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第十八話 昼食後は釣りをする

『全隊、止まれ』

 ツヴォイの頭の中に、カミナの声が響いた。

 桜花(ひき)いる第一(パーティー)は、街道から少しずれた森の中で足を止める。



 (まば)らに生えた木々の間をとおって、陽の光が入り込んできていた。

 あたりには濃い草の匂いと、映えるような緑の下草や(こけ)

 整備されていない森なので足元は悪いが、徒歩程度では勇者の体はヘタったりしない。ただ、柔らかい土に足が沈み込み、戦いとなると勝手が違った。

 勇者の馬鹿力とその重量は、戦闘になれば存分に攻撃力として振るわれていたが、こうも足が沈むと踏ん張りが効かず、厄介(やっかい)になる。



 街道の道幅は馬車が何とかすれ違える程度なので、戦闘となるとかなり狭い。

 そこで、第一班と第二班が街道横の森の中を少し先に進んで、第三・第四班が街道を進んでいた。

 その後ろには、兵士と馬車が続いている。



『先行した第二班が、拠点村の前をレーダーで確認してきた。魔物の数はおおよそ30。良い具合に食べごろだ』

 発生源が分からないのに明瞭(めいりょう)に聞こえる声は、レイド・パーティー用の音声チャットだ。



『カミナ様、今、何匹か釣りますか?』

 第二班のリーダーから返信がくる。

『いや、一度戻って来てくれ。合流後、第一班と共に釣りをやってもらおう』



 待機命令を聞いた後、ツヴォイはダクタイル・シールドの遮断板(しゃだんばん)を差し戻す。

 攻撃を受けていなくても、じわじわとMPを消費するので、やはりいざと言う時だけに使いたい。



「いよいよ決戦ね! 待ち遠しいわ!」

 やる気満々の桜花(おうか)が、腰に差した改造両手剣の()を落ち着きなく握ったり開いたりしていた。

「なぁ、この間よりさらに上手くなっていないか?」

 ツヴォイが道中の桜花の戦いっぷりに、そんな言葉を向ける。

「そう? やっぱり慣れた武器に近い方が、ずっと戦いやすいわ」

 満面の笑顔で応じる桜花は、一人だけテンションがうなぎ登りだった。



 それを見て、ジンが感心したように言う。

「桜花さんは、剣道か何かやっていたのですか? 強いのは(あこが)れます」

「ま、まぁ…………そんな感じかな」

 真っ直ぐなジンの褒め言葉に照れるかと思えば、桜花は落ち込む様な声色だった。

 余り、触れられたくない事なのだろう。

 少なくとも、この世界に送り出された勇者たちは、例外なく問題を抱えている人間ばかりだった。

 だから、互いにあまり踏み込む事もしない。



「そ、それより、その武器、どこで手にいれたんだよ。定期便にはなかった気がするけど」

 ツヴォイが話題を変えようと、話を桜花の剣にふった。

 王都から送られてくる定期便の装備は、残念なことに種類が(とぼ)しい。

 剣と言えば、ショートソードとナイフの二択。

 後は、槍が多く、斧やメイスがほんの少しあるだけだった。



「これ、剣はショートソードの物よ。()だけ武器屋さんで()えてもらったの」

 その言葉にツヴォイが自分の剣を抜いて、桜花の改造両手剣と並べてみる。

 確かに剣身の長さは同じだった。

 持ち手だけが、両手用に伸びている。



「ほんとだ。そんな事考えもしなかった」

「片手で武器を振るうって意外に難しいのよ。アタシからしたら、みんな良くやると思うわ。やっぱ、ゲームで慣れているのかしら?」

 首を(かし)げながら桜花が聞いてくるが、ツヴォイは首を振った。



「いや、ゲームだったら剣筋とか誰も気にしないし、技はシステムが勝手に発動してくれる」

「そういうものなの?」

 ネットゲームをあまり知らないらしい桜花が、不思議そうに言っていた。



   ***



「うわぁ……」

「赤いね」

 ツヴォイのうめき声と、コウの単純な感想。

 合流後、再び先行した第一班と第二班は、森の中から拠点村を(のぞ)き見ていた。



 開けた空き地の先に丸太を突き刺した壁が並び、その向こうに家屋の屋根が見えていた。壁の高さは2メートル程なので、そこまで高くない。

 放置されて時間が経っているはずだったが、距離もあるからか、それほど()ちている様には見えなかった。



 その拠点村前の空き地には、いつぞやの真っ赤な魔物が沢山いるのが見える。

『釣り班、見えているな。クルムズが相手だが、今の君達なら以前より(はる)かに楽に戦えるはずだ。(おく)することなく、油断する事無くやれば問題ない。では、作戦を開始する』

