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ファウストパトローネ  作者: 喜右衛門
異世界の子供達
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列車の旅と伝統芸能


 列車の中の狭い通路を歩いて客室に入る。

 車両の一番前の個室だ。

 中は向かい合わせに三段の簡易ベッドと挟まれた正面奥の窓際に折り畳み式のテーブルだろうか? が畳まれて付いている。

 10日も掛かる列車の旅だ、それはやはり寝台車なのだろうが初めての経験なので少し戸惑う。

 

 「私はこちらで良いか?」

 アンが進行方向側のベッドの一番下に荷物を置いた。

 茶色い革の大きなトランクケースだ、着替えでも入っているのだろう。

 

 俺はその向かいのベッドを椅子代わりにして座る。

 それを確認する立場でも無いだろうにと思うのだが、適当に頷いて置いた。

 俺達には荷物は無い。

 有るとしても銃くらいだが、列車内に持ち込むモノでも無いしあっても邪魔だ。

 それらは戦車の中に押し込んでいるそうだ。

 ただ着替えが無いのは子供達には少し可哀想かとも思うが、この間迄は盗賊に監禁されていたのだ、それも仕方がない。

 そのうちに替えの服も揃えてやろう。

 俺が自由になってからの事だが。


 「しかし……随分と緩いな護送だろう? 監視者はアン一人で……子供達までか」

 入って早々に三段目のベッドに登ってハシャイでいる子供達を見て。


 「別に、私一人と言うわけでもない」

 アンも自分のベッドに座る。

 「この車両は特別車両でね、国防警察軍の持ち物だから他の部屋も留置所みたいなものだ」


 成る程、護送車の列車版みたいなものか。

 この部屋を一歩出れば兵士達が其なりの数で居るのだろう。


 「子供達は証拠品でも有るので、一応は監視対象だし」


 獣人はヤハリ物扱いか。


 「私が一緒に居るのは……」

 俺を見て。

 「貴方は容疑者では有るが、無罪の可能性が大きい上に貴族だ」

 

 成る程、一応の礼儀と後の事を考えての事か。

 しかし……無罪の可能性が大きいときたか、それは有罪もあり得るとなるが。


 「他の犯罪者は確かにもっと雑だがな」

 笑っている。


 他の部屋は完全な檻なのかもな。

 こんな形の個室では無いのかもしれない。

 

 「しかしこれだけの特別車両まで有るのに、あの戦車は無いだろう」

 L3豆戦車の事だ。

 

 「あれはこの街の警察軍の装備だ……この車両は王国本部の持ち物だ」

 仕方無いと、そんな顔をする。


 予算の都合なのだろう。

 田舎街じゃあシレているのか。


 「個人では高くて手もでない」

 溜め息を吐く。


 「そんなに高かったのか?」

 

 「一応は貴族だから買えなくは無いが……私は次女だし、家名を継ぐ長男も居る、この仕事も我が儘でやっている様なものだし……」


 何の言い訳だ?

 聞いてもいないのにペラペラと早口で。


 「警察軍は家の仕事でもあるし……」

 

 まだ続くのか?


 「嫁に行くのが……まだ嫌だったんだ」

 最後は叫んだ。

 「そんな目で見るな!」


 おっと、その気もなくに見ていたが。

 それを勘違いさせてしまったか。

 うん、それは失礼した。


 話を変えよう。

 「そう言えばマンセルは?」

 上に居るバルタに聞いてみた。


 「戦車の中に居るよ」

 答えたのは花音。

 「一緒に居るとお酒が飲めないからだって」


 この車両は留置所だものな。

 禁酒になるのか……そりゃそうだ。


 「一般客の車両の後ろが貨物で最後にこの車両何だって言ってました」

 バルタも答えてくれる。


 「間に貨物か……戦車は良く載ったな」

 

 「台車だけの平べったいのに載せるって言ってたよ」

 ヴィーゼも飴をしゃぶりながらに答えてくれる。


 「一応は行き来が出来るが、あまり進めないな……剥き出しの貨車は危ないからな」

 アンが子供達にも聞こえるようにして。

 行くなよ、との注意なのだろう。

 

 「しかし、10日は遠いな……」

 これは独り言だ。


 「途中で良く停まるからな」

 と、ただの呟きに、律儀にアンが答えるのと同時に汽笛。

 ようやく動き始めた汽車。

 ユックリと加速する。


 「わ! 動き出した」

 ヴィーゼか?


