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慣れとは恐ろしいもので、ノエルに何度もレティと呼ばれているうちに違和感がなくなってきた――と言いたいのが本音だが現実はそうもいかない。
呼ばれるたびに肩が跳ねそうになるのを耐えていると、ノエルの顔が頭に埋められる感覚がした。
「レティ、今年の冬星の祝祭日のことなんだけど、」
「も、もうそんな季節なのね」
昨年は学園に残ってサラ達と一緒に過ごした。その時に出会ったナタリスとの再会を夢見ているけど叶わず。
だけど、ジェデオン辺境伯領でルスに向かって炎を吐き出したアーテルドラゴンはナタリスだったんじゃないかと、少し期待している。
ナタリス、元気にしているといいんだけど。
「――じゃあ、そういうことでいいね?」
「ええ」
生返事をしたのに気づき、はっとして口を押さえる。
ノエルとなにを話していたのか覚えておらず、恐るおそる振り返ると、ノエルは鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な笑みを浮かべている。
「えっと……何の話、していましたっけ?」
「冬星の祝祭日の話」
「そのちょっと後の話」
「うちの領地で過ごす話」
いまこの状態でノエルと旅行とか無理。心臓がもたない。
そう思った時には勝手に口から言葉が出ていた。
「あ、ちょっと待って」
「言質はとったよ?」
低く穏やかな声は聞いていて心地がいいはずなのに、ぞっとした。ノエルは先ほどと変わらぬ微笑みを浮かべているように見えるけど、ちっとも目が笑っていない。
「ああああのあの、冬星の祝祭日にはリュフィエさんがどのルートに入ったのかわかるのよ。それを見届けたいから領地までは行けないわ」
嘘ではない。ゲームではサラと一番好感度が高い攻略対象が冬星の祝祭日を一緒に過ごすのだから。初日だけ、だけどね。
するとノエルから冷気が下りてくる。
「だからと言って、リュフィエとその選ばれた生徒の後をつけまわるのはさすがに無理だろう」
「うっ」
ノエルの言う通りだ。
同い年の生徒なら遊びに行くと理由をつけるのも容易いだろうが、私は教師だ。教師が生徒の領地やら家やらに行くのってよほど問題があった時くらいで。
家の繋がりとかあったら話は別だけど、そんなものはない。
「それに、ほら、スヴィエート殿下が寮に残るならそばにいてあげたいし」
「スヴィエート殿下はローランの家に滞在することになってる。ローランはシーア国王から補佐を命じられている身だから、スヴィエート殿下の保護者と同然だ」
「ううっ……」
ダルシアクさん、なにかとオルソンに怯えているのに二人きりにさせてしまって大丈夫なのかしら?
きっと生きた心地のしない休暇になるでしょうよ。
同情したいところだがいまの私にその余裕はなく、言い訳がぐるぐると頭の中を巡る。
「それとも、僕とは一緒に過ごしたくないとか?」
「そ、そんなことないわ!」
「顔は嫌そうだけど?」
「気のせいよ!」
ノエルと一緒に過ごせるのは嬉しいけれど、心臓がもちそうにないから。
そんな理由を言うわけにもいかずすっかり弱っていたところ、廊下から忙しない足音が聞こえてきた。その直後、バンッと扉が勢いよく開いて、今日も入念にめかし込んだウンディーネが入ってくる。
「ひっさしぶり~! って、あら、お邪魔だったようね」
「そ、そんなことないわ! 久しぶりに会えて私も嬉しい。さ、話しましょう?」
立ち上がってウンディーネの分の紅茶を用意したいのに、ノエルの腕がしっかりと巻きついているままで立ち上がれない。そんな様子を見たウンディーネが小さく肩を竦めた。
「ノエル、お楽しみのとこ悪いけど、ローランが探していたわよ?」
「わかった。どこにいる?」
「庭園のベンチ」
ノエルは小さく溜息をつきつつ、腕を放した。
「レティ、少しの間ローランと話してくるから寮に帰るのは待ってて」
覚えたての言葉を使う小学生のようにまたレティと呼んで、そしてまたもや頭にキスをしてくるノエル。
なんだか新婚さんみたいなことしているんですけど、なんて浮かれた脳みそが騒いでいるうちに扉が閉まり、それと同時にウンディーネがニヤニヤとした顔で覗き込んできた。
