クロエの出自
264……。
今日も増えないか……。
うーん。
少し考えないといけないのかな。
明日……考えよう。
俺は独り、シュビムワーゲンに飛び乗った。
ダンジョン自体は狭いのだが、それは今までのと比べればの注釈付きだ。
バイク組の子達が普通に走り回れる広さは有る。
そこを無闇矢鱈に走り回っても仕方無い。
先ずは西側だと当たりを着けた。
そちらにはスライムが集まっていたとの事なので、それをヒントに取っ掛かりだ。
いったん通りに出て、真っ直ぐ進む。
前回は歩いて通った道だ。
そこを、ものの5分も走らないうちに異変に気付く。
と言うか目に入る。
スライムがドンドンと増えて、しまいにはビルの壁の下や角に、風に吹かれて吹き溜まった枯れ葉の様に張り付き、集まっていた。
冬場に石や朽ち木をひっくり返した時に、ビッシリと冬眠している虫や卵の様でも有る。
だが、マンセル達が倒れたのはコイツ等のせいでは無さそうだ。
スライム達もその影響を受けてか震えて縮こまって見える。
顔色はわからないが、吐くモノが有れば出しているかも知れない。
もしそうなら、仮説としてスライムはコチラの異世界の固有種で転生魔物では無いのだろうか? と、為る。
いや、転生魔物も代を重ねれば固有種と同じ様に成るのか?
その考察は興味深いが……それどころでも無い様だ。
何処からかバイクの音がする。
その音はスクーターでビーノだ。
「ニーナか? オルガか? 何処に居る!」
大きな声で叫び、同時にクラクションを鳴らす。
その音の明らかにおかしなところは、それが1台だけの音だからだ。
3台のモンキーの音ももう1台のビーノの音もしない。
たった1人でコチラに向かってくる意味は何だと考えると……嫌な予感しかしない。
その俺の声に反応したのか、相手もクラクションで返してきた。
「私はオルガ! コッチに来て大変なの」
声はビルの反対側から聞こえる様だ。
すぐに次の角を曲がってそちらに向かう。
用心の為に、助手席にpm-40を転がして置く。
シュビムワーゲンはドイツ車なので左ハンドルだ、助手席に有ればすぐに右手で持てる。
そして、その次の角に差し掛かった所で、そこからビーノに乗ったオルガが現れた。
「魔物か?」
オルガの言う大変な事に対しての質問なのだが。
「違う、エレン達が……」
俺の横に並んだオルガが叫んだ。
「怪我はかすり傷だろう?」
「怪我は大した事無いって、本人達は言ってるけど……動けないみたい」
慌てて身振りをいれようとするが、その度にバイクがフラ着いて転びそうに成っている。
「落ち着け……ユックリで良いから走りながら話せ」
「顔色が真っ青で立てないみたい、動くとすぐに吐くの」
「マンセルと同じか……」
いや、動こうと出来るだけまだマシなのか。
「とにかく案内してくれ」
頷いたオルガはシュビムワーゲンの前に出で、先導を始めた。
暫く走ればニーナがバイクから降りて大きく手を振っている。
その足元には犬耳三姉妹が寝かされていた。
三姉妹は酷い事に成っていた。
そこはオルガと合流した所から二つ進んだ先のビルの合間。
倒れたモンキーが建物に張り付いてバラバラに有る。
転げて滑ってタンクも傷だらけで、ハンドルも曲がっている。
エンジンは掛かったままなので、動く事は出来そうだが、それに乗る三姉妹は手前で踞って吐いている。
デロデロで泥々で傷だらけだ。
「このゼリーみたいなのは?」
三姉妹の体にまとわりついている、恐ろしく嫌な臭いをさせているそれを指して。
「転けて、ソコに突っ込んだの」
と、ニーナが指したのは、建物の隅に塊るスライム。
そして弾けた残骸……三姉妹に着いているモノと同じだった。
「スライムがクッションに為って……大きな怪我は無かったみたい」
この状態は、気分が良いものではないが……命拾いはしたようだ。
モンキーがそこで建物がここなら、しこたま頭をぶつけて居てもおかしくはない。
駆け寄った俺は、先ずエレンを抱き起こした。
