幌馬車
背中のベルトに差し込んでいた拳銃を抜いて撃った。
もちろんそれは当たらない。
射程距離にも届いて居ないだろうからだ。
kar98モーゼル狙撃ライフルでだって怪しい距離だ。
わかってはいたのだが……思わず撃ってしまった。
撃ったその後に強烈に後悔をすることに成る。
激情に駆られて引き金を引くなんて……戦場に出れば命が幾つあっても足らない。
そして今、その戦場に成る可能性が有るのに。
馬車を走らせている奴等が丸腰の可能性は低いだろう。
周りを見渡してもこれだけの銃が溢れているのにだ。
撃ち合いは必至だ。
「戦車長……早すぎだよ」
マンセルも呆れている。
「真っ直ぐに追い掛けろ」
誤魔化す様に叫ぶ。
反省は既にした。
「とっくにやってますよ」
戦車は馬車に向かって真っ直ぐに突き進んでいる。
今までのノンビリとしたスピードは後方に置き去りにして。
だが、馬車の方も必死に逃げている。
出せる全速力だろう。
距離はジリジリとしか詰められない。
「しがみつけ!」
背中に乗っている兵士達に叫ぶ。
戦車が丘の斜面を駆け上がって居るのだ。
頂点を越えれば空を飛ぶ。
もちろんジャンプなのだが、それは詰まりは落ちるって事だ。
「衝撃に備えろ」
スピードを落とせとは言わない。
兵士達を振り落とそうが、そんなのは関係がない。
何がなんでも追い付くのが最優先だ。
その馬車が急に速度を落とした。
「なんだ、もう馬がへばったか?」
「エレン達が暴れている見たいです」
バルタの耳にはそれが聞こえる様だ。
「犬耳の三姉妹か、危なくないのか?」
「エレンとアンナとネーヴは強いもんね」
ヴィーゼが笑う。
「怪我もすぐに治るし」
怪我だ?
「辞めさせろ」
エルに念話を飛ばす。
「大丈夫見たいよ」
すぐに返事が帰って来た。
「悪い大人は馬車に二人しか居ないし、そのうちの一人は馭者だもの」
「それでも銃を持っているだろう?」
「持ってるわね……振り回してる」
エルも笑っている様だ。
「駄目だろう!」
「危なくなったら止めるわ」
なんだそれは、話に為らない。
しかし、そんな会話をしているうちに急速に距離を縮めている、馬車と戦車。
少しでも安全にとこちらに注意を向けさせる。
上に向かって発砲。
驚いた馬車はまた加速する。
だが、もう既に射程距離に入っている。
中に子供達が居なければmp-40で蜂の巣にしてやるのに。
それとも戦車の主砲の方が良かったか? それなら随分と前に射程内だ。
まあ、子供達が居なければ相手にする理由も無いのだが……。
追い付いたがそのまま並走して、銃で威嚇を続ける。
映画の西部劇で幌馬車を追い掛ける悪者の気分だ。
だが、あれにも意味は有ったのだと今更に気付く。
銃で脅して馬を強制的に走らせる。
完全に体力を奪う為にだ、そうすすれば無理矢理停めて近付いた時に馬が暴れて危なくなるのを防げる。
実は合理的な理由が有ったのだ。
侮れない西部劇の悪者、ただの撃たれ役では無かったとわ。
単騎乗馬の男が馬車と戦車の間に割り込んで来た。
その距離はそれなりに近い距離。
此方に銃を向けて撃って来る。
その手にはstg44突撃銃、アサルトライフルの原型に成ったヤツだ。
本来、両手持ちが基本のライフルだ、片手が手綱で塞がった状態では満足に狙いも付けられないのだろうが。
それでも此方に銃口を向けられて引き金を引かれれば其なり以上の威圧感は在る。
俺も負けじと銃を撃ち返す。
この男は撃ち殺しても構わないと狙いを着けて。
だが、背中の兵士達にソレを邪魔された。
「司令官、奴等は親衛隊です!」
兵士の一人が俺を押し退けてハッチの中に首を突っ込んで叫ぶ。
「黒服の野郎です!」
「ナニ!」
通信士席の上のハッチを跳ね上げて飛び出したアンが叫ぶ。
「なぜ、奴等が?」
「奴隷排除だからじゃあ無いのか?」
何故に? なんて俺にわかるわけもない。
だから適当に答えただけだ。
「停まれ!」
叫ぶアン、今は国防警察軍の司令官と言った方が良いのかな。
「何故に誘拐等を企てた!」
そんな事を今、問い質しても答えはしないだろうに。
「国防警察軍か!」
いや、返事を返して来た。
案外、話が出来るのか?
