俺様で王様で魔王様
のそのそと歩く黒獅子の後に続いて王城の中に入ると、中もまた人の姿がまばらで殺風景だ。メイドも侍女も執事もいるけど、皆恐ろしいほど無表情で、人間ではないように見える。
彼らを観察していると、オルソンがあざとくコテンと首を傾げて視界に入ってきた。
「レティせんせ気づいちゃった? アレもみんな兄上の使い魔だよ。人間はこの宮には寄せつけていないんだ。大臣たちはいつも別の宮で仕事してる」
「ど、どうして使い魔に使用人みたいなことをさせているの?」
魔術師が使い魔を使用人代わりにしている話自体は珍しくないけれど、王宮で働く使用人が全員使い魔となると規模が違う。消費する魔力が多いし、契約するのだってそう簡単ではないはず。
するとその会話が聞こえていたようで、黒獅子が足を止めて振り返り、オルソンに代わって答えてくれた。
「使い魔は人間と違って忠実で裏切らないだろう? こやつもそうだ。契約と魔力があれば望む通りに働いてくれて効率がいい」
使役して命を握れば裏切らない。そう言っているような気がした。まるで魔術師のようなことを言うこの黒獅子の声や口調は、ルスと似ている。と言うよりも、ルスそのもののようだ。
「あ、あの。あなたはもしかして……陛下ですか?」
これで違ったらかなり不敬かもしれないけど、気づかずに話しかけるよりはマシなはず。
恐るおそる黒獅子の顔を見ると、相手は金色の目を眇めて楽しそうにニヤリと笑った。黒い口が開いて鋭い牙が見えると足が震えそうになる。
「そうだ。いまはこやつの体を借りている」
ルスはそう言うと、踵を返してまた歩き始める。
さらっと教えてくれたけど、体を借りているってことはつまり、意識を乗っ取っているってことよね?
国によっては違法とされる魔術なのに悪びれもせずやってのけるとは、さすがは目的の為なら精神操作の魔術も厭わない国の国王だわ。ルスの魔王度が上がっていく効果音でも聞こえてきそうだ。
ビクビクとしながらついて行くうちに、私たちは見上げるように高い天井の大広間に案内される。
磨き上げられた黒い石の床は天井を映しており、艶やかだ。そして、扉から奥に向けて伸びる赤い絨毯の先にあるのは玉座。どうやらここが謁見の間のようだ。
玉座に座っている人物が微かに動くと、目の前にいる黒獅子が一瞬だけガクッと体を震わせ、そして何事もなく絨毯から離れて扉の前に座る。まるで、私たちが謁見の間から逃げ出さないように見張っているようだ。
「ようこそ、シーアへ。それと、よく戻ったな、異母弟よ」
玉座からルスの声が聞こえて、この空間全体に響く。低く、自信に満ちていて、そして威圧感を込めた国王の声。
振り返ると玉座の上に座っているルスがニヤリと口元を歪ませている。黒と赤を織り交ぜた軍服、そしてその上からローブを身を纏うルスはまさに魔王。そんな彼に見据えられると、思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。
するとノエルは迷いのない足取りでルスの前に出ると、膝を折って最上位の礼をとった。
「国王陛下、この度は謁見の許可を賜り感謝いたします」
「堅苦しいのはよせ、月の。貴殿がレティとともに訪れてくれるのを楽しみにしていたぞ。できることならここに永住して欲しいくらいだ」
以前から薄々感じていたけど、ルスはノエルを気に入ってるわね。シーアは魔力至上主義だから、月の力を持つノエルを戦力に加えたいと考えているのは何となくわかる。
ノエルの移住を交換条件にされることもあり得るのではないかと、微かな予感が過ってしまうのだ。
「まずは用件を聞かせてもらおう。敵国の王城に来て話したいこととは何だ?」
ルスの瞳がノエルを見据える。燃えるように赤い瞳は嗜虐的な気配を滲ませていて、明らかに一筋縄ではいかなさそうだけど、ノエルはそれでも涼しい顔で微笑む。私ならあの目で見られると言葉を返すので精一杯かもしれない。
ノエルとルスの静かな牽制が繰り広げられる中、私と一緒に一歩下がって成り行きを見守っていたオルソンが口火を切った。
「俺から話します。俺は王位継承権を破棄します。爵位も土地もいりません。平民になってこの国を出たいです」
