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やっと現れた若葉将棋道場の後継者

 5月3日ゴールデンウイーク真っただ中。


 私は将棋道場が終わり掃除をして家に帰る準備をしていた。

自分が決めたことなので覚悟は決めていたが……土日に友達と遊べないのは辛い。

明日は月曜日道場が休みの日だ。ゆっくりできる。


 今年の始めに将棋道場を経営しているおじいちゃんが大腿骨を骨折して、エレベーターのない雑居ビルの中にある

 若葉将棋道場わかばしょうぎどうしょうに行けなくなってしまった。

一時は道場を閉めることになったけど、おじいちゃんの悲しい顔を見て後継者が見つかるまで私が道場を預かることになって。

と言っても私は小学生の頃少しやっていただけで10級あるかないかくらいだ。


 道場のルールや会計、帳簿の作り方はおじいちゃんにテレビ電話で聞いて覚えた。

常連さんも優しい人ばかりなので助けてくれるので随分慣れてきた。


鍵をかけて帰ろうしたとき着信音が鳴り電話に出る。おじいちゃんからだ。


「もしもし。おじいちゃんどうしたの?」


「道場の手伝いいつもありがとう。いやな、今日ついに後継者が見つかったんだよ!」


「ほんとに!! よかったね!!」


「それで明日、彼に経営や今後についての話し合いでうちに来るんだ。是非、桃子ももこ

にも参加してもらいたい。」


「あ、うん。分かったよ。いつから行けばいい?」


「話し合いは午後3時の予定だよ。」


「じゃあ、3時前におじいちゃんのうちに行くね。」


 電話を切る。やっと後継者が現れたのか!! よかったー!!

これで私も普通の大学生生活が送れるー!!


月曜日の午後2時45分おじいちゃんの家の前に来てインターフォンを鳴らす。


「桃子いらっしゃい。忙しいところありがとうね。」


「お久しぶり。おばあちゃん。」


 玄関で靴を脱いで揃えようと下を向くと知らない男性の靴がある。

後継者はもう来ているみたいだ。


「おじいちゃんたち客間にいるわ。」


「わかった。」


客間の引き戸を開ける。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


「おー来てくれた。来てくれた。」


 30代前半くらいの眼鏡をかけた真面目そうな男性が座っていた。

おじいちゃんと男性が対面で座っているので私はお誕生席に座った。


「この子が今、道場を切り盛りしてくれている孫の桃子です。」


「初めまして、若葉桃子わかばももこです。よろしくお願いします。」


 おずおずと自己紹介をした。


「彼は副島杏介そえじまきょうすけ君。元奨励会三段で元々、若葉将棋道場で指していたんだ。」


 えっと、奨励会の三段ってたしかプロになる一歩手前だよね。四段がプロ入りだったはずだから。


「初めまして、私は副島杏介です。どうぞよろしくお願い致します。私が小学校6年生で引っ越しするまで若葉さんと若葉将棋道場にはお世話になっていました。」


「こちらこそ。」


 自己紹介が終わったあとは今後の話し合い。


「今後のことだが、当分の間は桃子と副島君の2人で道場を回してもらっていいかね。会計や帳簿など教えてやって欲しい。」


「はい。わかりました。」


「うん。わかったよ。」


「じゃあ。今から懇親会を兼ねて寿司を取るよ。新生若葉将棋道場の記念に特上を頼もう!」


 そこから、おばあちゃんも呼んで特上寿司を食べながら懇親会が始まった。


「副島君は将棋界でも人格者と有名だったから。若葉将棋道場も安泰だよ。」


「おじいちゃん。お酒飲みすぎはダメだよ。あとで介抱するおばあちゃんの身にならなきゃ。」

 

 上機嫌にお酒を飲むおじいちゃんを諫める。


「桃子ありがとう。でも今日くらいはいいわ。


「ばあちゃんも今日はいいと言っている。今日は飲む!」


「もう。」


 ふと、副島さんの方を見ると遠慮気味にお寿司を食べていた。

その姿に私はふと思った。

この人、箸の持ち方と食べ方すごく綺麗だな。


「どうかしましたか?」


 副島さんが困ったように私に言った。


「あ、すみません。いや、副島さんの箸の持ち方と食べ方すごく綺麗だな~と……」


「え!? あ、ありがとうございます。」


 副島さんは控えめに微笑んだ。


 それから少し副島さんと話すことが出来た。

副島さん29歳で奨励会を26歳で退会したあと、将棋とは全く関係ない一般企業に就職したがいろいろあって退職したそうだ。

なんの展望も希望もなく、毎日を自堕落的にすごしていたところにお世話になった引っ越し先の将棋道場の席主さんとばったり再会して若葉将棋道場の危機を知ったらしい。


「若葉将棋道場の席主を依頼されたとき、断ろうと思ったんです。僕に道場経営なんてできないって。

でも、引っ越し先の席主さんと若葉さんに1週間近く話し合いをして決意ができました。」


「なんだか、おじいちゃんがすみません。」


「いえいえ。頼りにされたことはとても嬉しかったです。若葉さんにはいろいろ勇気づけて下さって感謝でいっぱいです。」


 奨励会の過酷さは昔、道場にある本で読んだことがある。特に三段までいってプロになれなかったときは

人生が終わったようも思えるらしい。

副島さんも辛い思いをしてきたんだろうな。


「私も、とても頼りにしています。私はルールを知っているぐらいだし、これからどうしようと不安だったんですけど副島さんがいれば百人力だって今の話を聞いて思いました。」


 副島さんは少し驚いた顔をした。


「ありがとうございます。ご期待に添えるように精一杯勤めていきます。これからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」


「こちらこそよろしくお願いします。でも、そんなに気負わなくてもいいと思います。一緒に頑張りましょう。」


 懇親会が始まる前はやっと道場から解放される。と思っていたのに副島さんの話を聞いたら、これからも若葉将棋道場に関わっていきたいと考えるようになった。

新生若葉将棋道場は素晴らしい道場になる。はっきりそう思えた。



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