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ファウストパトローネ  作者: 喜右衛門
異世界の子供達
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桜の花


 俺は、木の下に横たわる男の死体を見下ろしていた。

 そのままにしておくのもと、親父に頼んで寄って貰ったのだ。

 

 「墓穴でも掘るか?」

 そう親父が言って、シャベルを投げて寄越した。


 戦車に常備されている装備の一つだ。

 履帯が土にハマり込んだ時に掘って脱出する為の物。

 不整地を走る戦車では良く有る事らしい。


 「家に返してやら無くても良いのか?」

 親父に聞いた。

 その場で埋めるのがこの異世界の流儀かもしれないからだ。


 「そいつの家……知っているのか?」


 「いや……」


 「なら、死んでからも引き摺り回されてしんどい思いをする事も無いだろう」

 

 流儀では無いらしい。

 

 頷いて、木の横を堀始めた。

 それは親父も子供達も手伝ってくれた。

 俺と花音以外は話をした事も無い筈なのに、黙って掘っている。


 俺と親父はシャベルで、子供達はその小さな手で大人達が柔らかくした土を運ぶ。

 黙々と……

 淡々と……。

 飽きる事もせず。

 


 「こんなもんで良いんじゃないか?」

 静寂を切ったのは親父。


 まだ浅い様にも感じたが……人を埋めた事もない俺にはその感覚はわからない。

 穴に入った花音の肩程の深さだ。

 八歳女児の身長から考えて1メートル程か。

 「そうだな……こんなもんだな」

 適当に返した。

 

 男の死体……ヴェルダン・小次郎と言ったか、の服を整えて穴の底に横たえる。

 その時、幾つかの遺品を見付けた。

 少し長くて細い両刃のナイフ、鍔の部分が細い鉄の棒で片方がグリップを囲っている、そして、グリップは荒い革巻き。


 「トレンチナイフだな」

 親父が品定めをしていた。

 「ダンジョン物だな……ドワーフの仕事じゃない」


 「ドワーフって親父の事だよな?」

 見た目は風通の小肥りの人間だ。

 髪の毛が少しゴワついて多いか?

 後は背が低い。

 元の世界にも居ても不思議には見えないだろう。

 つまりは特徴らしきものは見れない。


 「そうだ」

 頷く親父。

 「ワシの名はマンセル……ドワーフの鍛治師だ」


 そんな名前だったのか。

 「戦車の運転士では無いのか?」


 それに笑って。

 「本来は鍛治が仕事なのだ、そのせいで戦車の修理も頼まれる」


 「確かに戦車は鉄の塊だしな」

 チラリと戦車を見て頷く。


 「で、わけ有って整備士兼、戦車の運転士に成ったわけだ」


 そのわけ有ってを聞きたかったのだが……まあいい。

 言いたく無い事情が有るのか?

 ただボケたのか?


 「これはお金?」

 花音が持っているのは丸められた紙幣だった。

 これもポケットから出てきた物だ。

 そして、それを見て花音が首を捻るのは日本の紙幣では無いからだ。

 それと一緒に出で来た数枚のコインと共にドイツマルクの様だ。

 摘まんで確認してみる。

 コインの中央にワシの図柄が彫り込んで有る。

 これも第二次世界大戦時の物の様だ。

 「ドイツの古いお金だよ」

 

 ふーんと感心顔。

 

 「気になるなら貰っとけ」


 それに頷いて、黄色い鞄にしまい込む。


 「後は、万年筆か」

 これもデザインが古そうだ。


 『それは、君が貰ってくれないかい』

 頭に声が響く。

 万年筆の声……それはヴェルダン・小次郎なのだろう。

 『君は日本人なのだろう? もし元の世界に帰れるのならその万年筆も一緒に日本へ連れていってくれないか』

 

 ああ、わかった。

 ポケットにしまう。

 貴方も日本に帰りたかったのだろうに。


 『日本は行ったことが無いけどね』

 少し間をおき。

 『私はドイツ生まれの日本人なんだよ、父が医者でねドイツに放射線の勉強に来ていたんだそこで母、日系ドイツ人なんだけど……と、知り合って私が産まれたんだ……戦争中の酷い時代だったけど、でも帰りたかった』

 また間を開けて。

 『父が良く話してくれた日本の桜が見たかった……』

 

 成る程……だからマルク紙幣を肌身離さずに持っていたのか。

 何時帰れる事に成ってもいいように。

 いや……帰りたいとの願望と共に棄てられなかったのかな……。

 ここでは使い物に成らないそれを持ち歩いていたという事は。


 「桜か……」

 と、ふと見れば側の一本の木は桜だった。

 冬の始まりで葉の落ちかけたそれを見ても気付かなかったのだ。

 転生でコチラに来た桜のその子孫なのだろうか?

