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安心させるように言葉をかけたつもりなのに、なぜか ノエルから恨めし気な視線が飛んでくる。
それがいたたまれなくて話題を変えてみた。
「と、ところで、今年の旅行先になってるネブラ峡谷は行ったことある?」
「ああ、ディエースの生物学者を案内したことがあるよ。ドラゴンがたくさん住んでる場所だけど大丈夫なんだろうか?」
もちろん、大丈夫ではない。そこで起こり得ることは知っているけど、そんなことをノエルには教えられない。
だから、「そうね、心配だわ」とだけ答えた。
修学旅行が終わった時、「なにごとも起こらなくて良かったわね」とノエルに話しかけられたらいいのだけど。
◇
それから私は、ノエルが魔術省で仕事がある日を見計らってオルソンの様子を探ることにした。
もちろん見張りのジルとミカがいるから、偶然を装ってオルソンの居場所を突き止めないといけないのが厄介だ。
温室に行くついでに本を借りると言って図書館に立ち寄ったり、教室と準備室の間を移動する機会を利用して中庭を覗きに行ったりした。
いまのところはオルソンに大きな変化はない、ように見える。だけど、漠然とした違和感があった。というのも、オルソンの姿を見に行くとイザベルとよくすれ違っていて。
その度にイザベルがなにか言いたげな顔をするけれど、話しかけても「急いでいるので失礼します」と言って立ち止まってくれないのよね。
こんどは思い切って引き留めてみようかしら?
そんなことを考えつつ庭園に行くと、生垣の影に誰かいるのに気づいた。
赤褐色の長い髪を後ろで纏めているその人物はじっとしていて、風が吹くと髪がサラサラと靡く。それに加えて、身に纏う紫紺のローブを見てすぐに正体がわかった。
ダルシアクさんだ。
どうやら私が近づいて来たのに気づいているらしく、視線を合わせずに声をかけてきた。
「ベルクール先生、こんなところでなにをしているんですか?」
「準備室に移動しているところです」
「ずいぶんと寄り道がお好きなようですね」
「気分転換も大事ですので」
私がここにいるのが気に入らないらしい。それがひしひしと伝わってくるけど、こちらも譲るつもりはない。オルソンがこの先にいるならなおさらだ。
だから、挑むつもりで笑顔を作って見せた。
「ダルシアクさんこそどうしてここに? ドルイユさんを探しているのなら教室まで案内しましょうか?」
そしてさっさと用事を済ませてとっとと帰りなさい、と顔には出さずに心の中で唱えた。
一方、ダルシアクさんはまったく表情を変えずに、ついでに言えば私の顔なんて見ようともしないで淡々と返してくる。
「いいえ、彼の用事は終わりました。だからあなたがここに来るのを待っていたんです」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げてしまうとやっとダルシアクさんはこちらを一瞥した。それも、さも面倒なものを見るような目で。
つくづく嫌味な人だ。前は「いい人かも」って思ったんだけどな。
「闇の王から頼まれたんですよ。あなたがまた無茶をしそうだから様子を見ておくように、と。これ以上、私の仕事を増やさないでください」
「えっ?」
ダルシアクさんもまた見張りに追加されたのね。
このままだとノエルが全世界の人間を見張りにしてしまう気がするわ。なんとかして【なつき度】を上げないと全世界の人間に一挙一動を観察されてしまう。
まさかノエルがオルソンのことでここまで動くとは思わなかったわ。
しかもまずいことに、頼まれたダルシアクさんがまっすぐこの庭園に来て私を待っていたということは、ノエルに行動を把握されている可能性がある。
可能性がある、というよりもすでに把握されているのかもしれない。黒幕じみた笑みを浮かべるノエルの表情を浮かべてしまい、冷や汗が流れた。
「あははは……ノエルったら心配性なんだから。ダルシアクさんも忙しいんですから引き受けないでください」
そう言い返すのがやっとだ。
心臓は早鐘を打っていて、バクバクと大きな音が耳に届いている。
するとダルシアクさんは組んでいた腕をほどいた。
「私はここ数年、闇の王のそばにずっといましたが、あのお方がここまで気にかける人間はいませんでした」
「そう、ですか」
「だから言わせてもらいますが、あなたの身の安全のためにもオルソン・ドルイユに深入りするのは止めてください。あの子は人の皮を被った混沌なのです。いずれ己の居場所を得るために周りを喰らい尽くすでしょうから、目に留まらないようにしてください。存在感を消すのは得意でしょう?」
「しれっと悪口を混ぜましたよね?」
バカにするのも大概にして欲しい。
私が気づかないとでも思ったのかい?
睨みをきかしてみたけどダルシアクさんは取り合おうともしないでスタスタと庭園から出て行ってしまった。さらに腹立たしいことに、「ここにはドルイユはいませんよ」なんて言い残して。
「なんだったの、あの人」
ジルのようにぷんすこと怒っていると、すれ違った生徒たちの会話がやけに大きく聞こえてきた。
「セラフィーヌさんの噂、聞いたことがあって?」
「ええ、リュフィエさんに嫌がらせしているんでしょう?」
「あら、そんなこともしてるの? 酷いわね、オルソン様に媚びを売ってるとも聞いたわ」
「まあっ! 公爵令嬢の身分を振りかざして好き勝手してるのね」
思わず耳を疑った。だって、イザベルはそんなことをしないはずだもの。
イザベルは生徒会の一員として全校生徒を温かく見守っているし、アロイスの婚約者としていつもアロイスのことを気にかけている。
真面目で努力家で、お手本になるような生徒よ。
それなのにどうしてそんな噂が流れているのかしら?
ひとまず噂話をしている二人を呼び止めた。
「あなたたち、噂を鵜呑みにしてはいけませんよ。噂はあくまで噂なんですから」
それとなく注意すると、噂を口にしていた女子生徒は「でも、」と不服そうな顔をする。
「アロイス殿下も見兼ねているようですのよ。ちょうど今から講堂で大切な話をすると仰ってみんなに呼びかけていましたもの」
「……なんですって?」
まるでいまからアロイスがイザベルを断罪するかのような状況だ。
なにが起こっているのかわからなくて、ただただ混乱してしまう。
それでも足は動いて、講堂へと急いだ。
【講堂】
全校生徒を収容できるほど広く、二階建ての建物。
内装はオペラハウスみたいになっている。
椅子の座り心地がいいため、学園長の話が長いとオルソンが眠ってしまっている。




