03.竜の話。参
――子供の怪我を魔法で治した後、俺は子供と向き合っていた。
《で、お前は何しに来たんだ、子供》
「うわあ、本当にドラゴンだ……」
《おい》
まったく聞いていない。
ポカンとした顔で、こちらを眺めている。
話聞けよ。
《聞いてんのか?》
「……ホントに居たんだぁ」
《もしもーし?》
返事がない。ただのハニワのようだ。
ちょっと面白い。
余りにも反応が無いので、顔の前で翼を広げてみる。あ、反応した。
「……はっ!?」
《おい、子供》
「そういえば、さっきから聞こえるこの声は……」
キョロキョロと辺りを見回す。
《何時までスルーしようとしてやがる》
「や、やっぱりぃ……」
あれ、なんか雰囲気が変わった?
しかもさっきより目が輝いているような……。
「ふふ、ふふふふふ」
あ、こいつヤヴァイ奴だ。
昔ゲームで見たいきなり笑いだして豹変するあのパターンや。
「我、ついにドラゴンを発見せり!」
おー、そーかい。じゃ、帰ってくれ。
そして二度と来んな。
――と若干の現実逃避をしつつ、どうしたものかと悩む。
――この手のタイプは今まで来なかったもんなぁ……。
今まで来るのは大体兵士っぽい恰好の奴やら冒険者っぽい恰好の奴やらばかりだったのである。因みに“ぽい”が付くのは本当にそれで合っているのかが分からないからである。念の為。
あー、まだなんか語ってる。
「……父さん、ボクは発見しました。貴方の手記は妄想日記なんかじゃなかったッ……!」
へー。
さよけ。
ソレハヨカッタネー。ウワーカンドウスルナー。
もう帰っていい?俺、疲れてんだけど。
と残念なモノを見る目で子供を眺めつつ、口を開く。
《……なあ、いつまでやるんだ?》
「という訳で、ドラゴンさん、ボクの友達になってよ!」
《いやどんなワケだよ》
即座にツッコミを入れる。
こんな妙な子供関わり合いになりたくない。
しかも知り合いすっ飛ばして友達かよ。
「遠慮はいらない!さあ、ボクの友達に《い や だ》…ってそんな!?なんで!?」
目を輝かせながら友人加入を迫って来たので、即答で拒否すると一転、愕然とした表情になる。いや、逆になんでなると思ったんだよ。
そんな顔してもならんよ?
《だってお前……自分の家に勝手に入ってくるような怪しい奴、「うぐぅ」しかもやたら馴れ馴れしい「ぐはぁっ」のを信用できんのか?》
あ、倒れた。
どうやらかなーり効いたらしく、胸のあたりを押さえている。
やっぱ面白い。
「キミに……人の心は……ないのか……?」
《ねえな。ドラゴンだし。》
「ぐふあ」
あ、トドメ刺された。
そして、この子供は胸のあたりを押さえたまま、またパタッと倒れた。
……なんかテロップとか出そうだよな、この倒れっぷり。
[妙な子供 を 倒した!]
[経験値を 200 手に入れた!]
みたいな感じで。
いや、アレで200は多いな……。
閑話休題。
二度目の復活を果たした子供を見ていると、「ふふ……この程度じゃあ、ボクはくたばりませんよ」とかドヤ顔で言っていたので、冷めた目で眺めた後。
無視することにした。
「え、あれ、ちょっと!?もしもし!?」
きーこーえなーいきーこーえなーい。
ざまぁ。(ボソッ)
あーうざかった。
「すみませんでしたって!……う、ううぅ」
あ。
泣いた。
ちょっとやりすぎたか?
「なーんて」
《は?》
「うっそでっした―!」
《はあ?》
余りにもふざけた態度だったので殺意が沸いた。
「うあごめんなさいマジふざけすぎました」
《そろそろいい加減にしろよ?》
「はいもうやりませんやりませんので怒らないでくださいぃ」
……コイツ、チョロくね?