 コチラにも桜と同じような木が有ったのかはわからないが……きっと春になれば花も咲くだろう。

 もう少しすれば桜を見れるよ……と、ヴェルダン・小次郎に微笑んでやった。


 


 桜の木の下に埋められたヴェルダン・小次郎に黙祷を捧げて、その場を後にする。

 もう、日も落ちかけた夕暮れ時に成っていた。


 「腹が減ったな」

 マンセルがそう俺に問い掛ける。


 俺は自分の腹に手を当ててみた……空腹感は然程感じていない。

 さんざん体を動かした後なのだから減って居ても不思議では無いのだろう。

 だが、もともと俺は食べる事に其ほど執着する方でも無い。

 ふむ……と、考えていると周囲からの視線を感じた。

 花音を含めた子供達がジッと俺を見ている。

 ……。

 「あ……減ったね」

 言わされたような気もするが、まあ良いだろう。

 「近くに有る筈の村に飯屋は無いかな?」

 毒消しを買いに行かされた村、結局は辿り着いてはいないのだが毒消しが売っている店が有るのだろうから飯屋も有るのだろうと推測してみる。


 「ああ、そうしよう」

 マンセルは普通に頷いたので、その予測はあながち間違いでも無かったようだ。


 ではと、馬車と戦車にそれぞれ向かう。

 と、言ってもその二つは同じ場所に有るのだが……くっついているのだから当たり前か。

 馬車の縁に立ち、背の低い子を持ち上げながら乗せていく。

 「皆は何が食べたい?」

 その俺の問いに各々の個性が出たのか。

 黙って考える者。

 ただニコニコしている者。

 何が有るの? そう聞き返してくる者。

 何でもいい! そう言う者。

 肉! の一言もだけも居た。


 そして、最後の猫耳娘は自力で登り。

 「そんな事を聞かれるのは……久しぶり」

 そう呟いていた。


 そうか、捕らわれて居た奴隷だものな。

 意見を聞かれる立場でも無かったのか。

 その時はどんな物を食わされていたのだろうか?

 そう考えると、少しぐらいは奮発してやろうと心の中で頷いた。


 

 揺られる馬車の中。

 マンセルも気にしてくれているのか心持ちユックリだ。

 

 子供達は固まって井戸端会議中。

 議題は先程に俺が投げた質問。

 何やら揉め初めて、肉派と魚派に別れて紛糾している様だ。

 議長は猫耳娘。

 一段背が高いので年齢も一番上なのだろう。

 膝に一番小さい子を抱えて、その場を仕切っている。

 花音が八歳なのだから……少し上の十歳くらいなのかな?

 その割にはしっかりしている様にも見えるが……苦労をしたのか、この世界ではそれが当たり前なのかもしれない。


 膝の子は頭に小さな丸い耳が着いている。

 猫耳もそうだが殆どが髪に隠れていて、獣人を知らない物が見れば気付くか気付かないかのギリギリだろう。

 俺は、直ぐには気付けなかったが。

 で、猫耳はわかる。

 この子は何の獣人なのだろうか?

 見た感じ、獣人にも種類が幾つか有るようだしと他も見てみる。

 髪に紛れて垂れている耳の子、三人居た。

 この子達は顔も似ている、姉妹かもしれない。

 もう一組、丸い耳だが膝の子とは少し違う感じの二人。

 この子達も姉妹か?

 後は、尖った耳の先に毛がピョンと跳ねている子。

 尻尾がフサフサだ。

 耳よりも尻尾で判別した方が良いのだろうか?

 しかし、見れば見る程にこの子達は耳と尻尾以外は完全に人の女の子だ。

 獣人とは不思議な物だ。


 と、眺めていれば。

 猫耳がピクリと動いた。 

 その瞬間、猫耳娘の手が動く空中の何かを掴んだ。

 速業だ、とても人間業とは思えない。


 それは花音も見ていたようだ。

 「どうしたの?」


 「虫が居たの」

 と、掌を拡げて捕まえた物を見せている。


 「カナブンだね」

 花音は虫は大丈夫の様だ。

 しかし季節外れなと、見ればてんとう虫の仲間だ。

 確か……木葉なんとか?

 どちらにしても、飛んでいる事が珍しい。


 それをジッと見ている膝の子に猫耳が一言。

 「食べちゃ駄目よ」


 その子は虫を食うのか!


 獣人はやはり人とは違うようだ。



 トレンチナイフ


 第一次世界大戦迄は塹壕戦やトーチカ戦で現役だった。

 だが、銃の小型化と性能の進化によりそれにとって変わった。

 そして、戦車の性能UPで塹壕戦すらも意味を為さなく成る。

 戦車は動く盾となり、その影に隠れた歩兵には移動トーチカと同意語に成った。

 そして、お互いの戦車同士の戦いは対峙戦闘に成りソコにトレンチナイフは意味をなさない。

 が……兵士達の間では使わないとわかって居ても御守りとしてソレを装備する。

 銃に有る、弾切れの不安がそうさせたようだ。

 

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