「あんたたち、なにかあったの? ノエルが前にも増して見せつけるようになってきたわね」
「え……ノエルが変わった、の?」
「そうね~。前は静か~に執着を滲み出していたけど、いまは堂々と見せつけるようになっているわね」
「う、うそ、そんな。執着って、き、気のせいでは?」
ウンディーネにそう言われるとますます浮かれた脳みそが騒ぎ始める。
勘違いと言い聞かせても鎮まりそうにないほど、期待と喜びが胸を埋め尽くして苦しい。
「ちょっと、レティシア。顔が真っ赤になってるわよ?」
「い、言わないで」
「ちょっと指摘しただけでそんなに赤くなるなんて、まるでノエルに恋してるみたいね。二人そろって熱くていいわね~」
「っ?!」
ええん、そんなこと言わないでくれ。自分で考えるのならまだしも、他人から「二人そろって熱い」とか言われるとすごく期待してしまう。そんなこと言われたら、まるで――。
「まるで両想い、みたい、じゃないの……」
「はぁ?! あんたたち恋愛結婚するのに、なんでいまさらそう思うの?! そもそも、これまでのレティシアはノエルに淡白過ぎたのよ。もっと『好き』とか『私だけを見て♡』とか言ってやりなさいよ」
「え、む、無理……」
そんなことを言ってしまって、ノエルが私に対して恋心が全くなかったら、どうするの?
ノエルと気まずい関係になってしまうのが一番怖くて、必死で頭を横に振った。この気持ちがノエルに伝わって、いまの関係性が崩れるのが怖い。
失恋を繰り返している自分の恋が今度こそ上手くいくとは限らないもの。慎重と言うより臆病になっているのは自分でもわかっているけど、それでも言い出すなんてできない。
「えぇ? なんで?」
「ノエルが私のことそんな風に思ってるのかわからないし……」
「もう一度言うけど、あんたたち恋愛結婚するのになんでそうなるわけ?」
「え、えっと、急に不安になったというか」
「ふーん?」
ウンディーネの目がすっと眇められる。探るような視線を浴びせてきながらティーカップに指を引っかけると、グイッと紅茶を煽った。
「不安ならそこの使い魔ちゃんたちに協力してもらったら?」
「っは」
振り返ると当然のようにジルとミカが座っている。ジルはバスケットの中で大きな欠伸をしていて興味なさそうだけど、ミカは床に敷いたクッションの上でじいっと話を聞いていて。
この二匹がノエルとつうつうなのに目の前でこんな話をしているなんて迂闊だった。
「ジジジ、ジルもミカも、このことをノエルに言っちゃダメよ?!」
慌てて口止めするとジルは怪訝そうに眉根を寄せた。
「俺様がそんな女々しい話をするわけがないだろ!」
そうよね、ジルは全く興味が無さそうだ。ノエルの命に関わることでもないし、ミカだってきっと話すことはないだろう。と、高を括っていたら、ミカはしゅんと耳を下げた。
「お話ししたらきっとお喜びになりますのに」
「いやいやいや、そんなことないわ。ね、黙っててね?」
釈然としない表情のミカを説得していると、ウンディーネが「うわ~、急に恋する乙女になったレティシア見られて楽し~」なんて言って完全に面白がっている。
まずいぞ。この話題を早く終わらせないと非常にまずい。ノエルが戻ってくるまでに終わらせなきゃいけないわ。
「こ、恋じゃないから! 絶対に違うから!」
「そんなに必死で言われると余計に怪しいわ~。ますます好きになっちゃったのね?」
「だから! 恋じゃないって!」
必死になって否定しているとガラッと音を立てて扉が開いた。
にっこりと、見る者を魅了するような微笑みを湛えているノエルが、なぜか殺気を放って立っている。
「……なんの話を、していたんだ?」
「え~? 知りたい~?」
殺気に全く気づいていないのか、ウンディーネがニヤニヤとしている。
言うな。言わないでくれ。
「あああああー!!!! なんでもないから!」
いたたまれなくなった私は、なけなしの勇気を振り絞ってウンディーネとノエルを追い出し、そのまま寮に逃げ帰った。
今日はあともう一話更新したい……のでどうかやり遂げられるように応援お願いします……!




