馬車の中は荒れ模様
更新お待たせしました!
一生のお願いをしたあの日、ノエルは宣言通り膝から下ろしてくれなかった。
夕食はノエルの部屋で食べることになり、ナイフもフォークも持たせてもらえず、ノエルに一口ひとくち食べさせられる。しかも、まる二時間もかけられて。
終わるとそこからもまた長く、小説でも朗読しているんじゃないかと思うくらい長い告白を聞かされる。そしてシーアに行くのを新婚旅行と言ったのを咎められた。
一見すると甘く思える苦行タイムに耐え切れなくなって眠ったふりをするとそのまま眠ってしまったわけで。
だけどノエルは簡単に逃がしてくれなくて、翌朝目が覚めた時にも私はまだノエルの膝の上にいた。まさか本当に一晩中下ろさなかったとは、と青ざめるけどノエルはお構いなしに頬にキスをしてくれる。私はすっかり白旗を上げた。
「おはようレティ、これでようやく私の気持ちをわかってくれたよね?」
「……ひゃい」
「シーアに行くのはスヴィエート殿下を助けるためであって、新婚旅行じゃないからね?」
「わかっております。ううっ……」
「よかった。新婚旅行は最高の思い出になる場所に行こうね」
こうしてようやく、ノエルの機嫌が治ってくれた。
◇
そんな経緯があったけどノエルはすぐにシーア行きの旅行準備をしてくれて、一週間も経たないうちに出発することになる。トントン拍子で進むから驚いたほど、あっという間だった。
「ドルイユさん、おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
出発する日の朝になるとオルソンとダルシアクさんがファビウス邸にやってきて、一緒にバルテ商会の馬車を待つ。
「レティせんせ、本当についてくるの?」
オルソンは不安そうだ。彼自身もシーアに行くとよからぬことが起こると思っているようで、最初は私がついて行くのを反対していた。
「もちろんよ。あなたのこと、ずっと見てるって約束したでしょう?」
「レティせんせ……大好き!」
華やかな顔を綻ばせて抱きついてくるオルソン。戸惑いつつも受けとめようとすると、ノエルに手を引かれ、オルソンを躱わしてしまう。体勢を崩した私はノエルの胸に飛び込むような姿勢になってしまい、ノエルから離れようとしても放してもらえない。
ノエルは気が済むまで頬擦りをするとようやく放してくれた。
サラたちが卒業してからというもの、日に日にノエルが強引になってきた気がする。
ジトッと睨んでもノエルはどこ吹く風で。
「ほら、バルテ商会が来たよ」
そう言って門の辺りを指さす。門からは大きな馬車が二台入ってきて目の前で停まり、そのうちの一台から男性が出てくる。
「バルテ……さん? 数日見ないうちにすっかり大人っぽくなったわね?」
鳶色の髪に金色の瞳はドナと同じだし顔立ちも違わないけど、記憶の中のドナと比べると大人っぽい。
どこが変わったのかしら?
服が商人らしいから大人っぽく見えるとか?
じいっと見ていると彼は視線を泳がせて頬をかく。
「あ~、いえ。俺はドナの従兄のダヴィッドでして。ドナじゃないんですよ。ダヴィッドと呼んでくださいね? メガ……ベルクール先生、よろしくお願いします」
「そ、そうでしたか。失礼しました!」
従弟とはいえ子どもに間違えてしまったなんて申し訳ない。慌てて謝るとダヴィッドさんはにっこりと微笑んで私の手を掬う。が、挨拶のキスをする前にオルソンがダヴィッドさんから私の手を引き剥がす。
「ふ~ん? ドナにそっくりな魔力ですね。遺伝と言うよりそのまんまってくらい同じでびっくりしちゃった~」
おまけにダヴィッドさんに恐ろしく冷たい視線を容赦なく浴びせている。相手はこれからお世話になる人なのに、そんな不遜な態度をとってはいけないわ。
「ドルイユさん、ダヴィッドさんはこれからお世話になる方なんですからそんな態度をとってはいけませんよ」
窘めるとオルソンはなにか言いたげな顔をしてノエルとダヴィッドさんの顔を交互に見る。
するとノエルは静かに首を横に振って、ダヴィッドさんはただにっこりと笑っている。言葉を交わさずに意思疎通を図っているように見えて、なんだか私、仲間外れにされているように思えてしまうんだけど。
複雑な気持ちになっていると、オルソンは小さく溜息をついた。
「わかったよ。取りあえずレティせんせはバルテ卿とは別の馬車に乗ってね」
「そうだな。レティは私の隣に座ってもらう」
「い~や、俺の隣に座ってもらうから」
ノエルとオルソンが言い合っているうちにダルシアクさんはそそくさとダヴィッドさんと同じ馬車に乗り込んでしまう。
あの人、面倒なことを丸投げしやがった。
残された私はしかたがなく、二人を馬車に押し込む。
このメンバーで無事にシーアに辿り着けるか心配だ。
このたび、『黒幕さん』のTwitter限定ストーリーを公開することにしました。
#黒幕さん番外編で検索してみてくださいね(*´艸`*)




