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十 遠い遠い場所

 ノラたちが降り立った青い星には、ジャラッシー星とは比べものにならないくらいたくさんの種類の生きものが暮らしていた。

 そのうちの代表的な種の住人たちは、ノラたちよりずっとずっと大きかった。彼らはノラたちに優しくしてくれた。声をかければ食べるものをくれたり、頭やあごをなでてくれた。

 だけど困ったことに、どうやら言葉が通じない。ミケ隊長の人捜しや、壊れてしまった調査艇を修理するための協力を、どうしても得られなかった。

 幸い、ほかの種の住人たちとは話ができた。

「あいつらはとっても賢くていろんな発明をしたけれど、その代わり、古い言葉を忘れてしまったのさ」

 そう教えてくれたのは、ノラたちより一回り大きな、青い星の住人だった。名前はジェシー。凛々しい顔立ち、黒々とした毛が美しい。赤い首飾りを、いつも邪魔くさそうにいじっている。

「人捜しならおれたちが手伝うとも。でも、その、調査艇とやらはどうにもならんなあ。そういうのはあいつらが得意なんだが、言葉が通じない」

「そうかあ、困ったなあ」

 帰れない可能性が高いとわかっていたのに、ショックは予想したより大きかった。ずっと夜の星であんなに反省したのに、それでもまだ心のどこかに、自分だけはとくべつだという、根拠のない自信があった。

 もう帰れないのかな。見ないふりをしていた不安が急に大きく膨らんで、心を飲みこんでしまいそうになった。

「でも、諦めるものか!」

 ノラはわざと大声で言った。うなだれていたレオ隊員とタンタン隊員が、ハッと顔を上げる。

「まずは仲間を探そう。今まで何人もの調査隊が送られてきたんだもの、きっとどこかに生きているよ。幸い、この星の人たちはとっても優しい。食べるものには困らない。生きている限り、希望を捨てることはない!」

「そうだ、そのとおりだ」

 ミケ隊長がうなずいた。

「行方不明になった調査艇も見つかれば、パーツを寄せ集めて、調査艇を直すこともできるだろう」

 諦めず、地道に、ひたむきにがんばるんだ。そうしてまた、みんなでジャラッシー星へ帰ろう。ノラは夜空に瞬く無数の星を見つめて、固く誓ったのだった。



 ノラが表紙の猫を指さして、ノラと繰り返す。リックはわけがわからない、首をかしげていると、ノラはパラパラとページをめくり、広げた。

 なんだなんだと、みんなも覗きこんでくる。みんなというのはつまり、いつも来る女の子たち――ケイシー、ドリー、オリーブと、今日は男の子たち――バーツ、ジム、アレクシスも来ていた。この六人だ。

 挿絵だ。服を着た猫が数匹、輪になっている。そのうしろに、見慣れた船があった。

 驚いて見比べる。惑星調査隊の調査艇だ!

 リックはノラから本を受け取ると、部屋を飛び出し、おじいさんを探した。おじいさんは畑仕事をしていて、リックが本を掲げて駆け寄ると、おやと口角を上げた。

「この本、ひょっとして『ノラの物語』の続き?」

「気づいたかい」

 ニコニコと、口角を弓なりに上げる。

 リックの心には今日の太陽みたいにキラキラした気持ちがあふれていた。この猫の本が、「惑星調査隊 ノラの物語」の続きだなんて! お母さんも、ノラが好きだったんだな。ぼくとおんなじだ!

