いつものように彫刻刀を手に取って
お題は『彫刻』から
いつものように彫刻刀を手に取って少年は一人籠っていた。
大人たちは少年を褒め称えました。彼が作るものは様々です。空想上のモノでも幼い心の少年にはそれは現実なのです。ないものを少年は次々と彫刻刀で作っていきました。
最初は誰もがその凄さに故に少年を気に掛けていました。ですが、周りは余計な気を働かせてしまいます。少年の邪魔をしてはいけないと。
彼は物心つく前から創作を始め、その才を開花させてきました。
少年には友達がおらず、少年は友達が欲しいと思い出した。
しかし、少年には友達の作り方が分からず、結局一人彫刻を掘り出す日々でした。
ふと、少年は思った。
自分で作ってしまえば良いと。少年には友達を作る力はないものの彫刻を作る力は人一倍です。
彼は同年であろう男の子を作り始めました。顔は彼とあまり違いありませんでしたが、仕方がありません。同年代とのかかわりの少ない少年が作ることの出来る精一杯のものです。
空想上のモノはないからこそ作れるものの実際に存在のあることの知っている同年代の顔を少年は想像することは出来ず、ましてや創造なんて空想な話でした。
少年はその日から観察する日々が始まりました。
少年は小さな窓から見える外の景色を覗きます。
そこから通る様々な人々。
時間によって通る人々は移り変わります。
暗闇が覚める朝の日が出る時刻には老人たちがラジオ体操をするため公園へと向かっていきます。公園から老人が戻り始めるころにはスーツを決めた男性女性男性女性、駅へと向かう人々が忙しなく駆けていきます。
朝日の眩しさに慣れたころにはランドセルを背負った少年少女たちが並んで楽しそうに嬉しそうに穏やかな表情を浮かべて通り過ぎていきます。
彼はその少年少女たちの表情を記憶していき、記録をしています。彼が作っていく人像にも表情が生まれていきます。晴れに作った表情は笑顔で、雨の日に作った表情は憂鬱な表情を浮かべていきました。
少年少女の像が三桁を超えそうなときに少年は気付きました。
彼らの家族を作らなくては。
友達に囲まれた少年ですが、ここには大人は一人もいません。
次の日からの少年の観察対象は大人になりました。
ラジオ体操に出向く老人は勿論、スーツを決めた男性女性、今まで見てはいましたが、注目はしていなかった人々へと少年の観察眼は発揮されていきます。
今までは少年少女が学校へ向かう時刻で終わらしてきた観察もそれ以降も続けていきます。
ベビーカーを押す女性、散歩する老年の人々。
昼を過ぎると学校から帰っていく少年少女たち。
あらゆる曜日あらゆる季節、少年は観察を続け、そして再度、製作を始めました。
今まで作った少年少女たちの親から近所の人々。犬や猫、小鳥に烏。様々な生き物の様々な表情を豊かに少年は表現していきました。そして、今まで作れた空想は失っていきました。
少年は思います。部屋には様々な人々。様々な動物。
ですが、自分がいません。自分が作ってきた世界ではありますが、その中に自分がいないことに。
少年は羨ましく思えてきました。悔しく思えてきました。様々な表情を見せる世界の中に自分がいないことが。
少年は初めて自分を作ろうと決意しました。
それは今まで以上の苦難となりました。
人間はどうしても自分を良いように見せたいと思ってしまいます。どんなに優れた観察眼を持った少年も例外ではありませんでした。
自分を小奇麗に作りすぎてしまいます。
自身の顔よりもハンサムに背も高く作ってしまいます。
様々な表情を作り続けた少年にとって苦難でした。
自分を作れず焦る中、顔を洗った時に揺れる水面に映る自分の表情を見て気付きました。気付かされました。
何と醜い顔だろう。
不摂生な生活をしてきた少年の顔はニキビだらけです。気付いてしまうと見逃せなくなります。姿見をみて気付きます、猫背で何とみっともないのだろうと。
少年は醜い自分を創造し始めました。
少年に関心を寄せていた大人たちも彼の作るモノを気味悪がって近づかなくなりました。
しかし、少年にとっては好都合でした。自分の醜さが際立つ材料だと。
少年は作り終えました。自分自身を。
顔は腫れたように膨らみ、体はだらしなく見るに堪えません。
少年もそれは同じでした。
少年は次なる作品を作ろうと彫刻刀を手に取りましたが、何も浮かびません。自分の醜さに支配され、どうすることも出来ません。
少年はこれまで作り上げてきたモノを見て思います。
まるで自分が必要されていないように見られているのです。
少年はいつものように彫刻刀を手に取って、喉仏に向かって突き出しました。
楽しんでもらえたら幸いです。