ローザとプーマ
翌朝。
日が昇ると同時に子供達に叩き起こされた。
ダンジョンに行くためだ。
マンセルは水に浮く牽引車を造るのに一晩掛かると言うので、昨日はローザの家に泊めて貰ったのだ。
店の一階の本来は事務所なのだろう所に住居のスペースを造っている、その場所は余り広いとは言えない感じだ。
そこにローザの両親とマンセルの奥さんとが住んでいた。
ローザには二人の兄も居るようだが、今は一緒には住んで居ないらしい。
幾つかの街を回って営業に走り回っているのだそうだ。
勿論その二人もドワーフの鍛治士のスキルは有り、そして優秀なのだそうだ。
営業兼サービスマンと言う事なのだろう。
「早く行こうよ」
犬耳三姉妹は何時もの事ながらに早起きだ。
そして朝から元気だった。
俺は、久々のマトモな寝床で気が緩んだのか今一起き切れない。
眠い眼を擦り。
「もう少しユックリでも良いんじゃあ無いかな?」
抵抗を試みる。
「なに言っての!」
エルの罵声だ。
見えない所から飛んできた。
「もうみんな準備出来てるわよ」
首を巡らせれば足元に居た。
そしてさっきの怒鳴り声は、俺では無くてバルタに言ったようだ。
バルタもモゾモゾとしながら欠伸を噛み殺している。
モチロン裸で……何がモチロンなのかもわからないが。
「何時も、俺の寝床の足元で裸だな……」
もう注意する気にも為らない。
「それは仕方無いのよ……バルタは耳が良すぎて裸でないと衣擦れで熟睡出来ないから」
エルが珍しくバルタを庇った。
成る程、そういう理由だったのかと納得する。
「では、犬耳三姉妹は?」
「多分、暴れるから暑いんでしょう」
肩を竦めたエル。
三姉妹はジッとしていられないからか……。
それも納得。
そんな会話をしながら、着替えを済ませて車のガレージへと向かう。
この時間から朝飯を食う気にも為らないので、そこで一服のつもりだ。
買ったばかりのシュビムワーゲンは一階のピットの前に置いてあった。
後ろには何時もの38(t)軽戦車も見える。
そして何故か横に234/2装甲8輪車のプーマが有った。
ここに置いてある意味がわからないと首を捻ったが、いざシュビムワーゲンの側まで来るとそんな事はどうでも良いと笑みが溢れる。
何処からどう見ても、誰が見てもそれはバスタブだ。
窓もドアも天井も無い……一応はフロントガラスは有るのだが只の一枚硝子でそれも今は前に倒して畳まれている、極めてシンプルな外観なのだが、そのポッテリとした後ろに折り畳まれて跳ね上げて有る水上推進用のスクリューがやたらに目立つ。
水の上ではこれを押し下げて進むのだ。
それを想像しただけでムフンと頬が緩む。
だが、そこでハタっと困ってしまった。
これはどうやって乗り込むのだ?
そうドアが無いうえに跨ぐには背が高過ぎる。
これはライターにでも聞かねばならんと握りしめた。
単純に飛び乗れ……そう頭に声がする。
うーんと考え込む。
そんな事は端から考え付いた、見ればわかる事だ。
俺が知りたかったのはどうすればスマートに乗り込めるかだ。
……。
少し間をあけて。
左足をフロントタイヤに掛けて、右足を胴体の側面の段差に乗せて体を押し上げて、両手で支えてシートに潜り込む……。
面倒臭い奴だと、最後にオマケが付いて来た。
自分で自分の事を面倒臭い奴とは、えらくシュールな思考に為っている。
若干にムッとしながらもその通りにやってみれば素直に運転席に乗り込めた。
ドイツ車なのでそこは左側だ、目の前にはやたらに細いハンドルが有り、右手に華奢なギアが床から前後に二本が突き出して見える。
前の長い方が普通のギアで4速迄の様だ。
後ろの短いのは四駆とローギアか? 今一よくわからんが、常に四駆で良いだろう触らずにそのままだ。
インパネはメーターが1つスピードがわかるだけだった。
「流石に燃料計ぐらいは欲しかったな、出来ればタコメーターとか、水温計は……」
「空冷エンジンに水温計は必要無いでしょう?」
背後からのマンセルの声。
「そりゃあそうだ」
頷いて、煙草に火を着けた。
「灰皿は?」
「……付けときますから、一度降りて下さい」
完全に呆れられたか……。
すごすごと車から降りる。
と、何処からか小さいゴーレムがやって来た、後ろには銀色のこれまたバスタブの様な2輪のカーゴ、大きさはシュビムワーゲンよりも少し短いダケのようだ、それを後ろに繋いだマンセル。
昨日、発注した水陸両用の牽引カーゴか?