「親衛隊に喧嘩を売る気か!」
「親衛隊であろうが犯罪者は逮捕だ!」
叫び返す司令官。
「誘拐した娘達を解放しろ!」
「なんの事だ!」
やっぱり叫び返す親衛隊。
「これは俺達、親衛隊が買ったモノだ! お前達には関係がない」
「お前達に売った覚えは無いぞ!」
俺も叫んでやる。
「お前はなんだ! 関係無い者はスッ込んでろ」
「この者は、お前達の連れている獣人の持ち主だ」
俺を指し。
「証拠のカードも持っている」
そして、チラリと俺を見た。
一瞬なんだ? と、為るがすぐに理解する。
懐のカードを取り出して目の前に掲げて見せる。
どこぞの御隠居様に成った気分だ。
親衛隊は警戒しながらも銃を下げた。
そして、ゆっくりと近付いてくる。
お互いに走りながらだから其なりの距離を残してだ。
そして、カードと俺を交互に見た。
「馬車の中を改めさせて貰うぞ」
その親衛隊に告げる司令官。
「わかった」
一度頷いた親衛隊。
「だが、わかっているなこの事は上に報告するぞ」
「間違いならな……」
睨み返すアン。
「誘拐なら逮捕だ」
「ふん!」
成る程、買ったというのは本当らしい。
其なりの自信は見せている。
つまり、売ったのは村の者か。
「なら確認しろ」
単騎の親衛隊員は馬車に寄って、御者に停めさせた。
俺達も戦車を停めて降りる。
対峙する両者。
三人の親衛隊員とそれよりも明らかに多い国防警察軍の兵士達。
そこに、俺達も加わる。
「その馬車……やはり俺のだな」
俺はポツリと呟く。
「こんな馬車は何処にでも在る」
親衛隊員が俺を睨んだ。
「アン……中を確認してくれ」
顎で即す。
「俺が見るよりややこしく無いだろう?」
銃を握り直して。
「それに、俺もやる事が有る」
「わかったが……早まるなよ」
一声掛けて馬車に近付く。
「死体に成れば逮捕が出来んからな」
「ホザケ」
それに吐き捨てて答えた親衛隊員。
だか、アンは黙って聞き流して中を覗いた。
大きな溜め息。
そして、一声を叫ぶ、
「逮捕だ!」
国防警察軍の兵士達が一斉に銃を向けた。
向けられた方の親衛隊が叫ぶ。
「嵌めたのか!」
「嵌めたも何も、これを買ったと言ったろう」
馬車からゾロゾロ降りてくる子供達。
「犬耳が三匹」
数を数えるアン。
「人の娘が……四人か」
親衛隊員に向き直り。
「人身売買は立派な逮捕案件だ……それも一級犯罪のな」
「一級犯罪ってのは、人身売買、誘拐、殺人諸々の重罪だよ、例え国王でも逮捕される」
聞いても居ないのに俺に教えてくれるマンセル。
「まあ、国王なり国の重鎮なら適当な理由をでっち上げるんだろうけどな」
マンセルから見た俺は、いったいどんな人間に見えているのやら。
実際、知らなかった事だけど。
「待て!」
親衛隊が叫ぶ。
「そんな筈は……」
それには答えずに、娘達を前に出すアン。
首輪に足輪の娘達。
花音はもちろん人間。
エレン、アンナ、ネーヴは犬耳。
狸耳と狐耳のイナとエノとエルは……耳を隠しているのか?
人間に化けられるとか言っていたが、それか。
元々はほんの些細な違いしかないのに、それを隠されればしっかりと人間の女の子だ。
「こんな小さな女の子に、酷い仕打ちだな」
俺は子供達の側に寄り、首輪に手を掛ける。
「ついでに見るか?」
カードを親衛隊の足下に投げた。
それを拾ったのを確認して叫ぶ。
「エレン! アンナ! ネーヴ!」
同時にカードと三姉妹が光に包まれた。
自身の持ち物、奴隷だと知る一つの方法だ。
これは、握っている銃……小次郎が今、教えてくれた方法だ。
あのカードはどれだけ高機能なんだと、少し呆れ返る。
ガックリと膝を着いた親衛隊の三人。
自分達も法に寄る逮捕権を持つ者達だ、その罪は理解しているのだろう。
目の前のそれは、明らかに現行犯だという事も含めて。
stg44突撃銃
ナチスドイツの正式配備装備。
アサルトライフルの原型でこれ以降の同じ特徴を持つ物を分類としてアサルトライフルと言う様に成る。
第二次世界大戦では、兵器と戦法の変化で中長距離戦が主体となる。
その為に長距離を狙えるkar98モーゼルライフル。
中長距離で連射の効くstg44突撃銃が正式採用となる。
短距離のmp-40は、9ミリの普通の拳銃の弾を使用するので威力も射程も軍の要求を満たさなかったが、そのstg44突撃銃の生産の遅れで配備の追い付かない穴埋めの為の銃として配備された。
市街地戦闘ではmp-40の方が取り回しは良かったのだが、戦車でドンパチやった後の穴だらけの街ではその意味も薄い。
stg44突撃銃でも市街地戦は柔軟に対応出来た。
アサルトライフルとしてより有名なak47ソ連銃は大戦後の物。
見た目も良く似ている。
設計者は独自だと言っていたそうだが……ここまで似るとどうだろうか?




