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十一 雨の音

 雨が長く続くと、シド島の人たちは集会所に集まる。村のまんなかに建つ、村人全員が入れるくらい広い建物だ。

 集会所でなにをするかというと、歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりの、ちょっとしたお楽しみ会だ。雨が続くからと家にこもっては退屈だ、気分が沈むし、体を動かさないのもよくない。

 だれが言い出すわけでなく、雨が続いた三日目くらいから人が集まり始める。一番乗りは、だいたいマーティンじいさんとその一家だ。ほかの村人たちのためにと掃除をしてくれる。みんなはそれに甘えない。一家が集会所に向かったと気づくと、村人たちは追いかけるように集まってくる。

 掃除が終わったら料理だ。ジュースやお茶、お酒を配ったり、朝、昼、晩の食事はもちろん、ケーキやクッキーなどのお菓子も作る。

 洗濯は一番大事な仕事だ。なにしろひどい雨だ、みんなずぶ濡れでやってくるし、洗っても乾かない。大きなタオルを、体を拭いては洗い、ぎゅうぎゅうと絞って干す。完全には乾かないけれど、体を拭うくらいならできる。力自慢たちは大活躍で、だれが一番よく絞ったかを競い始める。

 子どもたちはこの集まりが好きだ。なんだか運動会みたいだし、だけど勝ち負けはなくって、みんながわいわいと楽しげに遊んでいる。小さな子どもたちは鬼ごっこやチャンバラ遊びをする。オリーブは歌が、ドリーは踊りが上手だ。小さな子たちといっしょに、歌や踊りを楽しむ。

「おうちにいると、風で揺れるのだとか、雷の大きな音や光だとかがとても怖いの。だけどこうしてみんなで過ごしていると、ちっとも怖くなくなるわ」

 ケイシーがニコニコと言う。

 リックがシド島に来たのは七歳のときだ。初めての大雨のときは、とっても驚いた。なにしろスティブ島の雨とはぜんぜん違う。スティブ島でももちろん雨は降るし、長引くこともあるけれど、こんな大風にはならないし、少しくらい雷が鳴ってもへっちゃらだ。

 だけどシド島の長雨は、建物が揺れるような大風や恐ろしい雷といっしょにやってくる。海は荒れ、森では土砂崩れが起きて木々が倒れることもある。それも一年に、二、三回はある。あんまり恐ろしくて、リックはお母さんにしがみついて、ブルブルと震えていたっけ。

 そんなとき、お母さんは本を読んでくれた。お母さんは本を読むのが上手で、お母さんの声につられて、ほかの子たちも集まってきた。バーツたちともそれで仲良くなった。はしゃぎ疲れた子どもたちの耳に、お母さんの声はとても優しかった。

 とっても大切な思い出だ。だからリックは、集会所には本を持って行く。小さな子に読んであげるのだ。

 バーツたちは昔ほど楽しみじゃあなくなったみたいだ。体が大きくなった彼らが走り回っては危ないし、だいいち、もうそんなことが楽しいような子どもじゃない。だから近ごろは、雨を本当に嫌っていた。

 今回は違った。ノラがいる。

 ノラの存在は、お年寄りから小さな子どもまで、みんなにとって新鮮だった。いい子なのはもう知っているけれど、ノラと遊ぶのはオリーブたちばかりだ。ノラと仲良くなる機会を、みんなうかがっていたのだ。

 オリーブの家族といっしょに入って来たとき、村人たちは一斉にノラに注目した。あまりの人の多さに驚いたのか、ノラはオリーブのうしろに隠れ、おどおどとようすをうかがう。そのさまがかわいくて、リックはついつい笑ってしまった。

「あの子が、ノラ?」

「森で倒れていたって聞いたけど、元気そうだね」

「それはもう十日も前の話だよ。すっかり元気さ」

 小さな子たちの言葉に、うなずいたり、説明したりしながら、リックはノラを手招きした。すると不安げだった表情をパッと輝かせ、ノラは跳ねるようにしてリックのところへやって来た。

