えた褒美をくれる合図で。
その姿がただただ可愛くてずっと見ていたいものだが、目を開けたままだとレティは褒美をくれない。
だから名残惜しくも目を閉じてその瞬間を待つと、唇に柔らかな感触がする。遠慮がちに離れたり触れたりするキスは優しくて、レティらしい。
「レティ、愛してる」
心に浮かび上がる気持ちをそのまま言葉にすれば、レティは柔らかな微笑みを湛えて見つめ返してくれる。
甘くて幸せで、歓喜に湧く胸の奥底が苦しいほどに満たされた。
しかしその幸福な時間は長くは続かず。
レティの頭の後ろに手を添えた時、扉の外からオルソンの声が聞こえてきた。
「もしも~し? 義姉さんと兄さん、まだこの中に居る~? 開けていい~?」
「オルソン、居ることぐらいわかっているのだろう。空気を読んで引き返してくれ」
「やだなぁ。兄さんが義姉さんに何をしようとしているのかわかっているから来たんじゃん」
「……はぁ。確信犯か」
呪文を唱えて部屋に鍵をかけると、今度は「開けろ」と大声でせがんでくるものだから無音魔法をかけた。
いまはだれにも邪魔されたくない。久しぶりにレティと二人きりの時間なのだから。
しかし、そんな私の気持ちにレティは気づいてくれていなくて。
「ノエルったら、なにもオルソンを締め出さなくてもいいじゃないの」
「レティを独り占めしたいのだからしかたがないよ」
「こっ……子どもみたいなことを言わないの!」
「こ、ども」
「ええ、そうよ。お母さんはノエルをそんな風に育てた覚えはありません」
その言葉に、かつてレティが第二の母とやらになり切っていた頃のことを思い出してしまう。
まさかあの頃に逆戻りしてしまうのではないかと、そんな予感に震えあがった。
「っレティ、待ってくれ」
「待ちません。はい、魔法を解いてオルソンを中に入れてあげなさい」
「……わかった」
もし、わがままを聞いてくれるのなら、私以外の人間のことなんて考えないでくれと言いたいところだが。
そんな醜い願いは聞かせられないから胸の奥へと隠して、代わりにレティを抱きしめた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
本章はこれにて完結です。
次章は二人の結婚式の様子をお届けします……!




