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ファウストパトローネ  作者: 喜右衛門
異世界紀行
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対戦車


 殆ど視界の無い状態で、手探りでフェンスの切れ目迄やって来た。

 その頃には少しだけ砂埃も治まり始めていたが、それでも依然として濃い霧のレベルで何も見えない。

 数センチが数メートルの視界に為っただけだ。

 

 「目と鼻と口の中が酷い事に為ってる……何処かで顔を洗いたい」

 手を引いているアンが呻いて居た。

 

 確かに……服の中処か、パンツの中までジャリジャリしやがる。

 「このまま風呂に入りたいな……寒いけど、川や湖でもいい」

 ヴィーゼの様にザバンと行きたい。


 フェンスを越えたところでお互いに少し気が弛んだのだろう。

 二人して愚痴と砂の混じった唾くらいしか出てこない。

 「まあ、酷い目に合ったのは敵も同じだろう」

 アンが顔を手で拭い、唾を吐いている。


 「上からコンクリート片が落ちてくるのがわかっている俺達の方がマシだよ」

 爆破のタイミングを奪ったのだから、奴等は無防備のままに直撃だろうから、砂埃処では無い筈だしな。


 「第二ラウンドも私達の勝ちか?」


 「それはまだ続いている」

 ほぼ決着は付いているのだが。

 『バルタ、次の砲撃を開始しろ……全員が敷地の外に出られた』

 念話を飛ばしてスグに砲撃音が背後からした。

 

 「何が始まったんだ? 奴等の戦車か?」

 その音にアンの腰が引かれた。


 「囮に為ってくれた冒険者達の救出だよ」


 「こんな状況で無事でいられるのか?」


 「それは大丈夫だ」

 奴等には身を守る魔法が有った筈だし、標的で有る俺達とはぐれたのだから何処かで合流をする為にもスパイが自分の事をバラス様な行動には出ない筈だ。

 つまり、そのバリアは敵兵にでは無くて冒険者達に向ける。

 後は、少しのキッカケを与えてやれさえすれば、適当な演技でもしてスパイでは無い冒険者達も全員を引き連れて戻ってくる。

 全員が無事でという事で少しでも自分達を怪しませない為にもだ。

 冒険者達の居たその辺りは被害が少なかったとしていたい筈だ、一人でも死ぬ様な状況は生き残るのに偶然を装う必要が出てくるが、全員でならその必要も無い。

 偶然は重なれば、それがヒントに為りバレる確率が上がるだけだしだ。


 と、その時。

 少し離れた位置では在るが戦車のエンジン音が響いて来た。

 正面で待ち構えていたという、敵のt-34戦車が動き始めたのだ。

 流石に戦車だからコンクリート片でヤられるわけもない。


 「しまったな……この状況は倒すのに絶好の条件なのに』

 ファスト・パトローネを持ってくるんだった……邪魔には為るだろうと諦めたのだ、敵の配置もわから無かったので仕方無いと言えばそうなのだが。

 悔やまれる。

 「バルタ、そっちに敵の戦車が行くぞ……数は確認出来ているのは三台だ、適当に逃げろ』

 

 『大丈夫! 行かせないから』

 エレンの念話が飛んで来た。

 「パト、これの使い方を教えて』

 背後からバイクの音が近付いてきた。

 背中に紐でファスト・パトローネを括り着けた三姉妹だ。


 「何故戻ってきた!』

 思わず怒鳴り声を上げてしまったが。

 それに怯む事もなくに。

 「だって……さっきコレが要るって言ってたじゃん』

 三姉妹は声を揃えてそう答える。


 「俺が? 言ったか?』

 覚えがないが……。

 側に居たアンまでが。

 「確かに言っていたぞ……ファスト・パトローネはシュビムワーゲンの牽引カーゴの中に置きっぱなしだ……って」


 「ソレって、取って来いって事だよね』

 怒られる意味がわかんないと頷き合う三姉妹。


 「まあいい……ソレを寄越せ』

 側に停まったエレンの背中のファスト・パトローネを取り上げて発射の準備をした。

 安全ピンを抜いて、照準器を起こし、撃発ボルトを前に押し込む。


 「使い方を教えてよ』


 「危ないから……」

 そう言い掛けて止めにする。

 教えずに勝手に使われて怪我でもされれば堪らん。


 「こいつは前に戦車で、序でに後ろも同時に攻撃する兵器だ』

 面倒臭いのでそう言っておく。

 後ろも攻撃だと言っておけば、背後も気にするだろうからだ。 

 「照準器と安全ピンはコレとコレ』

 各々を指差して示す。

 「引き金は撃発ボルトを押し込んでからこのボタンだ』

 操作の真似をして見せて、前に有るボタンを指す。

 「一発、撃つから横で見ていろ……その時は俺の後ろには絶対に立つなよ』


 アンに、その場で待つ様に指示して、俺は走り出した。

 三姉妹もバイクで着いてくる。

 もう体の一部か? 片時も離れる気が無いようだ。

 