 でも、どうして猫の絵なんだろう。それに、ノラの綴りはもう覚えた。この本にはノラの名前はなかったぞ。

 本を閉じ、文字を見つめる。あとから追いかけてきたノラが、首をニュッと伸ばして覗きこむ。だから訊いてみた。

「このタイトルの、どれが〝ノラ〟なの?」

 題字を指でなぞりながら問いかけると、ノラは首を横に振った。なにを言ったのかわからなかったんだと思ったけれど、すぐさまおじいさんがこう言って、違うとわかった。

「題名に〝ノラ〟は、ないんだよ」

「そうなの?」

 ギョッとしておじいさんを見つめる。

「直訳すると『惑星調査隊』だ。〝ノラの物語〟は、翻訳したとき、お母さんが付け加えたんだよ」

 そうだったのか。

 どうして題名を付け加えたんだろう。でも、「惑星調査隊」よりも、「惑星調査隊 ノラの物語」のほうが、なんだかワクワクしてぼくは好きだな、とリックは思った。

 おじいさんはまだ続ける。

「それにね、もともとこのお話は、もっと遠くの国で生まれたんだよ。だからシーフィシュ語の本には載っていない言葉がたくさん出てくる。登場人物の名前もそうだ――ノラも、ノラさんとは綴りが少し、違うね」 ページをパラパラとめくって、ほら、これだよ、と示す。リックが躓いていた単語だった。何度も出てくるのに、辞書に載っていなかったのだ。それ一つわかっただけで、この本が読めるような気がした。

 振り返り、ノラを見つめる。猫を指さし、これがノラなの、と尋ねると、ノラはうなずく。言葉はわからないけれど、ノラという響きだけで、互いに、言いたいことがわかった。

「ノラって、猫だったんだ」

 友だちたちもぞろぞろと追いかけてきて、真相を知った。このかわいい猫が、あの冒険譚の主人公だったなんて!

「きっとかわいいお話だと思っていたのに、冒険のお話だったのね。でも、惑星調査をしていたのが猫ちゃんだと考えたら、やっぱりとってもかわいいわ!」

 ケイシーが、半分ガッカリして、半分大喜びで言った。白い星でグーグー寝てしまった調査隊員たち、ずっと夜の星で大きな魚に飲みこまれてしまったノラ。みんな猫だと想像すると、思わずニコニコしてしまう。

 いっぽう、男の子たちは半分大喜びで、半分ガッカリしていた。ノラの冒険の続きはとても読みたいけれど、猫だったなんて。

「猫が宇宙に行くなんて、そんなのばかばかしいよ」

 アレクシスが腕を組み、不満げに鼻息を漏らす。バーツもノラが猫だということには納得いかないようだけど、アレクシスの意見にも同意しかねて、うーんとうなっている。

「作り話だもの、だれが宇宙に行くんでも、夢があっていいよ」

「そうよ、想像の世界は自由だわ!」

 バーツの意見に、すぐさまケイシーが賛成する。ケイシーがうなずいてくれたのがうれしかったのか、バーツは照れくさそうに笑った。アレクシスは反対に、そうかなあ、と口をとがらせた。

 この本が「ノラの物語」の続きなら、きっと青い星でのお話だろう。ノラたちの言葉が通じない住人の住む、青い星。みんなの目が、期待にキラキラと輝いている。さあ、早く翻訳しよう。

 ノラが大きなヒントをくれた。偶然だけれど、ううん、偶然だからこそ、リックは奇跡みたいだなあとうれしくなった。



 ノラと出会ってから、そろそろ一週間が経つ。シーフィシュ国の王様にはすぐに手紙を送ったのに、返事もなにもない。

 エドワード卿なら大喜びですっ飛んで来ると思っていたのに。まだ届いていないのだろうか、それともノラはシド島に置き去りのまま、迎えに来るつもりはないのだろうか。

 いいや、エドワード卿に限ってそんなはずはない。リックはかぶりを振って、いやな考えを追い払った。

「準備に時間がかかっているのかもしれない。帰ってすぐだ、食料や人手のしたくもあるだろう」

 おじいさんはそう言った。そうかあ。ジャラッシー星の調査隊も、帰ってきたばかりの隊がまたすぐ任務に出ることはない。調査隊員には休息が必要だし、調査艇も、故障はないか、燃料は足りているかなどを調べ、整備しなくてはいけない。

 しかたがないとはいえそんなことで時間を食うのでは、エドワード卿はやきもきしているだろうな。ノラのお父さんとお母さんはどうだろう。子どもが帰ってこなかったら心配するだろう。待てよ、ノラはどうして、シーフィシュ国の調査隊といっしょに来たんだろう。魔物使いじゃないのに。

