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ついに修学旅行の朝になった。
空ではまだ星が瞬いているような時間だけど本館の前では生徒たちが集まり、順次グリフォンの馬車に乗り込んでいる。
一人一人の顔を見て点呼をとっているとまだまだ眠そうにしている生徒もちらほらいて。
きっとこの子たちは馬車の中で眠ってしまうだろう。
そんな様子を想像すると自然と頬が緩んだ。
ふと、オルソンがみんなから離れてふらふらと歩いているのが見えた。
ズボンのポケットの中に手を入れたまま気ままに動き回っている様子はいつも通りだけど……なにか変化があったかもしれないと気になったから、それとなく声をかけてみる。
「ドルイユさん、どうしたの?」
声をかけるとオルソンははっとした顔になってこちらを向いた。その一瞬だけ見せた表情に不安を覚える。
オルソンを追い詰める出来事が起こっていたらどうしようかと、そう思っていても直接聞くことはできなくて。
せめて表情からでもなにか読み取れないかと希望を持って見つめてみるけど、オルソンがすぐに顔を綻ばせて抱きついてきたからわからず仕舞いだった。
「心配してくれてんの? レティせんせ優し~」
「うぐっ」
急に抱きつかれたら倒れそうになる。グラつく体を必死で支えているとフレデリクがオルソンを剥がしてくれた。
「オルソン、やめろ。お前はファビウス先生の殺気を感じ取れないのか?」
フレデリクの言葉につられてノエルの姿を探すと離れた場所から禍々しいオーラを飛ばしていた。
にっこりと微笑んでいるはずなのに顔と空気が一致していない。
震えあがるほどの圧が込められているものだから思わず息をのんでしまった。
ノエルは私に、オルソンに近づくなって牽制してきている?
そんなことされてもされても譲らないわよ?
視線で対抗しようとするけどノエルはじっとオルソンを見ていて取り合ってくれない。
その一方で見つめられているオルソンは不服そうに唇を尖らせている。
「え~? ファビウスせんせー笑ってるじゃん~?」
あんなノエルを見ても平然と笑っているオルソン。
きっと彼には怖いものなんてないようだ。私なんて、心の中でくわばらくわばらって唱えているというのに。
良くも悪くもマイペースなオルソンのせいですっかり心労が溜まりきったフレデリクは、出立前にも拘わらず、すでに疲れ切った顔になっている。
「顔はな。前にも言ったけど、顔は笑ってるけどはらわたが煮えくり返ってるのが伝わってくるんだよ。いい加減察しろよ」
そのままオルソンを引きずってグーティメル先生の元に連行されてしまった。
オルソンが団体行動から抜け出したのを知れば、グーティメル先生はカンカンに怒ってしまうだろう。そんな数秒後の未来がありありと見えてしまう。
かくして私たちはネブラ峡谷へと旅立った。
私は一番最後に馬車に乗っていて、前方には生徒たちを乗せた馬車が並んでいる。
というのも、教師たちは二手に分かれていて、先頭の馬車に乗る組と最後尾の馬車に乗る組が生徒たちが乗る馬車を挟んでいるのだ。そうして生徒たちを乗せた馬車がはぐれてしまわないように注意して見ている。
ちなみに一緒に乗り込んでいるのはノエルとブドゥー先生とフォートレル先生。ノエルがいるとブドゥー先生とフォートレル先生がニヤニヤとして魔法競技大会の話を掘り返してくるからいたたまれない。
ブドゥー先生が笑顔で「あの後ちゃんとチューした?」なんて聞いてきたら、待ってましたと言わんばかりにフォートレル先生が加わる。しかも。「野暮なことを聞くな」とブドゥー先生を諫めてくれていたかと思うと、「いやはやあの時の二人を思い出すと口から砂糖を吐きそうになったぞ」なんて言ってくるものだから結局私はダメージを喰らう。
しかもノエルはというと、「ご想像にお任せします」なんて思わせぶりなことを言いやがる。
耐え切れなくなった私は全員を睨んだ。
この修学旅行が終わったら三人ともセクハラで訴えてやる。
心の中でそんな呪詛を唱えながら。
早くこの話題終われと願っていたら女神様に祈りが届いたのか、ブドゥー先生は鞄から双眼鏡を出して前方の様子を見る。
「うんうん、いまのところはみんないい子にしているようね。だけど、ネブラ峡谷への長旅は大人の私たちでもきついんだから生徒たちはもっと大変でしょうね」
そう言って肩を竦めると双眼鏡を鞄の中にしまいこむ。
ブドゥー先生の言う通り、今回の移動時間はとても長い。なぜなら目的地のネブラ峡谷はノックス東部のジェデオン辺境伯領にあり、王都から馬の馬車で行こうものなら二日はかかる場所になるからだ。だからグリフォンの馬車でも時間がかかってしまうのよね。
暇を持て余した生徒たちが暴れたりしないか心配だ。
特にドナとか。
特にドナとか。
特にドナとか。
……考えてるとフラグになりそうだから、敢えて考えないことにした。
すみません・・・!
日付をまたいでしまいました><




