閑話:夢の中を彷徨う(※ローラン視点)
夢を操ることができると知った日のことは、いまでも鮮明に覚えている。
それは遠い昔、まだ言葉が書けるようになったばかりの、幼いころのことだった。
きっと私だけではなく、この世界のどこかに潜んでいる仲間たちもまた、あの美しく残酷で幻想的で残酷なひとときを忘れられずにいることだろう。
私たちはこの力に選ばれて夢を見せられる。
果てしなく広がる闇夜の砂漠に招かれて、ただひとり、あてなく彷徨う夢を。
見上げれば月と星が落ちてきそうなほど近くに見えて、足元を埋め尽くすきめ細かな乾いた砂は星のように輝いていた。
その美しさに惹かれて手で掬い上げると、砂は指の間から落ちてなにも残らない。
目の前は眩いほど光が溢れているというのに、心は空虚になる一方だった。
行き場もなく、なにも手にできず、自分だけしかいない世界。
恐ろしくなった私はその場で蹲った。
すると空から声が降ってきた。私に力を与えると、そう話しかけてくる女性の聞こえてきたかと思えば掌に温かな熱を感じた。顔を上げて覗き込んだ掌の中には、紅い石が光っている。さらに驚くことに、空からいくつもの星が降り注いで石の中に入っていった。
そうして脈動するように光るその石を見た刹那、気づけば呪文を呟き、この魔術の使い方を覚えていた。
夢から覚めてもその石は消えずに掌の中に収まっていた。特別な力に不思議な石を手にした私は有頂天になって力を使うようになった。力の存在を周囲に知られると、初めはもてはやされた。「ぜひともその力を国のために使って欲しい」と頼まれて王都に赴いたが、力を使えば使うほど周囲は私を恐れるようになり、挙句の果てには反逆を恐れた王族の手によって追放された。
それから幾つもの国を転々とした。家族とは王都に行くときに別れて以来、会えずじまいだ。
どの場所でも初めは受け入れてくれるが、結局はみな恐怖心に駆られて追放してくる。
私たちはそう運命づけられているのだと、ある国で出会った仲間は言っていた。
そんな中、潜入先のノックス王国で闇の王と出会った。
あのお方の力はひと目見てすぐにわかった。頭の中に、「月だ、」と声が響いたのだ。気づけばあのお方が持つ月の力に、強く惹きつけられた。
そうしてようやくこの力の正体を理解した。
夢を操るこの力は、星から授けられたものだった。
星が月に導かれて夜空に現れるように、私たちは月の力を持つあのお方の力になるべく選ばれたのだと悟った。
ようやく見つけたこの理由に歓喜した。さらにあのお方は、月の力を恐れて弾圧してくる国王に立ち向かおうとしており、特異な力を持つゆえに居場所を奪われていた身としては、そんなあのお方が眩くてしかたがなかった。
それなのに、あのお方は変わってしまった。
たった一人の、平凡な女のせいで。
腹立たしかった。どうにかして目を覚ましてもらおうと手を打つが失敗ばかり。しまいにはあのお方に呪詛返しをされて悪夢に飲み込まれてしまった。
術による悪夢はなかなか振り払えず、ただただ苦しかった。
そんな時、額に何者かの手が触れた。温かな手は夢の中に広がる闇夜を拭い去り、光を灯してくれた。縋るように掴んだのが、彼女の手だった。
水の精霊、ウンディーネ。一度は利用しようとしていた彼女に、不覚にも惹かれてしまった。
底抜けに明るく真っ直ぐに人を愛する彼女は、闇の王とは異なる眩しさで私を照らし、頭の中を埋め尽くしてしまった。
私は絶対に持ち合わせることのない、他者を信じて愛する純粋な心に惹かれた。
しかしこのような気持ちはいずれ己の足枷になる。弱みになり得るのだと理解はしていたが、歯止めのきかない気持ちを持て余していた。扱いにくく、気まぐれで複雑で苦しめてくるのに、手放したくないこの感情を。
自分が変えられてしまったのだと、認めたところでなす術もなく。
ただ心を押し殺して自然に消えてくれるのを待つしかなかった。
それなのに、日に日に強くなるばかりだ。
彼女は砂漠に現れた美しく輝く湖のようなものだろう。
きっとどれほど歩み寄っても近づくことのできない、蜃気楼のような存在であるのにもかかわらず、彼女への想いは消えてくれない。
この愚かな感情に飲み込まれて、私も変わってしまった。
どうしても日付をまたいでしまいます_:(´ཀ`」 ∠):_