体に着くデロデロのモノ、ゼリー状の汚い色をしているそれを拭って容態を見る。
傷は確かに深くは無いが、アスファルトに削られた擦り傷だ、そのままにしておくとどす黒い痕が残る。
このままにしても置けない。
キャンプに戻って、何処かで薬局を探さねば。
三姉妹を順にシュビムワーゲンの後ろに乗せて、もと来た道を戻った。
後席で唸っている三姉妹。
「バイクは……」
「モンキーを置いていかないで」
「乗って帰る」
ゲロを吐きながらにもそんな事が言えるのだ、やはりマンセル依りかはマシな様だ。
「後で取りに来れば良い」
そう言ってやるのだが、それでも納得は出来ない様だ、バイクがモンキーがと続けている。
「最悪は何処かのダンジョンで同じのを探してやるから、今は諦めて大人しくしていろ」
年代的にこのダンジョンでは手に入り難い事はわかっている、だから何処かのダンジョンだ。
そんな話を繰り返していれば、そのうちにキャンプ……戦車の横に辿り着けた。
「誰か居ないか!」
戦車の側に居た筈のマンセルもバルタも見えない。
「二人ともコッチよ」
叫び返すのはハンナ。
二人とはマンセルとバルタの事だろう。
「済まんがハンナ、手を貸してくれ」
三姉妹を運びたいのだ。
背の低いニーナやオルガでは担げるかが怪しい。
だが、返事は。
「無理、手が放せないわ」
ハンナの声音にも焦りが見える。
仕方無いと、ニーナとオルガのビーノが牽引しているカーゴにそれぞれエレンとアンナを乗せる。
「そのままバイクで中まで運んでくれ」
二人にそう告げて、俺はネーヴを担いで走る。
出入口を抜けてホールの真ん中でのキャンプのその場所にだ。
そして俺は立ち竦む。
村娘達が囲んで居るソコに寝かされているマンセルや獣人の子供達、その中で1人全身血だらけで明らかに大怪我な者が居た。
エルだった。
「どうした!」
「階段から落ちたの」
オロオロと慌てる花音。
「急に苦しみ出して、その時階段に居たの、私も胸が痛くて踞った時にエルは落ちたの」
話の道筋は滅茶苦茶だが意味はわかった。
「クロエ、いい加減にして」
叫びと共に平手打ちの音。
「あんた回復士でしょう、あんたなら助けられるのよ」
それは、コリンの叫びだった。
二人は少し離れた所でクロエが一方的に怒鳴られている。
俺は急いでネーヴを下ろして、そちらに走る。
「エルは危ないのか?」
俺をチラリと見たコリン。
「頭が割れてるの……でも、クロエなら助けられる」
「なら頼む、助けてくれ」
俺もクロエを見た。
だが、そのクロエは黙ったまま動こうとしない。
「何故だ!」
思わず叫んだ。
「獣人なんて生きる価値は無いわ……純潔アーリア人だけがヒトだもの」
泳ぐ目を伏せてそう呟くだけのクロエ。
「コリン……クロエの親は?」
その答えはもうわかる。
「居ないわ……クロエは10年位前に村に連れて来られたの、そのまま転生者よ」
やはりだ、純潔アーリア人なんて言葉が出てくるのだ、それは戦争中の国家社会主義ドイツ労働党の言葉だ。
ソイツはナチスだ。
10年前ならクロエは5才か……。
転生前の世界での両親が熱心なヒトラーの信者なら、5才のクロエにそれが刷り込まれて居る可能性は大きい。
クロエの信念は、そのままナチスだった事に為る。
だからあの言動で、俺を拒んだのか。
俺は何処からかどうみても純潔アーリア人では無く、アジアの日本人だ。
その奴隷が屈辱だったのだろう。
しかしそれは10年も前の事だ。
ヒトラー自体は独裁者だが、宗教の教祖の様な振る舞いもしていた、そしてその信奉者は国家社会主義ドイツ労働党と言う名の宗教の信者の様なモノだ。
宗教の信者なら、その改宗は可能だろう。
それも5才で途切れているクロエなら比較的に簡単だと思う。
だが、今はそんな時間は掛けてはいられない。
俺はクロエの胸をはだけさせて、奴隷紋を剥き出させて……カードを取り出した。
「済まんが、命令させて貰う」
それは、そのまま奴隷契約をすると云う事。
クロエの自由を奪うと言う事だ。




