さよならと、はじめまして
シーアを発ってからまた一日半かけてノックスに帰ってきた。
私たちを乗せた馬車はファビウス邸に辿り着くと、お義父様とお義母様が迎えてくれる。
「おかえりなさい。長旅で疲れているでしょうし、お茶を飲みながら話しましょう」
お義母様はすぐには旅行のことを聞かず、応接室に案内してくれた。
改めてテーブルにつく面々を見ると、実に不思議な組み合わせで。
目の前に並んでいるのは、義理の両親に、教え子に、敵国のスパイに、商人。
関係者はともかく、お義父様とお義母様はこのメンバーを見てどう思っているのか気になるところ。
お義父様とお義母様には、今回の旅行のことは「教え子の里帰りの付き添いで隣国のディエースに行く」と伝えていたんだけど、実際に訪れたのはシーアだ。
そのためいささか気まずい気持ちを抱きつつ、目の前のティーカップに手を伸ばす。
「様子を見る限りだと、すべて上手くいったようですわね?」
が、お義母様の一言でぴたりと手が止まった。
顔を上げれば、お母様は扇子で口元を隠しているから恐ろしい。
なんだろう。なにを考えていらっしゃるのかしら。
旅行に行った私たちに向かって「上手くいった」だなんて聞いてくるあたり、隠し事を見抜かれているような気がしてならないんですけど。
「ええ、お陰様で」
ノエルはそう答えると、戦々恐々としている私にティーカップを握らせる。そのままシュガーポットを魔法で引き寄せると、角砂糖をぽんぽんと入れてくる。
三~四個ぐらい入れたんじゃないだろうか。甘すぎると思ったけれど、きっとお義父様がいるから渋めの紅茶を出されているのに気づいて多めに入れてくれたのだろう。
「そ、そうです。楽しい旅行になりました」
私はと言うと、しどろもどろに答えるのがやっとだ。緊張のあまり口の中がカラカラになり、紅茶で喉を潤す。
紅茶はやはり渋めのようで、ノエルの砂糖加減のおかげで私好みの味になっていた。
「あらまぁ。レティシアさんの反応を見る限りだと、ノエルはあのことについてまだ話していないようね」
「あのこと、ですか?」
「ええ、ノエルが張り切って準備していたあのことね」
何度も「あのこと」と連呼されても、なんのことかさっぱりわからない。
私の頭の上にはきっと、大きなハテナマークが浮かんでいることだろう。
隣に居るノエルの顔を見ても、ノエルはにっこりと微笑むだけですぐに教えてはくれなさそうだ。
「ノエル、私になにを隠しているの?」
「レティが願っていたことだよ」
「私が?」
「ああ、例の物を持って来てもらおう」
ノエルの言葉からも手掛かりは見つからず、首を傾げてしまう。
するとノエルが合図を送るのを見計らったようにして執事頭が天鵞絨張りの盆を持ってきた。
差し出してくれた盆の上には一枚の紙が載せられており、顔を近づけてみると、それは王家の紋章が描かれている仰々しいもので。
「――オルソン・ファビウスを前ファビウス侯爵の養子として認める?」
おまけに見慣れない名前がドーンと大きく書かれており、読み上げる声が裏返ってしまった。
これはまるで、オルソンがファビウス家の一員になったような名前ではないか。
「……あれっ? みなさん、どうして私を見てるんですか?」
ますます頭が混乱してきた私に、みんなの視線が集まっている。
まるで私の反応を観察しているようで、もしかしてこれ、私以外全員知っているんじゃないかしら、と思ってしまう。
そうなると仲間外れ感が甚だしくて、やさぐれたくなるんだけど。
みんなを睨んでやりたい気持ちを堪えていると、お義父様が重々しく咳払いをした。
「ノエルから相談があってな。教え子の今後のことでレティちゃんが――」
「父上はレティと呼ばないでください」
「う、うむ。レティシアさんが悩んでいると聞いて、私とシルヴィで話し合ったんだ。他国の――敵国の王子を引き取るかどうかについてね」
「……え?」
お義父様の話によると、ノエルはオルソンのことと今回の旅行の目的を、お義父様とお義母様に伝えていたようで。
オルソンを二人の養子として引き取れないか、持ちかけたそうだ。
するとお義父様とお義母様は話し合った結果、私とノエルの望みなら叶えたいと言ってくれたそうだ。
そんな二人の気持ちを聞いて、嬉しくて泣きたくなる。
ただし、オルソンにはある条件が提示されている。それは、爵位の継承権は破棄するというもので。
「オルソンがその条件を承諾したから、レティシアさんとノエルがシーアに行っている間に手続きを済ませてきたのだよ。だから今日からファビウス家の一員だ」
「ほ、本当に……本当にですか?!」
嬉しさ半分と、オルソンが家族になるというのが未だに信じられない気持ちももう半分あって、お義父様の言葉を聞き返してしまう。
すると、いつの間にか椅子から立ち上がったオルソンが、背後からぎゅっと抱きしめてきた。
「本当だよ。つまり、今日からレティせんせは俺の義姉さんになるってこと」
「う、うわあ……! ドルイユさんが義弟?!」
「うん、そうだよ。俺は今日からシーア王室のスヴィエートじゃなくて、ファビウス家の――義姉さんのオルソンになるってこと。よろしくね、義姉さん」
振り向くとオルソンは懐っこい笑みを向けてくれていて。
これが「姉に甘えてくれる弟」なる生き物の眼差しなのか、と感激する。
「う、嬉しい……弟か妹ができるのが夢だったのよね」
「俺も、義姉さんみたいな家族が欲しかったから嬉しい」
そう言って、甘えるように頬擦りされると頬が弛んでしまう。
視界に入ってきたダルシアクさんが、なにやら恐ろしいものを見るような目でこちらを見ているのがちょっぴり気にかかったけど。
ついでに言えば、隣に居るノエルの方からただならぬ冷気が漂ってきて心臓に悪いけど。
ノエルは笑顔を浮かべているのに、オーラは殺気立っていると言っても過言ではない。おまけに、片手でオルソンの襟の後ろを掴んで、私からベリッと剥がしてしまった。
「これでレティの願いは叶った?」
「ええ、十分すぎるくらいに叶ったわ。一生のお願いを聞いてくれて、本当にありがとう。それに、弟ができてとても嬉しい!」
「弟……か」
ノエルはぼそりと呟くと、オルソンに代わって私を抱きしめる。
いささか強めの力加減のせいで、全く身動きが取れなくなってしまった。
「私が婚約者になった時より数万倍も嬉しそうにしているような気がするんだけど?」
そう呟くノエルに、ダルシアクさんが「心中お察しします」と声をかけた。
いつも読んでくださりありがとうございます。
本章はいよいよ次話で完結です……!
今後の予定につきましては、次章の結婚式のお話が完結しましたら、この物語の更新を止める予定です。
次章の完結と同時に、続編として別タイトルでお話を公開いたしますので、そちらで引き続き黒幕さんの世界をお楽しみいただけますと幸いです。
これからもレティとノエルたちのお話をよろしくお願いいたします。




