接敵機動……つまりは敵に近付いている最中
移動中の戦車の上。
丘の上から葡萄畑に入った所。
ふと考える。
小次郎は自分の戦車かもしれないと言った。
何故にそう思う?
右手にはルガーp08拳銃を握りながら。
『蜂に襲われる前にこの街に寄ったんだ』
話始めた小次郎。
『戦車で仲間と一緒にね……で、その時に魔物退治を頼まれたんだ』
俺と一緒だな……。
『だね……その時の魔物は猪では無かったけどね』
蜂だったのか?
『違うんだよ、ジャッカロープって言う小型の魔物なんだが……鹿の角を持つウサギでね、動きが速すぎるので戦車では手に負えないと言う事になって、降りて戦う事にしたんだがその全員が返り討ちに合ってね、で村で聞けば薬は有るがそれでは間に合いそうにも無いので医者を尋ねたら……今は森に居るって言うから迎えに行こうとして、あの木の下で蜂に襲われたんだ……あの木が森への目印だって言われたんだが……』
成る程……嵌められたのか。
『みたいだね……』
おおかた、仲間もグルだったんじゃあないか?
『それ……な』
少し間を空けて。
『そうじゃあ無いと思いたいのだけど……』
一人を残して全員が怪我?
その怪我をちゃんと確認したのか?
『イヤ……見てはいない』
何で?
『仲間達がそんな弱い魔物は俺達だけで十分だって言って、私は一人留守番をしていたんだが、そこに村の男が知らせに来て……失敗したと』
そして、歩いて助けを呼ぼうと?
戦車の操縦は出来なかったのか?
『いや、出来るさ……けど、何処かが壊れてしまっていてねエンジンが掛からなかったんだよ』
魔物退治に出たその後は仲間の顔すら見ていないのか……。
そして、その戦車は今……普通に動いている。
今、動かしているのがその仲間じゃあなければいいなと、他人事では無いが、同情はしてしまう。
どう話を聞いても明らかだったからだ。
『この村に寄ろうと言い出したのは、運転士なのだが……』
それを聞いて俺は、溜め息を吐きつつ首を振った。
もういいよ。
その話は辞めておこう……どうせ今更だし。
『そうだね……で、弱点だが左の側面にラジエーターが有ってね、そこは格子に成っていて若干だけど装甲が弱いんだよ』
ハッキリと弱いとは言わないのか?
『この戦車の砲では、そこすらも抜けるかどうかが微妙だからね』
取り敢えずは一度、試してみるか。
それ以前にこの戦車の半分の速度しか出ないと言う方が弱点な気もするが。
装甲を抜けないんじゃあ意味は無いのか。
「戦車長、畑を抜けますよ」
マンセルが告げる。
俺がボーッとしているようにでも見えたのだろう。
語気が強めだ。
回りを見れば、棚田のような段差も少なくなってきた。
「しかし、葡萄畑は何故に段に成っているんだ?」
誤魔化すと言うわけでもないが聞いてみた。
大きく息を吐くマンセル。
それを今、聞くのか? とでも言いたいのだろうか?
「葡萄は日の光が大事なんですよ、それと寒暖差に適度に乾いた土……多すぎる水分は駄目なんです」
それでも答えてはくれるようだ。
「昔は普通に丘の斜面でしたけどね、トラックや機械が入る様に成って地面が平な方が都合が良くなったんです、でも昼と夜の寒暖差を得るには高低差が欲しいと……で、こういう形に成ったんですよ」
ふーん。
あまり興味の持てる話でも無かったな。
「段差の壁は石組で出来ているな」
取り敢えずは見たままなのだが。
「それは、水を抜く為の隙間が出来やすいからです」
俺の声のトーンで聞いては居ないと思ったのか、語気が強くなった。
「まあ、確かに地面は水捌けが良さそうだ」
踏んだ感じが柔らかかった気がした。
「もう良いですか? 村に入りますよ」
怒っちゃったか?
ここ一番の勝負時はリラックスするのが大事なんだぞ。
だがそのおれ自身の足はさっきからズッと震えっぱなしだ。
それをバルタが優しく手を当ててくれている。
たぶん、この中で一番怖がっているのは俺なんだろうと思う。
理由は三人の子供達だ。
死なせたくはない。
幾つかの建物を通り過ぎる。
まだ端の方だからか、ここらは砲撃の痕はない。
それはもう少し密集している辺りからか。
そして、人影も見えない。
まだ無事な建物に隠れてしまったか?
逃げる方向が違うのだろうか?
