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殺獣のススメ  作者: 庵吾
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1節 雨の日殺人事件

初投稿です。よろしくお願いします。

世の中溢れんばかりの英雄譚あれども我々影役者のことを記した書物など雀の涙ほどのものではなかろうか。

影に住み、死に生き、陰にのみ輝ける。


ここには誰もが憧れる英雄など居はしない。これは疎まれ、目を背けられる者の生存記録だ。




1節 雨の日殺人事件



「こんなに雨が続くと捗るものもありませんね」

吉村省吾は憂鬱そうに言って黒塗りのジッポに火をつける。

「現場で吸うと鼻の効きが悪くなるぞ」

そう諌めるのは松田重道。人の死を多く見てきたからか、消えることのない眉間の皺は彼を年齢より老けさせて見せる。2人は現場の鑑識を終え署に戻るところだった。

「重道さんそんな迷信信じてるんですね。まあ、僕のこれは頭の切り替えの為ですよ。雨の日にばかり続くとどうも鬱になります」

雨の日を狙ったように続く殺人事件、その進展の無さに警察は手を焼いていた。

捜査を進める程に出てくるのは無差別としか言いようのない被害者達の関連性の無さ。そして残忍かつ巧妙な様々な殺し方や鮮やかな手口たるや。絞殺、刺殺、毒殺、溺死。手がかりもなく、犯人像はとくと浮かばない。そのうえ被害は皆自宅で死んでいるという。ただ一つ、これは連続殺人だと定義付けているものは、全ての現場に残されたパズルのピースである。まるで子供の遊びのように、数枚のピースが必ず被害者の上にばら撒かれている。

「5人目、ですね。今回もありましたね…あれ。繋げたらどんな絵になるんでしょう」

「今までのでいくとただの景色じゃないか。特に珍しくもない、どこにでも売ってるパズルだとさ。意味も意図も感じねえ…胸糞の悪い事件だよ」

雨の日が来るたびに憂鬱だ、早く事件を断ち切らないといけない…幼い頃より正義感の強かった省吾は決意を心に刻んだ。

そんな省吾が実家の家業を継ぐ勅命を受けたのは運命の悪戯としか思えなかった。いや、あるいはなるべくしてなったのかもしれない。


その日もどんよりと空が重たい陰鬱な日だった。休日であるにも関わらず省吾が朝早くに起きねばならなかったのは、本家の長から呼び出しがあったためである。省吾の実家と言うべき本家は山を所有しており、私有地として家族以外の者を原則立入禁止にしている。省吾も警官学校のために家を出てから、帰省はしていなかった。

「お父様。お母様。ご無沙汰しておりました。省吾が帰りました。長らく便りも出さずにすみません」

「うん、息災で何より。便りのないことはいい知らせだと言うしな。本家は山深くだしここまで長かっただろう、よく来てくれた。早速だが親父から話があるそうだ。俺と母さんはここで待っているから、部屋を訪ねてみなさい」

大正に建てられたという本家は、レトロながらも尊大な洋館である。祖父の谷宗の部屋は唯一の書斎であり、本を傷めないために陽の光はなく息が苦しくなる錯覚を覚える部屋だ。それは中央に座る祖父の威圧的ともいえる存在感あってのものかもしれないが。

幼い頃より特に躾の厳しかった本家で育った省吾は、数えるほどしか谷宗の部屋を訪ねたことはない。省吾は気が重いながらも、扉の前で足を止めた。

「省吾だな。入りなさい」

「…はい。お爺様」

谷宗はいつも気配に鋭い。例え足音などしなくても省吾の気配は掴めているに違いない。その部屋は、いつかと変わらず暗く重い空気に満ちていた。

「今日は大事な話があって呼んだ。お前今は警官をしているんだったかな」

「はい、捜査官一課におります」

「ふむ。お前は良くも悪くも気が強く、こうと決めたら真っ直ぐだからな…実は、うちの家業を継いでもらいたい」

「は…家業、ですか」

省吾は今まで家の仕事を知らされていなかった。幾度となく両親に尋ねたことはあったが、はぐらかされてしまう。大きい家にいつも両親が揃っていること、たまに夜いなくなること、それを鑑みても仕事はしていないのではないか。これだけ大きい家だ、仕事をしなくても財産はあるだろう、と思っていた。

「裏稼業というか、いやさ表と言ってもいいか。公にはしていないが確実に裏の歴史を担ってきた由緒ある仕事だよ。お前の父もそろそろ現役が難しいと思ってな。長男であるお前に継がせる。だがお店があるわけではない、警察を続けたままでもよかろう」

谷宗は立ち上がり背を向けて言い放った。

「実はな、我々は代々要人の暗殺を担ってきたのだよ」

「……は、」

なんでもないことのないように、当然のことのように谷宗はそう口にした。しかしあまりに一般的ではない単語だ。省吾の思考が追いつかないのも無理はなかった。

「もちろん無差別ではない。そんな安い仕事はしない。国を担う人物から秘密裏に届けられる仕事だ。やり方はこれから改めて教育していくからそう構えなくてよい」

「…は。いえ、お爺様。その、もし冗談でないのなら、僕には人殺しなんて無理ですよ」

「そうかね」

狼狽する省吾に、谷宗の眼光は鋭く刺さる。

「孤児院にいたお前たち兄弟の目には確かに光るものがあった。殺しというのは、才能も本能もないと成し遂げられないものである。それを見抜いたからこそお前達をここに連れてきたのだ。そうでなければお前達に明日はなかった!」

次第に強くなる語彙に、省吾は狼狽えるばかり。

「我が教育がなければ、省吾!お前はどうして真っ直ぐ育つものか!間違えを起こし一生牢屋にいてもおかしくはない人生を歩んだはずだ。お前の本能は!人生を狂わせて尚立ち止まることのならないものである!」

気圧されたこともあるが、省吾は幼い頃の記憶を脳裏に浮かびあがらせていた。

まだ自分の感情を正義感と定義付けられなかったころ、引き取られたばかりの省吾は過ぎる日々への焦りと共に強い欲望を抱えていた。胸を掻き毟りたくなる苛立ちは、父からの厳しい躾によって正しい感情へと昇華させたのであった。

「我が英才教育に間違えなし!省吾、お前ほど人体を知り尽くしている警官がいるものか?殺しとは言わずに殺し方を学ばせていたのだ、代々そうしてきたようにな」

幼い頃よりの躾には、当然義務教育である勉学も含まれる。省吾と弟は、特に理系を詳しく学ばされ、人体や毒の作用には詳しく通じるところがあった。それを苦に思わなかったのは、やはり本能というものだったのだろうか。今まで学んだこと、身につけたものがやろうと思えば人を殺すことに繋がる。盾のつもりが槍を構えている。

省吾は恐怖と共に言いようのない興奮を覚えた。

「今はなんとも言えません。申し訳ありません。一旦このお話は持ち帰らせてください」

「ふん、腑抜けめ」

よい下がれ!その怒号を背後に、省吾は混乱のまま谷宗の部屋を後にした。

部屋を出てまず行ったことは両親への確認である。驚くことに両親はふた返事で谷宗の言葉を認めた。裏が取れてしまった。省吾もすべての話を信じる他なかった。


軒下に出て黒いジッポに火を灯す。頭痛の種が増えた、重い雨の日であった。

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