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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2017年/短編まとめ

不器用に生きる

作者: 文崎 美生

あの子の面影を探している、と言われれば、それはそれで否定出来なかった。


振り抜いた拳は、真っ直ぐに柔らかな頬肉にぶつかり、ゴリッとした不快な骨の感覚を残して落ち着く。

渾身の一撃だったが、受けた本人は普通に立っており、赤くなった頬を手の甲で擦る。


「八つ当たり?」

「違うよ。普通に怒ってる」


デフォルトが笑顔、とは良く言われているが、本気で怒った時くらいその笑顔は消える。

無表情で、私よりも頭一つ分は余裕で大きい幼馴染みでイトコの彼を見上げれば、ハッ、と鼻で笑われた。


幼馴染みでイトコの彼は、誰がどう見ても、同性が見てもイケメンと呼ばれる、容姿の整った部類になる。

どちらかと言えば白い肌はキメ細かく、目鼻立ちが通ってて、細い割に筋肉質。

更に言えば、学年成績一位二位を争う頭の出来と、その筋肉質な体をしっかりと活かせる運動能力も持ち合わせていた。


「オミくん、これで何度目」

「さぁ?三回?四回?それとも十回?」

「今回も合わせて十二回だよ」


無表情でとぼけて見せるオミくんに、先程よりも低い声が出た。

見慣れたオミくんの顔は、そりゃあ、幼馴染みだろうとイトコだろうと、確かにイケメンだ、と頷いてしまう。

但し、イケメンは正義ではない。


「最初は中学二年生の時だよ。突然、突然好きな人が出来たから別れてくれって言われた。そしたら次の日には、オミくんの隣にいたんだ」


人生で初めて出来た彼女だった。

黒目が大きい女の子。


「あぁ、俺の好みじゃなかったな」


悪びれもしない声音に目の奥がチカチカと光る。

それでも、私は二人目の女の子を思い出す。


「次は半年後で同じ中学二年生だったけど、その子に至っては私やっぱり男の子が好きって捨て台詞を吐いていったよ」


色白で華奢な女の子だった。

オミくんは、やはり悪びれる様子がない。


「生物として子孫を残すことを念頭に置けば、泣けるくらい素晴らしく健全だろう。後、俺はアイツ、ブスだと思う」


お前の顔を見たら大体の子はブスだろうよ、とは言わないで深呼吸をした。

お前の顔が世間一般だと思うなよ、とは思ったけど、それでも怒りは収まらない。


黒目の大きなあの子も、色白で華奢なあの子も、ふんわりした柔らかな髪もあの子も、控えめに笑うあの子も、手先が器用なあの子も、読書が趣味のあの子も、みんなみんな、オミくんに持っていかれた。

最初、それこそ、一度や二度、なんなら五回目までは、そういうこともあると思えたものだ。

暴言吐いたけど、殴ったけど。


ずっと傍にいて、近くにいるのが当たり前だった幼馴染みでイトコ故に、彼女がその存在を知るのは普通だろう。

イケメンと言える顔立ちから、意識するのも仕方ないと思えた。

しかし、それが十二回だ。

十二回も続けばそれはおかしくて、待ってくれよ、と言わざるを得ない。


「お前、見る目ねぇだろ」


こちらを見下ろす、青みがかった黒目。


「アイツはもっと澄んだ黒目で、もっと不健康な白さで、もっと危うい細さで、もっと自然な癖毛で、もっと表情筋が動かなくて、もっと作ることに真剣で、もっと色んなことに興味を持つだろ」

「……オミくん」

「アイツはアイツで代わりなんていねぇだろ」


右目を覆い隠す前髪を揺らしながら、顎を上げたオミくんは、更に角度を付けて私を見下ろす。

片目しか見えないのに、妙な威圧感は、身長の高さだけが原因ではない。

じっとりとした嫌な手汗を感じながらも、握り拳を作る。


ハイライトはないけれど、淀んでいない黒目を思い出す。

合わせて、真っ黒で大きく波打つ髪を思い出した。

相反する白い肌は、体調によって青みが差す。

折れそうな手足に、出るところは出た体付きと、どうしようもなく一つのことに執着する性格。

思い出しては奥歯を噛み締める。


「ちょっと優しくしただけで、コロッと寝返るような女、アイツと重ねんなよ」


地を這うような声音で言ったオミくんは、ぐっと腰を折り曲げて私に顔を近付けた。

端正な顔に影が差す。

それなのに、眼光だけは鋭い。


握り拳をそのまま、最初に殴った頬に再度ぶつけようと振り抜くが、距離感も相まって、簡単に受け止められてしまう。

いや、そもそも、あれだって受け止められたはずなのだ。

奥歯がギリッと擦れて音を立てる。


「オミくん、嫌い」

「俺もヘタレは嫌いだけど?」


至近距離でお互いに目を細める。


「え、何、お取り込み中?」


ノックもなく、キィ、と控えめな扉の音と共に飛び込んだ、耳馴染みのある声に目を見開く。

私は扉に背を向けているが、私と向かい合っているオミくんからすれば、扉は真正面と言ってもいい。

視線を上げて、声の主を確認したオミくんが「おぉ」と大雑把な返事をする。


振り返った先、扉のノブに手をかけた状態で止まっている幼馴染みがいた。

二人も、揃って。


「どうした」

「え……。あー、うん、甘い物、食べたいなって」


オミくんが腰を真っ直ぐに伸ばして問いかければ、何があったのか分からない彼女が首を左右に動かしながらそう言った。

逆の手には既に、長財布を握っている。

今日も変わらずにハイライトのない黒目だ。


彼女の隣にいるもう一人の幼馴染みは、何があったのか見当がついているらしく、黒縁眼鏡の奥で瞳を細めて息を吐く。

話題に上げられた彼女だけが、分かっていない。


「お取り込み中なら、ボクら二人で行くけど……」

「十分、待ってろ」


背を向けたオミくんに、彼女は瞬きをして、間延びした返事をする。

それから澄んだ黒目を私に向けて「MIO(ミオ)ちゃんも行くよね」と小首を傾げた。

行くよ、行きますとも。


「……作ちゃん」

「何?」


今日もお気に入りらしいパーカーを着て、シンプルな出で立ち。

数時間前に別れた元カノとは、似ても似つかない。

彼女は彼女で、元カノは元カノだ。

一時的で一過性で気休めである。


「好きだよ」

「……?知ってる」


パチリと音を立てて瞬きをする彼女、作ちゃん。

その隣に立ち続ける幼馴染みは、ちゃんと意味を理解しているからこそ、顔を歪めた。


オミくん、私も私が嫌いだよ。

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