中には銃の弾と予備燃料のジェリカン2個、ドイツ製だから国防軍缶って言った方が良いのか? と……ファウストパトローネ。
「それはパンツァーファウスト30Kleinですよ、戦車長の言うファウストパトローネはやはり見付かりませんでした……で、代わりです」
「いや……同じモノだよ、Kleinってのは小さいって意味で、もう少し大きな改良型が出来たので区別の為に名前が変わっただけだし」
「そう何ですか? 戦車長がファウストパトローネって言うから、全く別のもの、初期型かと思っていました」
「それも間違ってはいないのだけど……パンツァーファウスト30Kleinって言うのは補給兵か偉いさんが区別の為に使うだけで、一般兵の手元に来たときはこれをファウストパトローネと言っていたんだ、もう少し大きな頭のはファウストパトローネ2とね、パンツァーファウストって言う時は60型以降の後期のヤツだな……一般の歩兵はそれも殆ど区別はつけてなかったけどな」
「へえ……まあ10本ほど有りますから、必要なら使ってください」
「魔物相手に必要か?」
そのといには肩を竦めたマンセル。
その態度を見るに必要無いと言う事だろう。
「イザという時の御守りって事で」
笑いながらに頷いたマンセル。
「あ! 居た」
ヴィーゼの声だ。
俺を探していたようだ、手を取り引っ張る。
「お婆さんがご飯だって、朝御飯」
「いや……俺は」
断ろうとした俺にマンセルが。
「行って来て下さい、その間に灰皿を付けときますから」
そんなに掛からんだろう? と、言い掛けたが……ヴィーゼに引かれて言えなく成ってしまった。
マンセルの奥さんの手料理、朝からガッツリ肉のステーキだったが……を満喫して腹を擦りながらにシュビムワーゲンへと皆で向かう。
「よし! みんな適当に乗り込め」
俺は、先程の儀式で運転席へ。
助手席にはアンが座った。
後席にはエレン、アンナ、ネーヴの犬耳三姉妹。
牽引カーゴには、毛布を抱えたエルとヴィーゼ……だけ。
「あれ? バルタとイナとエノは?」
「私達はコッチに乗ります」
返事を返したバルタは、横に停めてあったプーマに乗り込んだ。
「え?」
「え?」
と、笑い返したローザがプーマに乗り込む為によじ登る。
「どうしても着いて来たいって言うから」
イナ。
「その代わりに乗せて貰うの」
エノ。
「え?」
今度はローザを指差して、マンセルに。
「本人が行きたいってんだから……まあ、連れて行ってやってください」
仕方無いって顔か。
「魔物相手に5cm砲は過剰装備だとは思いますけどね、弾と燃料の代金はあの娘の小遣いから引いときますよ」
「いや……そう言う問題では」
危ないだろう?
「一応はそれなりに運転も出来ますし、バルタが砲手なら大丈夫でしょう」
「うん……まあそうか……」
身内がいいって言うなら、仕方無いか。
「行くよー」
そのローザが運転席のハッチから叫んでいた。
「ワシは戦車の修理が終わったら、そのまま王都の屋敷に戻るので戦車長も直接帰ってきてください」
「ローザは?」
「あの娘は、適当にするでしょう、もう子供じゃあ無いんだし」
いや、17才は子供だろうに……。
年は関係無くても、あの行動は明らかに子供だ。
遠足に行くのにはしゃいでる様にしか見えん。




