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ファウストパトローネ  作者: 喜右衛門
異世界転生
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暗闇のトンネル

 

 辿り着いた先頭車両、その先端。

 

 実際、そこに運転士は居なかった。

 二両程を越えての短い旅だったのだが、乗客も乗員も一人として出会わない。

 懐中電灯で照らした運転席はもぬけの殻。

 レバーの様なハンドルはそのままの形。

 鉄道時計も置きっぱなし。

 

 「あれれ、これは結構大事なモノなのに……」

 懐中時計を外してポケットに。


 「うわ、泥棒だよ」

 娘が叫んだ。


 「これは大切なモノだから、駅に着いたら届けてあげないとね」

 笑って返す。

 「お嬢ちゃんが証人」


 「ホントに取らない?」

 疑っているようだ。

 

 「はい、取りませんよ友達に鉄道会社に就職したのがいてね……この地下鉄じゃないけど、でねこれはとても大事なモノなんだって言ってたんだ」

 まだ疑ってる?

 「鉄道の歴史と伝統と誇りがこの形何だって」

 酒で酔っ払ってそんな自慢話を良く聞かされる。

 本気では信じては居ないけど今度、会う時の話のネタくらいには成るだろうと、そんな軽い気持ちもある。

 「それに、俺の持っている腕時計の方が良いものだしね」

 そう言って自分の左腕に光を当てた。

 

 うーん……唸っている。

 まあ、時計の良し悪しなんて子供にはわかんないか。

 って言っても、値段で言えば鉄道時計ってのはそんなに高いものじゃないし、それにこれは明らかに……使い古されているし今時、懐中時計なんて流行らない。

 そんなモノを盗んで泥棒呼ばわりは嫌だ。

 

 「一緒に駅長さんの所に行こうか?」

 

 少し顔がほころんだ。

 子供はヤッパリ駅長さんとか電車モノが好きだ、そんな児童アニメも有るくらいだし。


 その話を横で聞いていたお母さん、俺の意図がわかったようだ。

 「一緒に行きましょう……誉めてもらえるわよ、きっと」

 そう娘に話して、俺にニッコリと微笑んだ。


 真っ暗な地下鉄の線路を歩くのだ。

 子供にとっては怖い筈。

 その怖さを紛らわす為の方便なのだったのだが……別にそのままの悪者に成っても良かったのだけど。

 善意者に成れるならそれはそれで嬉しいものだ。


 運転席からとって返して、扉の前。

 自動扉なのだが固く閉まっている。

 

 「非常ボタンかな?」

 扉横の赤い箱にデカデカと書かれていた。

 「うーん」

 チラリと娘の方を見て。

 「押してみる?」


 「良いの?」

 破顔一笑。


 「いいよ、押してみて」

 

 その俺の言葉よりも素早く行動に出る。

 やはり子供だ、ヤッパリ駄目って言われる前に動いた。


 「なにも……ならない」

 何度もボタンを押し始める。

 どうも反応が無いらしい。

 

 フム……と、少し観察。

 その上に小さな扉とその表面に……非常用ドアコック……と、有る。

 これか?


 その上の扉は……開きそう?


 カチャカチャと音を立てて弄くる娘。

 パカリとすぐに開いた。

 中には赤い鉄のパイプと大きなレバー。


 今度はそれを動かそうと引っ張る。

 だが、それは簡単には動かないようだ。

 身長のせいで力が入らない?

 それとも普通に硬いのだろうか?


 「チョッと変わって?」

 左手のバッグを娘に預けて。

 俺も手を伸ばして引っ張ってみた。

 固いのは最初だけだった。

 その後はすんなり動く、そして同時にプシュウと音がする。

 駅で扉が開く時と同じ音。

 何処かで空気でも抜けたのだろう。

 詰まりは空気圧で開け閉めしていたのかと、初めて気が付いた。

 それはそうだろう、そんな事にイチイチ誰も気にも止めない。

 

 だが、扉はそのまま。

 あれ? と、触ればそれだけで少し動いた。

 なるほど、今のレバーは手動にするだけか?

 後は自力で開けなさいって事か。

 面倒臭い……って言ってはいけないのだろうな、普段は絶対に触ってはイケナイそんなモノなのだから。

 うん、貴重な体験だ。

 預けたバッグを返してもらう。

 

 開いた扉から先ずは俺が飛び降りた。

 結構な高さだ。

 暗い中ではこれは勇気が要りそうだ。

 俺は足下にバッグを置いて、両手を差し伸ばして娘を先に即す。

 

 娘の方は先に床に座って飛び込んだ。

 しっかりと抱き留める。

 その娘を背後に避けて、今度はお母さん。

 