 フェンスをつたい、角を曲がって走る。

 視界は相変わらずだが、平な歩道を走るにはじゅうぶんだ。

 其よりもこれだけ派手に走り回っても敵に気付かれない方が有難い。

 

 敵の戦車の影がボヤッと見えてきた。

 もう少し近付くと、後ろ姿なのがわかる。

 他の二台が見えないのは一列に並ぶコイツが最後尾なのだろう。

 先頭はもう先に行ってしまっているのかも知れない。

 

 俺はその場で片手を上げて皆に合図を送る。

 距離はじゅうぶんに近付いた。

 片膝を地面に着き、体を半身に捻る。

 そして、狙い済まして発射のボタンを押した。

 パンと弾ける音と共に、前からは筒の先の砲弾が、パイプの後ろからは反動の火が煙と一緒に噴き出す。

 そして、狙われたt-34は後ろの真ん中に小さな穴を開けられていた。

 エンジン音が停まり。

 暫く後にソコから火が出てくる。

 しっかりとエンジンを撃ち抜けた様だ。

 俺は残ったパイプを棄てて、その戦車から離れる。


 「こんな感じだ』

 三姉妹も手招きで呼び戻す仕草をして。

 「次のをくれ』

 そう言って手を出したのだが。

 その時にはもう、三姉妹はバイクで走り出していた。


 『次は私がやる』

 アンナが興奮している様だ。

 『その次のは私』

 それはネーヴも同じか。

 『私のは?』

 エレンは一人悔しそうだ。

 俺に取られてファスト・パトローネがもう無いからだ。

 

 『見付けた!』

 それはエレンの声だった。

 一人だけが身軽なのを利用して先行したのだろう。

 『随分と離れて居たのね』

 

 それは棄てられていた車で囲われて狭い、この場所での旋回に手間取ったのだ、元々がt-34は旋回が苦手なのだそれで余計に時間を食ったのだろう。

 狭くしたのは自分達で、それは俺達を逃がさない為にだろうが、その事が自身の移動にも障害に為った様だ。

 

 パン!

 『当たった』

 

 『次のは、もっと前に居るよ』

 

 パン!

 シュババババ……。

 三台目は敵の砲弾庫を撃ち抜いた様だ、砲弾が連爆した音が聞こえてくる。

 

 『花火みたいに火が噴き出してる』

 『ええ! 良いなあ……私のは外れだ、停まっただけ』


 それでじゅうぶんな筈だが?

 敵戦車を倒したのに当たりも外れも無いもんだ。

 『三台とも無力化したんだろう?……なら戻って来い』

 俺も踵を返してアンの所へと戻る。


 グズグズしていると敵も生き残りが再編成して反撃出てくる筈だ。

 その前にここから脱出だ。

 『このまま、ダンジョンから逃げられれば良いのだが……』

 たぶん、それは無理だろう。

 ここのダンジョンの出入り口は高速道路のあそこだけの筈。

 そこは初めから塞がれていると考えるのが妥当だ。

 今の流れでは……逃げる……は敵も読んでいる筈だしな。 


 そうなれば次の一手は、もう一台の戦車か?

 砲兵を守ろうとした最初の奴だ。

 まだソコに居るとは限らないが、しかし戦車は居なくてもソコには敵兵がいる筈だ。

 そいつらを狙おう。

 出来れば敵の本陣が知りたい。

 少ない敵を仕留めて、その装備品から当たりを引かなければ駄目だ。

 ソーサラーの能力も大概に面倒臭いモノだ。

 当たり外れって何だよ。


 路駐されていた車の影に踞るアンの手を取り、また走り出す。

 途中で三姉妹のバイクに抜かれたが、あまり浮かれてこれ以上の無茶をしなければ良いが。

 等と……心配しても無理なのだろうなと、諦め気味に思う。

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