 カミナの声を聞いて、釣り班である第一・第二班が動き出す。



「二人とも気を付けてね」

 桜花が心配そうに、ジンともう一人の男性勇者に声を掛けていた。

 二人は短魔導杖(たんまどうじょう)ではなく、今は両手持ちの長い魔導杖に持ち替えていた。

 剣が振るえないので、接近戦は全く行えなくなる。



「ありがとう。リーダー」

「しっかり、逃げ帰ってくるよ!」

 キリッとした顔で情けない宣言をするジンに、桜花は苦笑いで見送る。

 二人の即席魔法使いは空地へ向けて走って行った。



 走りながら、ジンは魔導杖の杖先端に付いている魔法機に手をそえる。そして、魔法機の根本にある突起を、右手の親指で倒した。

 連動して遮断板(しゃだんばん)が飛び出て、直後にジンのMPが魔法杖に吸いとられていった。2割近くを吸われたが、MPは時間が経てば回復するので心配する程じゃない。



 魔法機に魔象(マナ)が回りきると、杖の先端に彫られた魔導回路が赤く輝いた。

 発動前の準備が完了する。

「流石に、近づいてくるとおっかないですね」

 ジンが魔法発動用のトリガーに指をそえる。

 文字通り、うじゃうじゃいるクルムズはまだこちらに気がついてはいない。

「外しても良いから、近づきすぎるなってカミナ様が言ってたし、森から出たらすぐに撃つんでいいのかな?」

 男性勇者の言葉に、ジンは「そうですね」と返す。



 そして、木々の途切れた先に出ると、二人は同時に足を止める。

 杖の先端を前方ななめ上に向けると、適当にクルムズが固まっている場所に狙いを付けた。

「「ファイア・ボール!」」

 若干、恥ずかしそうに二人が掛け声を発した。



 トリガーを引けば魔法は勝手に発動するが、パーティーで戦う場合に味方を巻き込まない為の掛け声だと教えられている。

 杖の先に渦巻(うずま)く火の玉が生成され、瞬きの間に急成長してソフトボール大になる。

 そして杖を向けた上方に射出されていった。



 その声に、前方に居たクルムズの何匹かが顔を、と言っても首なしな部分を向けてきたが、それを確認する前にジン達は一目散に逃げ出す。

 背後で爆発音が響いても、そちらを振り向く余裕はない。

「おほw 一匹仕留められた!」

 ジンの隣を走る魔法使い勇者が、レーダーでグレーダウンした魔物の反応に喜ぶ。

「良い所に落ちましたね! 倒せなくてもダメージを受けた魔物もいますし、大成功ですね」



 そんな喜ぶ二人のレーダーに、映っていた赤い光点が一斉に押し寄せてくるのが見えてしまった。

「お、怒らせちゃいましたか?」

「全身真っ赤だしなwww」

 そんな冗談を言っているが、迫りくる魔物の群れに、二人とも顔が引きつっている。

 第二班の方へ半分は流れているが、15匹近くもいるクルムズに襲われたら、5人しかいないパーティーなんかひとたまりもない。



「も、もう一発」

 再度、魔導杖のチャージが終わったのを見計らって、ジンが振り向く。

「ファイア・ボール!」

「たまやー!」

 カシャっと遮断板(トリガー)を引けば、今度は水平に近い角度で二発の火球が飛んで行った。

 そして、撃ったら二人ともすぐに走り出す。



「くそ、一匹も倒せなかった!」

 爆発音を背中に、すぐにレーダーを確認するがグレーダウンする光点は一つもなかった。

「すみません。僕のは木に当たって失敗しました」

「そ、そんな事より、こいつらダメだ。早すぎて追い付かれちまう!」

 足場の悪い森の中を、勇者の力をフルに使って二人は走っていた。

 低木なんかは無視して、強引に突き破る。

 しかし、あれだけ距離があったのに、レーダーを見ればすぐ近くまで来ている。

 これでは、もう振り返って撃つ余裕はない。



「ひえぇぇ!?」

 情けなく叫び声をあげているジンに向かって、一匹のクルムズが追い付く。

 その蹴立てる足音にジンが首だけで振り向けば、まさに飛びかかってきた。



「どありゃあぁぁ!」

 雄々しい叫び声と共に、飛びかかって来たクルムズに正面からの横なぎの剣が直撃した。

 赤い魔光を帯びた斬撃は、クルムズの胴体を大きく斬り裂く。

 地面に打ち付けられたクルムズは、微妙に即死していない。

 だが、深くえぐられた体では追っては来られないだろう。



「桜花さん!」

「走って! 杖は霊象(マナ)を解放してから仕舞って! 抜剣して、近接戦用意!」

 桜花の指示に、二人の魔法使い勇者は魔法機のカバーを下にずらして、霊象(マナ)を自然界に(かえ)す。MP2割分がちょっと勿体(もったい)ないが、チャージしたまま持ち歩いていては、暴発が危なくていけない。