 お母さんも娘と同じようにする。

 だが、やはり大人だ少し重い。

 反動でよろけて、抱き締める格好に成る。

 わざとではないよ……事故だよ。

 チョッと嬉しい事故なだけだし。

 うん、柔らかい。


 さて歩き出そうと、その前に。

 「線路には触っちゃ駄目だよ、そこには電気が通っているから感電するよ」

 停電中なのだから大丈夫な筈だが、いつ電気が復旧するかもわからない、注意するに越したことはない。

 だが、それは杞憂のようだった。

 やはり、暗闇のトンネルは怖いのだろう。

 俺にしがみついて離れない。

 それはお母さんも一緒だった。

 役得だね。



 歩く事、暫く。

 唐突に駅に辿り着く。

 気が付いたら横がホームだったのだ。

 何故に、もっと早くに気が付かなかったのかは簡単だ、そこも停電していて真っ暗なままだったからだ。


 「これは……街が全体的に停電なのかな?」

 少し、まずい予感。

 地下鉄には非常用電源も有る筈が、それも稼働してないとはよっぽどじゃないか?

 まさか……戦争とか?

 お隣の国が短気を起こしたか?

 いや……そう言えば昔に地下鉄でテロを起こした宗教団体が有ったが……まさかね。

 そんな事を考えながらに、娘とお母さんをホームの上に押し上げた。

 続いて俺もよじ登る。

 外に出てみればわかる事だと、頭を切り替える。

 毒ガスでは無いのはあきらかなのだし。

 そうであれば生きては居ないのだろう、歩いてここまでは来れない。


 登ったホーム。

 懐中電灯で辺りを照らして見たが、やはり人っこ一人として見付けられない。

 それもやはりオカシイ。

 いくらなんでもあり得ない。

 不安が少しずつ積み上がっていった。

 

 それは母娘も一緒。

 いや、俺の不安が伝染したのか?

 パニックに成られるのも面倒だ。

 そう思い、懐中電灯を娘に預けた。

 役目を持てば気も紛れる筈だ。

 娘が大丈夫ならお母さんも理性は保てるだろう。

 自分の娘を置いて逃げる等とはあり得ないからだ。

 

 チラチラと光をめぐらす娘。

 そんな娘に声を掛ける。

 「階段を探してくれないか?」

 エレベーターは動かないだろうから。

 まあ動いたとしても危なくて使えるものじゃない。


 たぶん頷いたのだろう。

 光の動きに規則性が見え初めた。


 「アッチ!」

 光の差した方向にそれらしい影が見える。


 「おお凄いな、見付けるのが早いぞ」

 娘は俺の腰にしがみついている。

 母親は左腕に。


 転ばさないようにユックリと階段を目指した。 

 

 そして、辿り着いた階段。

 登り口近くに影が動くのが見えた。

 娘の光のその反対側。

 暗闇に慣れてきた目をこらす。

 やはり、人影のようだ。

 

 俺はホッとした気持ちを押さえられずにその人影に手を伸ばす。

 少し急いでしまったようだ。

 「キャ!」っと小さい悲鳴。

 だが、構わずもう一歩。

 そして、その人影の肩に手を掛ける。

 「大丈夫ですか?」

 そう問い掛けるのだが、それは俺自身に向けての言葉でも有った。


 「何がだね?」

 人影の低い声。

 男?

 歳上?

 そして、冷静な声色。


 俺はそれにホッとした。

 「停電ですかね?」


 そう問いかけたその時。

 娘の光がその人影を映した。

 

 背中越しに見える横顔、4・50のおじさん?

 だが、俺の表情は氷付いただろう。

 その姿が異様だった。

 

 背後からの姿だったのだが。

 映画にでも出てきそうなローブを着込んで。

 全身が真っ赤。

 ふと見える自分の掌にはその赤色が移っている。

 滑り気の有る液体、最初にわからなかったのはその温かさのせい。

 そのおじさんの右手には鈍く光る棒。

 その先から滴る赤い液体……血。

 そこでようやく理解した。

 それは刀だ。

 そして、このおじさんは……人を斬ったのだ。


 ぶれる光。

 娘も気が付いたのだろう。

 その光がもう一つ奥の人影を見せてくれた。


 床に倒れた血塗れの女性。

 変に曲がった手足と、見開かれた目。

 それはどう見ても死んでいるようだった。

鉄道時計。

懐中時計である。

本文に出てくるのはセイコー製の手巻き。

鉄道時計の最初はアメリカである。

時計の狂いで列車事故が起きそれを教訓に時計の統一を図った。

それが標準時間の始まりでも有る。




主人公の腕時計。

これはシチズンのプロマスター・ランドである。

2004年製の電波時計。

エコドライブ……太陽電池の事。

その古い時計をどうやって手に入れたのかは不明。

何の変哲も無い形なのだが、本人はいたく気に入っている様だ。



懐中電灯。

LED LENSERと言うドイツ製の懐中電灯。

そのメーカーはダイビング用の水中懐中電灯も造っている会社。

主人公はその防水性にえらく感心している。

持っているのは普通の生活防水のシンプルな物なのだが……。

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