 「出発進行!」

 花音が叫ぶ。

 それになにそれ? と、食い付く子供達。


 すぐに声を揃えて。

 「出発進行!」


 ……。

 楽しそうだ。

 



 街から出ですぐに草原。

 窓の景色は退屈そのものだ。

 常に草原なのだから。


 暫く後に列車が停まった。

 駅でもない、何も無いその草原の真ん中だ。


 「停まったな?」


 俺の何気ない一言に、アンが答えてくれた。

 「ほら……アレのせいだ」

 窓の外を指差して。


 覗けば、剣や盾の古臭い装備の者が数人、飛び出していく。

 その先には数匹の魔物が見えた。

 ウサギの様にも見える。

 魔物対人間のチャンバラが始まる様だ。

 「魔物退治か……」


 「結構な頻度で邪魔するんだ、アレらが」

 

 「銃で撃てば良いのに」

 古式ゆかしい剣と魔法での意味がわからん。


 「銃は簡単だが、喰えなくなる」

 

 「晩飯のオカズか?」


 「冒険者の様な古い文化や技術の継承も大事だしな」


 剣と魔法は伝統芸能だったのか!

 

 その冒険達は次々と名乗りをあげる。

 魔物相手に名乗りの意味がわからんが、お約束なのだろう。

 そして次に一人づつが攻撃を始める。

 大見得を切っての剣技。

 槍は大袈裟な形と叫び。

 魔法は大きな声での呪文詠唱。

 ……。

 最後は揃っての決めポーズ。

 戦隊物の舞台を歌舞伎でやった様なイメージだ。


 列車の窓から見ていた観客が一斉に歓声をあげる。

 それに答えて、倒した獲物を掲げて見せた冒険者達。


 「成る程……」

 見世物としては面白いのかもしれない。


 「列車の旅はこれを目当てに選ぶ者も居る……今日のディナーはジャッカロープか」

 

 それは何処かで聞いたぞ?

 確か……小次郎が村でと言っていたか。

 アレがそうなのか。

 確かに良く見れば鹿の角の様な物も見えるが……それ以外は普通のウサギだ。

 手強そうにも見えない。

 この見世物は……どうも俺にはピンと来ない。

 「それでもトラックで行った方が速くは無いのだろう?」

 

 「トラックなら、五日程だな」


 「そっちの方が速いのか!」


 「今回は大人数の輸送だし、それに久し振りのこの車両の使用許可だ」

 頷いて。

 「これに乗るのを楽しみにしている兵士も居る」

 アンの鼻がビミョーに膨らんだ。


 そうですか、アンが乗りたかったのね。


 「汽車って初めて乗るけど楽しいよね」

 上から声がする。

 伝統芸能が始まって、色んな歓声をあげていた子供達。

 相当に興奮した様だ。

 声が裏返って誰かもわからない。


 「だろう」

 うんうんと頷いているアン。

 そのまま今の冒険者達の剣劇の解説を始めた。

 キラキラと光る目がそこかしこで見られる。

 もちろん俺以外だ。


 もういいやと。

 「俺は少し寝るよ……飯になったら起こしてくれ」

 そのままに転がった。


 

 夕方、日が暮れた頃に起こされた。

 「ご飯だって」

 揺すって声を掛けてきたのは花音だ。

 

 大きな欠伸をしてベッドに座り直す。

 列車は停まっていた。

 「また……剣劇でも始まるのか?」


 「いや、飯時は停まるのだ」

 そうアンが教えてくれる。

 「料理は、外でするからな」

 

 窓の外を見れば焚き火が見える。

 乗客らしき人達も結構な人数で降りている。

 「飯は外でか?」


 「一般客は外でも客車内でも選べるが……」

 

 成る程……俺達は出られないのか。

 と、飯の載ったカーゴが運ばれてきた。

 押しているのはイナとエノのタヌキの姉妹。

 部屋の真ん中ではバルタとエルがテーブルを引き出し準備をしている。


 「花音ちゃん、みんなを起こして」

 作業をしながらバルタが、俺の横に居た花音に。


 「さっき起こしたんだけど……」

 花音が少し眉をしかめて立ち上げる。


 「蹴って起こせばいいのよ」

 エルが目線で俺の上の三段目のベットを指して。


 起きてこないのは犬の三姉妹とヴィーゼか。

 

 花音がベットの梯子を伝って上まで行って。

 「ヤッパリ起きない……」

 

 「もう……」

 エルが今度はキッと睨み。

 「ご飯よ! 肉よ! 無くなるわよ!」

 大きな声で。


 一瞬だった。

 その叫びで飛び上がり、ベットから飛び降りて、机の前に座る四人。

 若干一名、ヴィーゼは遅れぎみだったが、それでも早い。

 その少しの差は、形となって表れた。

 ヴィーゼだけがフォークとナイフを握っていない。

 犬の三姉妹はそれを一瞬でやり遂げ両手に握って準備万端に待っていた。

 「肉う」

 見事なハモり付きで。

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