 その魔導杖は走りながらなんとか背負い、二人は腰のショートソードを抜く。

 左手には、火弾(ファイア・ビット)の短魔道上も取り出した。



『第一班。釣り成功』

『第二班も成功しましたー』

 リーダー・チャットから、桜花ともう一人の声が聞こえた。

『よし。第三班、第四班は通り過ぎる目標へ向けて魔法攻撃。それを合図に、各班包囲して迎え撃て』

『了解』

『はーい』



 見れば、レーダーに第二班の姿も入っている。

 そして、その後ろに赤い光点がたくさん付いてきていた。

 一足先に、第一班が森を抜けて街道まで出てくる。

 しばらくすると、後を追ってきたクルムズも次々に森の中から姿を現してきた。



『第二班は第一班に並んでから街道に出ろ。大丈夫そうか?』

『大丈夫ですよー。魔物とはまだ距離があります』

 固いカミナの声に、何ともゆるい第二班のリーダーの返事だった。



『合流しますよー』

 その声と共に、すぐ横の森の中から第二班の勇者達が出てくる。

『第二班確認。目標地点へ進みます』

 桜花の報告と共に、第一・第二班の10名が一緒になって街道を戻ってゆく。

 最後尾近くを走っていたツヴォイが振り向けば、第二班を追いかけてきたクルムズもわらわらと街道に出てきていた。

 30匹近くは居るので、これでは(おとり)ではなく本気で逃げている気分になってくる。



「すっげぇ、数だな」

 ツヴォイがつぶやいていると、クルムズの群れに向けて、街道の左右から6つの火球が降り注ぐ。

 立て続けの爆音と共に、クルムズの10匹以上が巻き込まれて、吹き飛ばされてゆく。

 しかし、群れが縦に伸びていたせいか、仕留めたのは3匹。

 まだまだ、それなりの数が残っていた。



『反転! 迎え撃てえぇ!』

 桜花(おうか)の号令と共に、第一・第二班の全員が足を止める。

 と、真っ先に指揮官が特攻していった。

「ちょ! 足並みを!」

「戦いは速攻だ!」

 ツヴォイの言葉も無視して、真っ先にクルムズの群れに桜花が突撃していく。



「遅いっ!」

 飛びかかって来たクルムズに、桜花が低い姿勢から一気に剣を打ち上げる。

 クルムズの右足を斬り飛ばし、返す剣で横から襲ってきた別のクルムズを叩き斬った。

「次ぃ!」

 と、桜花が剣を構えた途端、一斉にクルムズ達が逃げ出し始める。



「なっ!? 何で逃げるのよ!」

 叫びながらも桜花が追いかけるが、クルムズの方が速いのでどんどん引き離されていく。

 側面から出てきた第三班・第四班も攻撃を仕掛けていたが、大半を取り逃がしていた。



「ど、どうなってんだ」

 取り残された勇者達。

 わずかなクルムズの死骸(しがい)

 魔物が逃げる事は以前にもあったが、その場合はバラバラのタイミングだった。

 こんな一斉に逃げ出す姿は見た事がない。

統率(とうそつ)されている?」

 桜花の視界からは、もう一匹も見えなくなっていた。



   ***



「本当に言う事を聞いている!」

 木造のバラックに囲まれた広場に男たちはいた。

 まるで筋肉ダルマの様な体を揺らして、男が笑っている。

「こりゃすげぇ。コイツあれば、あいつ等に仕返しができる!」



「あまり近寄るなよ。手元に食事があれば食べちゃうからね」

 そう言って喜びに沸く男たちを下がらせたのは、ずっと身なりの良い軽鎧に身を包んだ男。首元には、赤黒い光をたたえた水晶が、頑丈そうな鉄枠に保護されてぶら下がっていた。



 重々しい音を立てて、それが身じろぎすれば、集まっていた男達が一斉に恐れ距離をとる。

「お前たちが余計な寄り道をしなければ、エサも十分に確保できていただろうに」

 身なりの良い男が、行商人に嫌味を投げつける。

「も、申し訳ありません。まさか、取り置いておいた奴隷まで全て持って行かれるとは思いませんで」

 往生際悪くいつまでも言い訳をしている行商人に、男の眉間みけんは益々深くなる。



「とにかく急げ。魔晶石と家畜で誤魔化すのは時間がないぞ。間に合わなければ、お前たちの中から次の生贄を、コイツが勝手に選ぶ事になる」

 その大きな魔物が、ゆっくりと動き出した。

 人の身の丈はある四本の足を進めれば、それだけで大地に震動が伝わる。

 その体から(あふ)れてくる霊象(マナ)は、召喚勇者達など比較にならない量だ。



「門を開けろ! ジョバンが出るぞ!」

「呪界石の設置急げ! 魔晶石はまだ出すな! 魔物に襲われたいのか!?」

「傭兵は戦闘準備だ!」

「敵は召喚勇者だが、装備は貧弱、技術は未熟! プロの腕を見せてやれ!」



 立ち上がる男たちの声は、戦いに向けて自らの精神を高揚(こうよう)させていく。

 恐怖を麻痺させ、力を(みなぎ)らせ、勝利と金の為に邁進(まいしん)してゆく。

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