 エドワード卿が言ったことを思い出す。彼らのやりかたはちょっととくべつで――忌々しげな口ぶりだった。

 ピンときた。あの魔物使いたちはわざわざ、見せびらかすように魔物を連れ歩いていた。マモノはとっても疲れて、たくさんごはんを欲しがるはずだ。ノラはマモノ使いじゃないけれど、彼らにごはんをあげることができる。だからきっと、そのために連れてこられたんだ!

 ノラのことをエサとしか見ていないマモノにもショックだったけれど、それを承知でノラを利用していたシーフィシュ国の調査隊には、本当にガッカリした。そんな人たちがマモノ使いだったなんて、マモノはまったく、どういう基準で従う相手を選んでいるのだろう。

 ノラは家族と引き離されて、無理やり連れてこられたのかな。もしかして、あのなかにお父さんやお母さんがいたのだろうか。

 いやな想像ばかりが頭をよぎって、胸がキュッと痛んだ。

 ノラはどんどん元気になった。言葉が通じないながらも、毎日オリーブたちと楽しく遊んでいる。バーツたちも新入りが気になるみたいだ、森や海岸ですてきなものを見つけると、ノラに見せに来た。

「おしゃべりはできないし、女の子の遊びなんておれたちにはつまらないけど、こういうきれいなものは好きだろう」

 森ではどんぐりにお花、鳥の羽。海では貝殻やサンゴ。ピカピカに磨かれた石やガラスもとてもきれいだ。エルドレッドは手先が器用だ、それらに細工をして、ネックレスやブレスレットを作ると、ノラはとても喜んだ。

 大人たちもノラを珍しがってかまう。エノおばさんは卵を持ってくるし、サイラスおじさんは野菜を、セドじいさんはお手製のベーコンを持ってオリーブの家へやってくる。ノラときたらなんでも喜ぶから、みんなうれしくなってしまうみたいだ。

 こうしていっしょにいると、なんとなくだけれど、ノラの言葉がわかるようになってきた。食事、トイレ、お風呂、ベッド、本、マモノ‥‥名詞ばかりで、なにをしたいとか、どうするかとかをなんて言えばいいかはわからないけれど、表情や仕草を見れば、言いたいことは伝わった。ノラのほうも、どうやら島の人たちがなんと言っているのか、だんだんわかってきたようだった。

 ふしぎだなあ、とリックは思った。言葉が通じないと、意思の疎通なんてできないと思っていた。でももしかしたらそれはとんでもない思い違いで、お互いにわかろうという気持ちがあれば、わかり合えるのかもしれない。

 どうしても早く翻訳をしたくて、ノラから本を返してもらった。ノラは横から文字を指さし、登場人物の名前を挙げていく。なるほど、これがミケ隊長、レオ隊員、タンタン隊員。ジェシーはこれ。どれが名前なのかがわかると、だれがなにをしているのかが想像しやすくなって、作業が進んだ。

 ときどき現れる挿絵も、ノラは説明してくれた。ジャラッシー星の人々はやっぱりみんな猫だった。そして青い星の住人、ジェシーは犬だ。黒々とした毛並みが美しい。赤い首飾りは、飼い犬の証だった。

 隊員たちとジェシーは、とても仲良さそうに描かれていた。ごちそうを囲んで楽しく踊っていたり、青い星を冒険したり、寄り添って眠ったり。だけどそれでもノラは、夜になると空を見上げる。

 この本がどんなお話なのかはまだわからない。だけどノラの気持ちは、きっと変わっていないのだろう。

「早くおうちに帰れるといいね」

 ぽつりと言った。わからなかったみたいで、ノラは首をかしげた。

 天気の悪い日がしばらく続いた。雨が降り続け、風はごうごうとうなる。海は荒れて波が高く、これじゃあ船も出せないだろうね、とおじいさんは言った。

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