「リック!」

「やあノラ、元気かい?」

「はい、げんき」

 ニコニコと顔をほころばせる。あとからトコトコとやってきたオリーブが、悔しそうにため息をついた。

 ふしぎに思っていると、こんなことを言うから、リックはびっくりした。

「ノラはリックが大好きね」

「えっ?」

「雨続きで外に出るのも大変なのに、リックのところへ行こうって、ずっとせがまれていたのよ」

 そう言って口をとがらせる。ノラはというと、リックの持つ本に興味津々だ。きっとノラも来るだろうからと、シーフィシュ語の本を持って来ていた。これがなんの本なのか、リックにはわからないけれど、ノラが楽しんでくれたらいい。どうやら役に立てそうだ、差し出すと、ノラは喜色満面で受け取ってくれた。

「ぼくじゃなくて、本が好きなのさ」

 リックが答える。でもオリーブは、そうかしら、と肩をすくめた。

 村のみんなでお昼ごはんを食べたあと、リックはマモノたちにもごはんをあげた。そこへノラがやって来くると、マモノはやっぱりノラに飛びついた。

「ごめんね、いつもありがとう」

 リックの言葉に、ノラは首をかしげる。なにを言っているかまだわからなかったかな、と思ったけれど、どうも違うようだ。

「わたしは、マモノ、すきだから」

「マモノが好き?」

 マモノを優しくなでながら、ノラがうなずく。

「マモノは、なかまだよ。いっしょにくらして、げんきをわけあって、たすけあうの。だからすき」

 言葉を考えながら、ゆっくりとノラは言った。

 どうしてそんなに優しいことを言えるのだろう、とリックは思った。

「元気をあげたら疲れちゃうし、ノラはマモノ使いじゃないから、マモノはきみの言うことを聞かない。一方的に奪われるばかりじゃないか。なのにどうして、マモノを好きと言えるの?」

 少し覚えたシーフィシュ語を繋げながら、ノラに尋ねる。めちゃくちゃな言い回しになったかもしれないけれど、ノラは一所懸命聞いてくれて、そして答えてくれた。

「たべることは、わるいこと、じゃない」

 ノラの両手が、言葉を探してひらひらと泳ぐ。

 バーツたち男の子や、オリーブたち女の子も、いつのまにか集まってきて、ノラの話に耳を傾けた。自分をマモノのエサだと言った、あのときのノラの笑顔は衝撃的で、その真意を、みんなずっと知りたかったのかもしれない。

 食べることは悪いことじゃない。それは、そうだ。

「ひとも、どうぶつも、なにかをたべる。わたしもたべる。わるいことじゃない」

「そうだけど、でも‥‥」

 言うべきか、言わないべきか。悩んで口ごもる。ノラは眉尻を下げ、リックの言葉をじっと待っている。

 意を決する。

「最近、考えちゃうんだ。ぼくたちは豚や鶏、魚や貝を食べるけれど、食べられてしまうほうは、きっと怖かっただろうなって」

 チロのことはもちろん、エノおばさんのところでもらう卵のことも、大人たちが海で捕ってくる魚屋貝のことも、リックは考えていた。ぼくたちは当たり前のように奪い、食べてしまうけれど、彼らにも心がある。死ぬのは怖い、仲間がいなくなってしまうのも怖い。

 そうだ、悪いことじゃあない。食べなくては死んでしまうんだ。ぼくが食べずに元気でなくなれば、死んでしまえば、マモノも飢えてしまう。だから食べるけれど、これは奪った命なのだと考えると、どうにも悲しい気持ちになってしまうのだった。