どちらにしても高台の方へ行かないならそれでいい。
カンっと戦車が音を出す。
「戦車長、頭を引っ込めて下さい」
マンセルが叫ぶ。
「何処からか狙われているようです」
慌てて戦車の中に引っ込んだ。
花音からの連絡は無い、なので上からも見えない所……建物の中からか?
踏み潰してやろうか。
だが、それはグッとこらえた。
建物は自分が隠れる場所でも有るのだ、逃げ場所をわざわざ自分で壊すのは勿体ない。
それに、撃ってきているのは拳銃か単発ライフルかだ……対戦車砲では無いなら無視も出来る。
カン……。
カカン……。
無視だ!
……。
カカカカカンカン……。
「五月蝿い……」
「あの建物に何人か居るようです」
バルタが砲を向けていた。
「撃ちますか?」
「イヤ……待て」
装填手をしているイナとエノに聞く。
「機銃は撃てるか?」
装填手が撃つ機銃がそちら側に有るのだ。
「一応は……教えて貰いました」
もちろん撃った事は無いのだろう。
マンセルに聞くだけ聞いたと、そんな感じか。
「撃って見てくれ、前の建物だ」
「通信士席の前にも有るから二人で別れてだな」
マンセルが自身の左側を指して。
「わかりました……やってみます」
頷いて、一人が左前に斜めに移動。
身を屈んで捩じ込む様に潜り込む。
それでも素早く移動出来るのはその小さい身体のお陰か。
で、どっちがどっちだ?
犬耳姉妹は服の色分けで辛うじて見分けが着いたが。
タヌキ耳の姉妹にはそれがない、二人共に同じ服だ。
「前に行ったのがエノですよ……妹の方です」
バルタが教えてくれた。
俺のわからんというそんな気配を察したのだろう、良く気の付く娘だ。
「バルタはわかるんだな? 区別の方法が有るなら教えてくれ」
頷いたバルタ。
「どちらも美人さんですけど、キリっとした方がお姉さんで、可愛い方が妹です」
そう言われて見比べてみる。
どちらも、ヤッパリ同じ顔にしか見えない。
「戦車長……今はどっちだって良いでしょう?」
マンセルがボソッと。
「区別はその内に覚えてください」
確かに今はそれどころじゃあ無いな。
「撃て」
二人は同時に引き金を引いた。
流石は双子、息もピタリと一致する。
ババババババッ……。
音が響いて、目の前の建物が穴だらけになった。
その同時に撃たれていた銃撃も止む。
仕留めたわけでは無いのだろうが、その戦意は挫いた筈だ。
そして、呆けている姉妹。
戦車の中に隠れながらに撃っているのだから恐さは其ほど感じないだろうが、やはり機関銃の威力を見て、それに圧倒されていた。
だが、今それを経験しておくのは必要な事でも有る。
次の戦車戦は撃ち合いは必至なのだから。
その時に成ってすくまれては目も当てられん。
これで、自身は安全なのだ……戦車の装甲に守られているのだと、勘違いしてくれていれば良いのだが。
「人が出てきました!」
通信士席の方が叫んだ。
「銃を持っているか?」
確認だ。
バルタが言わなかったのだから、敵意無く逃げているだけだろうが。
「持っていません!」
声が震えている。
「よし、そのまま通してやれ」
人の成りを撃たせては逆効果に成りそうだからだ。
感情移入出来てしまう人間の最大の弱点だと思う。
自身が撃たれなくても、撃たれた人間を見て自身に重ねて恐怖してしまう。
とくに二人はまだ子供だ、感受性も多感な時期だ。
それはバルタも同じだろうから、気を付けねばいけない事だろう。
撃たせる時は出来るだけ、人の成りからかけ離れたモノに限定すべきだ。
その上で、俺が撃つ指示を出さねば駄目だ。
仮にそれで人が傷付く事が想像出来ても……それは指示を出した俺の責任だとしなければいけない。
撃った自分達の責任だと感じさせては駄目なのだ。
38(t)軽戦車 副砲
7.92mm,mg37(t)重機関銃x2門
砲塔の中から見て右側、装填手が居る所に1門。
中から見て左側、運転席の隣が通信士の席でそこに1門。
弾はkar98k騎兵銃型の軍用ライフルと一緒の7.92x57mmモーゼル弾を使用。
それを毎分500発、もしくは700発……どちらかを切り替えて撃てた。
ベルト式100連装または200連装の弾を右から供給する。
対空射撃も可能な性能を持っていた。
それを2門同時に撃てば毎分1400発の弾の雨となる。
それはもはや嵐か?
戦後も暫くは使われた機関銃である。
因みに犬耳三姉妹が持つstg44突撃ライフルは同じ7.92mmの口径だが、より短く威力の弱い7.92x33mmのクルツ弾である。