と、思った俺は悪くない。
たぶん。
……話がずれた。話なんて別次元に行っていたような気がしなくもないが、ずれていた。
《で、お前は何しに来たんだよ?》
「? ボク?」
《……お前以外に誰が居るんだ》
「うーん、ボクはねぇ……ドラゴンさんの友達になりに来たんだよ?」
《それ、まだ言ってんのか》
と、呆れたように問えば。
「だってねぇ……」
と歯切れ悪く口ごもる。
《はよ言え》
知ったこっちゃないのでバッサリ聞くが。
「うぅ……、友達がねぇ、お前の父さんはうそつきだって言うから」
《は?何でそれで此処にお前が来るんだよ?》
「ドラゴンなんて居やしないんだって。どうせトカゲとか他の魔物と間違えてるんだって、さ」
だからボクが友達になれたらドラゴンは居るってなるし父さんも……。
と尻すぼみに言う。
馬鹿じゃねーの、コイツ。
《“他の魔物と間違えてる”って言う様な奴が、お前が“ドラゴンと友達になった”って言って、信じると思うのか?》
「あ……」
どーやら気づいて居なかったらしい。
《証拠持って来いとか言って来るぜ?どうせ》
「言われて……ました……」
やっぱり、な。
そうして証拠を持って行っても、“偽物だ”とか言いがかりをつけるんだろう。
割と典型的なタイプの嫌な奴である。
《ちなみに何を持って来いって?》
「えっと……確か、“お前の父さんがドラゴンって呼ぶ魔物の物”を持って来いって」
《ふーん?》
なんとも嫌味な言い草である。
絶対クソガキだな、ソイツ。
今自分の顔が人のソレであったなら、眉を顰めた顔だったろう。
「それで……父さんは、持って無かったから……」
態々此処まで来た訳か。
成る程、理解した。
まあ――
《知らんがな》
「そんな!?」
“ドラゴンの存在証明”がしたいのであれば、“邪竜討伐”に来た奴らにでも言って貰えばいい話である。この子供は変わり者ではあるが、どうせ同じ人族なのだし。
まあ、出来ないだろうが。
二度と来られない様に、自然治癒以外出来ない様にしてから骨とかバッキバキにしたし。
《だってどーでもいーし。日も暮れるしさっさと帰れ》
「え!」
《外見てみろよ、お前》
「そういえば、さっきから暗かったような……?」
気づくのが遅すぎだろ、コイツ。
ホント何でここまでこれたのやら……。
《お前どうやって来たんだよ……?》
「? ずーっと歩いてたら着きましたよ?」
ええ……引くわぁ……。
一番近い集落でもどんだけ離れてると思ってんだ?
此処は人間共に“邪竜”って呼ばれている俺の家だぜ?
《此処に来るまでどんだけかかってんだ?》
「どのくらい、ですか?そうですねぇ……、十何回か空の色が変わるくらいでしょうか?」
日付変わってんじゃねえか、それ。
帰る途中に死んだ、とかなるのも目覚めが悪いしなぁ……。
はあ。
《子供、お前の家はどの辺りだ?》
「ボクの家、ですか?……ここからずっとまっすぐ西に行くとある街、そこから南にある山のふもとの家です、けど。いったい何のために?」
《こうする為さ》
転移魔法を発動させる。
大体の位置が分かってりゃ飛ばせるってつくづく便利だよなー。行けたことねえけど。
「うえ!?何ですかコレ!?」
《転移魔法さ。これからお前をその辺りまで飛ばす。後は自分で帰れ。あと、お前が分かってんのか知らねえが、此処は“俺”の家だ。もう二度と来んな》
「な!?……その鱗に触らせてもらうまで、絶対ここに来ますからね!」
《来んなっつってんだろ》
ひっそりと苦笑する。
全く、何が言いたいのやら。
《言うに事欠いて鱗って何だよ》
子供はもう其処には居ない。
だからこれは、意味のない独り言。
《まあ……ヒマなときだったら、相手してやるよ》
“人間”はどうでもいいのに、この子供に甘いのは、一体何故なのでしょう――?
人間にとって“邪竜”であるドラゴンの所へ来るのは、大体が一攫千金狙いの冒険者や兵士などです。
歩いてきたことを聞いてドラゴンがヒいたのは、距離的に一番近い集落でも普通の人間が歩いて行くと30日くらい、野営とかするともっとかかるのに、ずっと歩いてきたから。