婚約者様に一生のお願いを
「レティ、お疲れ様。来るのが遅くなってすまない」
夕暮れ時の暖かな色みの光が差し込む準備室で新入生を迎える準備をしていると、魔術省の仕事を終えたノエルが入ってきた。その手には今日も、可愛らしい花束が握られている。
「今日の花、受け取ってくれる?」
「もちろんよ。ありがとう」
卒業式の翌日から、ノエルは毎日花束を贈ってくれる。
気を遣わなくていいのにと断るとノエルが落ち込んでしまったから、いまでは受け取ることにしている。
掌にすっぽりと収まる大きさの花束は優しい色彩と瑞々しい香りを放っていて、香りを吸い込むと心が安らぐ。
この花束にする花をいつもノエルが選んでくれているのだと、王都に立ち寄った時に花屋の店主から教えてもらった。
ノエルは忙しいのに少しの時間を見つけては私のことを考えてくれている。
改めてノエルに愛されているのを実感して、我ながらなんて惚気たことを考えているんだと、頬が熱くなってしまう。
「ノエル、愛しているわ」
「レティの気持ちに負けないくらい愛しているよ」
すると、小さな声で『ヒューヒュー』と冷やかす声が聞こえてきた。
視線を走らせると、妖精たちが物陰からこちらを観察している。
『熱いね~』
『またキスする?』
『ノエルもっと押して~』
「ノエル、帰るわよっ!」
ニヤニヤとしている妖精たちの顔を見るといたたまれない。
手早く書類を片付けて、学園を後にした。
◇
馬車に乗り込むと、ノエルはナチュラルに腰に腕をまわしてくる。
ピタッと密着した状態にはまだ慣れなくて動揺してしまうから、頭の中で眠気覚ましの薬の作り方を唱えて意識を逸らした。
するとノエルはなにを思ったのか、私の髪を指先に巻きつけて弄び始める。
くるくると指先で遊ばせた後に唇を寄せている様子はなんとも甘ったるく、ノエルから放たれる空気に窒息しそうだ。
「レティ、今日の仕事はどうだった?」
「つつがなく終わったわよ。新入生の名簿の確認と教材の準備ってところかしら」
「オーリク先生は今日から来ているんだよね?」
「ええ、久しぶりに教壇に立てると言って張り切っていたわ」
サラたちが卒業してから、私とノエルの生活は変わった。
ノエルはお義父様から爵位を受け継ぎ、それに伴って臨時講師を辞めることになった。ちょうどオーリク先生の腰が完治したそうで、新学期には入れ替わりとなる。
私はというとノエルの願いでファビウス邸に住むことになり、仕事が終わるとノエルに迎えに来てもらって、二人でファビウス邸に帰るようになった。
まだ結婚式を挙げていないから一緒に住むのは早いと思っていたんだけど、バッドエンド回避のために奔走したご褒美として強請られてしまい、いまに至る。
そんなわけで私は、既婚者の先生たちと同様に週替わりの当番制で職員寮に寝泊まりする生活にシフトチェンジすることになった。
「オーリク先生には悪いけど、あのまま臨時講師を続けたかったよ」
「そんなことしたらノエルの体が持たないわよ? ただでさえ忙しいのに」
「忙しくてもレティと一緒にいられる時間を増やしたいよ」
むしろ、同じ家に住んでいるいまの方が前より一緒にいる時間が増えているような気がするんだけど、ノエルにとっては減っているらしい。
「それに、生徒たちに教えるのが楽しかったから」
「……そうね。ノエルはいつも楽しそうに授業をしていたと生徒たちから聞いたわ」
それに、ノエルは生徒たちに惜しまれながら退任していたから、教師の仕事はノエルに合っていたんだと思う。
在校生たちには集会でノエルが退任すると聞かされたんだけど、その集会の後にノエルを取り囲んでなかなか離れなかったのよね。
ノエルの退任は卒業生たちにも知らされて、ここ数日間は卒業生たちからの手紙がファビウス邸に届いていて。
その手紙が届くたびにお義母様が、「生徒たちからこんなにも慕われるノエル、さすがは私の自慢の息子だわ!」なんて言って感激している。
ゲームのシナリオを終えた私とノエルは、そんな平和な日常を送っている。
だけど安心はできなくて、このところ悩み続けていることがある。
ずばり、オルソンの事だ。
卒業後は報告のためにシーアに帰るとオルソンから聞いていて、不安でならないのよね。
オルソンは王子の身分を捨てて平民になってでもノックスに戻ろうとしているけど、果たしてそれをルスが聞き入れてくれるのかわからないもの。
一度は殺そうとしていた異母弟を素直に手放してくれるとは思えなくて、だから私もついて行ってオルソンを助けたい。
アーテルドラゴンに気に入られている私がついて行けば、ルスもシーアの人も少しは耳を貸してくれるかもしれないから。
「ねぇ、ノエル」
「ん?」
「一生のお願いがあるの」
「いま使うのか?」
「ええ、いましかないと思うわ」
驚きと期待に満ちた眼差しを向けるノエルにこのことを言ったら、ノエルがどう反応するのかわからない。
それでもノエルの協力が欲しくて、意を決して伝えた。
「ドルイユさんのこと、一緒に助けて欲しいの」
「……もう一度、言ってくれ」
「ドルイユさんを一緒に助けて欲しいの」
「……聞き間違いではなかったか」
ノエルが全く表情を変えないものだから、ノエルの気持ちが読み取れない。
おまけに紫水晶のような瞳は私の心をなぞって確かめるようにじいっと見つめている。
しんと静まり返った馬車の中、私たちはお互いの瞳を見つめ合った。
ややあって、ノエルが小さく溜息をつく。
「やはりレティは私の想像を超えてくる。もっと甘やかな願いを聞かせてもらえると思っていたのに」
「甘やかな願いって、どんなこと想像していたのよ――」
抗議する声はノエルに塞がれてしまった。
予期せぬキスのせいで息をする暇もなく、ノエルの胸を押し返してみても離れない。
「レティが悪いよ。一生のお願いを別の男のために使われてしまった私の身にもなってくれ」
ノエルはそう言うと、いつになく深めのキスを仕掛けてきたわけでして。
別の男って……教え子のオルソンを異性として見ているわけでもないのにそんな言い方しなくてもいいじゃないか、と思っていたけど、初めてされた深いキスにノエルの気持ちを思い知らされた。
たぶん、すごく、嫉妬している。
「あの子たちが卒業したからようやくレティを独り占めできると思ったのに」
すっかり落ち込んだ声が聞こえてくると申し訳なくなって。
謝罪と愛を込めて、ノエルの唇に唇を合わせた。
お久しぶりです!
番外編は卒業式から数日後の二人のお話から始まりです。
爵位を受け継いでからノエルの一人称が「僕」から「私」になりました。
ノエル、成長しましたね(親目線)。
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それでは引き続き番外編をお楽しみにしてください!