 ノラだけじゃなく、聞いていたみんなが、うーんと考え始めた。だけど答えてくれたのは、やっぱりノラだった。

「ままがいってたの」

 胸元に手を当て、目を細める。

「いただくの。むやみにうばうのはわるい。ひつようなぶんだけ、だいじにいただくの」

 そうしてマモノを眺める。マモノたちは満足したようで、思い思いにくつろいでいる。走り回ったり、ノラやリックのひざの上で遊んだり、自ら寝床に戻るものもあった。

「マモノは、むりやりうばったりしない。ひつようなぶんだけ、わけあってたべる。だから、すきよ」

 彼らを見つめるノラのまなざしはあたたかだ。リックもマモノを見た。無理やり奪ったりしない、分け合って食べる――そうだったろうか。

 自分を恥じた。マモノをそんなふうに観察したことが、リックにはなかった。マモノはみんな同じだと思っていた。

「ありがとう、ノラ」

 リックが言うと、ノラはキョトンと、目をぱちくりさせた。



 屋根を雨がしたたかに打つ。風が集会所を揺さぶる。雷がゴロゴロととどろく。ときおり電灯がフッと消えたりもする。

 風に備え、窓には木を打ち付けている。電灯が消えると集会所は真っ暗になってしまう。シド島では珍しいことではないとはいえ、小さな子には恐怖だ。しくしくと泣き出す子もいた。

 ノラは怖くないだろうか。シド島の大雨は初めてなんだ、きっとびっくりしているだろう。言葉もまだよくわからない土地で、こちらがどんなに気を配っても、不安に思うことはきっとある。リックもほかの村人たちも、ノラのことはとくべつ気にかけた。

 ところがノラときたら、けろりとしている。それどころか、雷鳴に合わせて手を叩いたり歌ったり、楽しんでいるようだ。

「肝が据わっているなあ」

 バーツが感心したように言って、デリックやエルドレッドたちがうなずく。リックも同じように思ったし、ちょっぴり驚いたけれど、わかるような気もした。

 ノラはまだ子どもだ。ぼくと同じくらいなのに、マモノ使いでもないのに、大人たちに連れられてここまでやって来た。きっとこれまでも、あちこち冒険に行ったに違いない。怖い思いをしたこともあっただろう。

 もちろん、本当のところはわからない。だけど、リックやシド島の人たちには思いもよらないような経験や考えがノラにはあるに違いない。たとえば、さっきの話のように。

 必要な分だけを、大事にいただく。

 シーフィシュ語をわかるようになりたいな。そうしたら、ノラともっと、いろんなお話ができる。

 ノラが歌う旋律を、リックはすぐに覚えた。転げるような、おどけるようなそれは耳によく残ったし、ノラが何度も何度も、繰り返し歌うものだから、いつのまにかリックも口ずさむようになった。

 歌詞はなんと言っているのだろう。きっと楽しい歌なんだろうな。

 歌に合わせてドリーや小さな子どもたちが踊り、ケイシーやオリーブは手拍子をした。バーツたちは興味なさそうなそぶりをして、だけど手拍子に合わせてゆらゆら揺れている。

 こんな日がずっと続けばいいのに、とリックは思った。

 だけどノラは、早くおうちへ帰りたいだろう。家族や友だちのいるシーフィシュ国へ、早く。

 シーフィシュ国のほうでも雨はひどいのだろうか。船さえ出せれば、次もエドワード卿が来てくれるだろう。エドワード卿に会えるのはうれしいけれど、ノラが帰ってしまうのは寂しい。

 ひどかった雨も、晩ご飯を食べたあとはずいぶん静かになった。子どもたちは集会所の隅に集まり、遊んだりおしゃべりしたりするうちに寝てしまった。大人たちは遅くまで楽しんでいたようだけれど、夜中に目が覚めたときは、ところどころに置かれた小さな電灯だけを残して、真っ暗だった。

 ふと見ると、となりにノラがいた。本を読んでいたみたいだ、分厚い本の中程に、ノラの手が挟まっている。これはどういうお話なんだろうな。そっと抜き取り、ページがわからなくならないよう、しおり代わりにノートの切れ端を差し込んだ。

 雨の音はもう聞こえなかった。

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