11
この二人の口げんかは、いつまで続くのやら。
半ば呆れながらウンディーネとダルシアクさんのやりとりを眺めていると、ジルが前足で手を叩いてきた。
「小娘、そろそろ準備室に行け」
「なんで?」
「ご主人様がそこを離れろと言っているんだ」
なんでノエルがそんなことを言うのかしら?
理由はわからないけど、植物たちの世話を終えてないのに戻るわけにもいかない。薬草たちは管理を怠ると効果が出なくなってしまうんだもの。
「ダメよ。まだこの子たちに水をやってないもの」
「いいから離れるんだ。ご主人様が心配している」
「なにを心配しているっていうの?」
「あの男が近くにいるのが不安なんだ」
ジルの視線の先には、ウンディーネを相手しているダルシアクさんがいる。噛みつくように言い返しているウンディーネを冷静に諫めている様子を見ている限りだと危険人物らしさはなくて。
まあ、ゲームでは黒幕のノエルの手下だったから危険人物だったんだけど。ノエルが自分の手下を危険視するとは思えないのだ。
ダルシアクさんが私になにかしでかすと思って心配しているというのかしら?
ノエルとダルシアクさん、二人の関係が変わってきたのだとか?
もしかすると、私がノエルに婚約を持ちかけたことで未来が変わっているのかもしれない。まあ、それとこれとは話は別だ。
薬草たちの世話をするのが私の務めなのにサボるわけにはいかない。それも、温室に来ているのに校舎に帰るなんてできないわ。
「それならノエルに言って。生徒たちのためにも植物を育てなきゃいけないんだから、いますぐにここを離れるのは無理ですって」
「むうっ。強情だな。ご主人様の気も知れずに好き勝手言いやがって」
「ええ、そうですよ。図太く強く育ってるんで心配するなってノエルに言ってよ」
ジルは耳を後ろに倒してあからさまに怒った顔をしている。ノエルの使い魔だけど、ノエルと違ってジルは感情がダダ洩れだ。ミカは落ち着いていて多少のことでは感情を表さないけど。
すると、いつものように一歩後ろで控えているミカが前に出てくる。
「レティシア様、ジルの言う通りです。ご主人様が大変心配なさっているんですよ」
「みんなして大袈裟ね。すぐに終わらせて準備室に行くから許してちょうだい」
「それなら私めも手伝いましょう」
そう言ってミカがふるふると体を震わせると、色とりどりの光りが集まって、あっという間に若い男の人の姿になった。
人間になったミカは艶やかな黒髪を綺麗に撫でつけていて、黒い上下がよく似合う。見惚れるような所作で礼をしてくれる姿は、由緒正しいお屋敷の執事さながらな品性を感じさせられる。
「わあっ! ミカってイケメンね!」
「イケメ……ン? 申し訳ございません。私の勉強不足でして、イケメンとはどのような意味ですか?」
「カッコイイということよ。惚れてしまいそうだわ」
「レティシア様にそう言っていただけて光栄です。ただ、ご主人様の耳に入れないようにしてくださいませ。きっと妬いてしまいます」
「そんなことはないと思うけど、ねぇ? ジル?」
同意を求めて振り返ると、黒猫の姿はそこになく。長めの黒髪を無造作にひっつめている青年が立っていた。顔つきは中性的で、少女にも見える相貌だ。
「え? ジル?」
「そうだぞ、小娘」
胸を張って誇らしげに見つめてくる姿がかわいらしい。頬がによによとして力が入らなかった。
「ジ、ジル、かわいいっ!」
「なんだと小娘! 俺様にもイケメンと言え!」
この愛くるしくていじっぱりな生き物はイケメンと言われたかったようで、ふてくされてしまった。しかたがないからミカと二人でわっしょいとジルを褒め倒して機嫌をとってから、三人で水やりをする。
その間もウンディーネとダルシアクさんは楽しそうに言い合いを続けているから、そそくさと退散することにした。
挨拶もそこそこに温室を出ると、ジルが眉根を寄せて説教してきた。
「あの男は危険な魔術師だから気をつけろ。これからはなにを言われてもあいつの話を聞くんじゃないぞ。無視するんだ」
「どうしてダルシアクさんを警戒しているの?」
「あいつは夢を操れるからだ。厄介なんだよ。夢は心に作用されるけど、心もまた夢に作用され得る。夢をお告げとする者や、夢で見た事柄に影響されてしまう者もいるから、国を傾ける力とされているんだ」
ノエルの手下なだけあって、ダルシアクさんもやっぱり強いのね。
夢を操れる人間はノックス王国どころか、世界中を探しても数えるほどしかいないはず。しかもその半数が迫害されて不遇な運命をたどっているのは歴史の授業で習ったことがある。
ダルシアクさんは舞踏会で会った時、自分はノックス王国出身ではないと言っていた。訳があってダルシアク家の養子になったと。
仄暗い予感がして何とも言えない気持ちになった。
「だからあの男は祖国を追われたんだ。そんな危険な奴に、不用意に近づくんじゃない」
「ダルシアクさんはまだなにもしてないのに」
起こってもないことを理由に除け者にするのは良くないわ。同じノエルの下に仕える者同士だというのに仲が良くないようね。
抗議すると、ジルはキッと目くじらを立てて怒鳴った。
「なにを言うか! 小娘が準備室で眠って悪夢を見たのはあいつの仕業なんだぞ! あの後、ご主人様がどんなにお怒りだったのか知らないから言えるんだ!」
「えっ?! そうだったの?」
「小娘のことを探ろうとして意識の中に潜り込んでいたんだ。ご主人様がいなかったら大変なことになっていたんだからな」
てっきり居眠りをしていたと思っていたのに、どうやら私は眠らされていたらしい。知らないうちに眠らされているのは確かに恐ろしいわね。
ダルシアクさんは悪い人ではないかもしれないと思っていたのに、なんだか、よくわからないわね。
色んな一面を見ると、ダルシアクさんが悪い人間だと、簡単に分類し難くなる。考えが偏っている人だけど、彼もノエルと同じで理由があってあんな考えを持つようになったんだろうし。
だからこそ、もやもやとした気持ちが胸の中に残った。
◇
準備室に着くと、手伝ってくれたジルとミカを労うためににミルクを用意した。自分用には紅茶を淹れて、飲みながら楽しく話していると、扉が大きく開いてノエルが現れた。肩で息をしていて、急いで来たのがひと目でわかる。
ノエルはジルとミカを見てにっこりと微笑んだ。
表情は笑っているんだけど、纏う空気が凍りついている。
あ、ノエルがすっごく怒ってる。
どうして怒っているのかはわからないけど。
「お前たち、どうして人間の姿をしてレティシアの近くにいる?」
二人がどんな姿をしていたって別にいいじゃないか。
そう思うのに、ジルとミカも震えあがってすぐに元の姿に戻ってしまった。
ノエル、理不尽に使い魔を怒るのはパワハラになるんじゃないかしら?
【準備室の薬棚】
授業で使う薬草やらハーブティー用の薬草やらが入っている。
そのほとんどがレティシアが温室で育てたり領地から取り寄せたものだが、たまにバルテ商会(ドナの実家)経由でめずらしい薬草を購入して自分で乾燥させて入れていたりする。




