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がんがん押すノエルです
サラたちが部屋から出ていってから急に、ノエルによる地獄のような質問タイムが始まった。
誰が推しだったのか問い詰められて、おまけに妙に体が密着した状態が続いていて、体力のバロメーターが空になりそうになっている。
やめてくれ。こんなにもスキンシップが多いと脳みそが勝手に幸せな解釈をしてしまいそうだから。現にそうなっているから。
脳内にお花畑が広がり始めた自分を律するために上級回復薬の作り方を心の中で唱えてみるけど、それもまたノエルに邪魔をされてしまうわけで。
「レティ」
「ほあっ?!」
不意打ちで呼ばれた愛称はバッチリ私の心に打撃を与えた。
いまので三百年は寿命が縮んだと思う。
「な、なに? どうしたの?」
「レティ、と呼んでもいい?」
「え、あ、いいわよ」
この話の流れでどうしてそうなるのかわからないが、有無を言わさない勢いで訊いてくるノエルに拒否なんてできない。
それに愛称で呼ばれること自体に抵抗はないから、と気軽に考えて承諾した自分が甘かった。
「レティ」
後ろから顔を覗き込んできたノエルはふにゃりと笑っていて、その無防備な笑顔に完全に打ちのめされる。
いつもは色香を漂わせる目元が、いまは贈り物をもらった子どものようにあどけない笑みを湛えていて。
それを至近距離で見せつけられてしまった私は心臓を大きく穿たれてもう、ノックアウト寸前だ。
隙のない人間が見せた隙は弱みどころか武器になるようで、大打撃を受けてしまった。
その結果さき程から、「あ、好き」って思ってしまっている。そんな心の声が頭の中で反芻されているのだ。
それに加えてノエルの声がただただ甘く囁いてくれているように思ってしまい、恋に目覚めた自分の暴走具合に恐ろしくなる。
頬を叩いて喝を入れてみるけど、ノエルがまた愛称で呼んでくれると悲しいくらいにどぎまぎしてしまう。
迂闊だった。
たかが名前、されど名前だ。好きになってしまった人間から名前を呼んでもらえるだけでこんなにも幸せになれるんだから恋って怖い。
このままでは本当に、心臓がもちそうにないわ。
「な、なんだか不思議な感じね。やっぱり――」
「レティ」
「さ、さっきからそれしか言ってないわね?」
「何度でも呼ぶからいますぐ慣れて。そうしないと、『やっぱりレティって呼ぶのやめて』とか言いそうな顔しているから」
「うぐっ!」
鋭い。
それでいて、わかっているのに慣れさせようとするなんて容赦ない。
ノエルはやっぱりノエルだ。
どんなに無邪気で無防備な表情を見せていたとしても、心の中ではどう運べば思惑通りになるのか計算しているに違いない。
私はそれに踊らされていて、ノエルはそれを見て楽しんでいる。
そんなことがわかっているのに胸が軋む自分をどうにかしたい。
もしくは、こんなにも心をかき乱してくるノエルに反撃をしてやりたかった。
けれど、どれだけ頭を捻っても策は思いつかず、けっきょくのところ、モブは黒幕には勝てないのだと思い知らされる。
「レティ、この週末は一緒に出掛けよう」
ノエルは余裕たっぷりにそう言うと、頭にまたキスをしてくれる。
本日何回目かわからない柔らかな感覚に翻弄されてしまう。
修学旅行以来、ノエルはなにかに目覚めてしまったのかずっとこんな調子で、それもまた私の平静を奪ってくるわけで。
この状況をなんとかしないと本当に、心臓が持ちそうにないんだけど。
いまの私は、着実に育っていく恋心を持て余してしまっているから。
もう限界だ。
ノエルと話すたびに、ノエルの目を見るたびに、甘くて苦しくて、しかたがないもの。
そんな心の叫びを嘲笑うかのように、ノエルはまた私の名前を呼んだ。
レティ、と甘ったるい声で。