オルソンはいつになく真面目な声で言葉を紡ぐ。ルスはその様子を頬杖をついて大儀そうに眺めていて、わずかに眉を動かすと小さく声を漏らして笑った。
「断る。わざわざ敵国にくれてやる必要を感じぬ。それに、スヴィエートを手放せばこちらの武器がまた一つ減るではないか」
「武器って……」
あんまりな言い方だ、と零しそうになると、ダルシアクさんに止められた。国王の言葉に盾突くべきではない、と眼差しで窘めてくる。
そんなことくらい私もわかっているけど、これまでオルソンが抱えてきた想いを考えると、あんまりにも無情で許しがたい。
人間に対して使うべき言葉ではないのに、ルスはいとも簡単にオルソンをそう呼んでいる。その一言で、これまでオルソンがどのように扱われてきたのかわかるから。
「それなら、交渉させてください」
気づいた時には口が勝手に動いていた。近くでジルが「小娘!」と小声で怒ってきたけど構わない。このままではオルソンを助けられそうにないもの。
「……ほぉ? スヴィエートのために対価を払うと?」
ルスはニヤニヤと笑っていて、すごく嫌な予感がする。
「それでは、妖精密猟集団《鉄の鎖》を捕らえて連れてこい。以前から俺の国の名前を語って商売するから目障りだったが、最近は不法入国してこの国にいる妖精たちを密猟しているらしい。この国はもともと生息する妖精の数が少ないから絶滅しそうでな」
妖精の密猟集団の話は聞いたことがある。妖精を捕まえては貴族の愛玩動物用に売りさばいていて、ルスの言う通り、彼らはシーアの人間だと言われている。もともとシーアは妖精や精霊への信仰が薄いので有名だから違和感を覚えなかったけど、どうやら濡れ衣のようだ。
彼らの存在を知っているけど……本来なら騎士団が相手にするような連中を私たちで捕らえられるのかしら?
不安が次々と浮かんでくるのを抑え込んでいると、ノエルは「ああ、それくらいでしたら」なんて呑気に返答する。
「かしこまりました。必ずや《鉄の鎖》始末しましょう。因縁がある相手ですので」
そう答えるノエルの声がなぜか妙に低くて、おまけにひやりとした空気を感じ取って思わずノエルを見た。
ノエルの表情はいつも通りだけど、身にまとう空気が明らかな殺気を帯びている。《鉄の鎖》なんて、ゲームの中ではちっとも出てこなかった名前だけど、ノエルの怒り様を見ているとかなり恨みがある相手みたい。
「いや、始末までしなくよい。生かしてここに連れてこい」
その殺気にルスさえもわずかに目を見開いて驚いている。
あのルスさえも動揺させるということは、ノエルの怒りはかなりのもののようだ。
「そうですか……残念です。私の使い魔の仇を討とうと思ったのですが。しかし陛下のご命令でしたら生かして捕らえましょう」
ノエルはそう言うと、そばで控えているミカの頭をそっと撫でる。まるで、「大丈夫だよ」と言ってあげているようで、二人に何があったのか気になってしまう。
「ハッ。月のは相変わらずだな。聖人じみた仮面の裏に魔獣のような残忍さを隠していて実に面白い。せいぜい俺を楽しませてくれ」
そう言って大声で笑うルスの機嫌はすこぶる良さそうだ。どうやら私たちは、オルソンを連れて帰られる可能性を掴めたみたい。
けれど、犯罪集団を捕まえるなんて素人の私たちにもできるのかしら、と不安になっていると、不意にルスが私の名前を呼んだ。
嫌な予感がして、ぎぎぎと音がしそうなほどゆっくりとルスに顔を向けると、とっても穏やかな微笑みを湛えている。なんだか嫌だ、この笑顔。足が震える。
「では、月のたちには任務を遂行してもらい――レティは俺と茶でも飲もうか?」
「「「へ?!」」」
一同が気の抜けた声を上げる中、ルスはコテンと首を傾けてみせる。
「国王直々の茶会の招待だ。喜べ」
オルソンもよくするその仕草。あざとく見えるはずなのに、ルスがそんな仕草をしたところで、猛獣が威嚇しているようにしか見えなかった。
更新お待たせしました!
俺様魔王様のルスとの茶会、レティはきっと胃もたれしてしまうでしょう(*´艸`*)
本章ではノエルと使い魔たちの過去にも少々触れます。




