第十四話 逆上の桜
桜花のそんな言葉に、ツヴォイは立ち上がる間も惜しんで振り向いた。
桜花が相手を挑発していたのは、先に殴らせる為だったのか。
「やめろ! 俺はそんなつもりじゃない!」
ツヴォイの言葉を無視して、走り出した桜花は真っ直ぐに正面の男へ向かっていく。
「殺してもしらねぇぞ!」
叫びながら男がショートソードを振るう。
タイミングは完全で、あの速度じゃ桜花は止まれない。
やられる!
ツヴォイが思わず目を背けようとしたとき、響き渡ったのは金属同士の当たる音だった。左から襲ってきた剣を、桜花が自らの剣を立てて防ぐ。
その勢いのまま右足を前に蹴り出していた。
「ぐえっ!」
そんな冗談みたいなうめき声をあげながら、桜花より頭一つは高い男が、文字通り蹴り飛ばされていた。
普通じゃあり得ない男の飛ばされ方に、他の四人に緊張が走る。
「なんだこいつ!」
「どうなっていやがる!?」
「バカか手前ら! 相手は噂の勇者だぞ! 見た目に油断してんじゃねーぞ!」
後ろの方からガタイの良い行商人が叫んでいた。
彼自身も抜き身の剣を手に取っている。
「次はおまえだー!」
そんな隙に桜花が駆け出す。
近くにいた男が慌てて剣を振り下ろすが、半身をずらした桜花の隣を通り過ぎる。
「「な!?」」
そう叫んだのは男だけでなく、ツヴォイもだ。
あんな見切ったような避け方、この世界ではツヴォイにはできない。
「らぁ!」
振りかぶった桜花の剣が男を斬り裂く――直前で停まっていた。
「はっ、はぅ??」
刃を眼前にした男が見ていたものは、走馬灯だったのかも知れない。
現実に意識が追い付かず固まっていた。
「チッ! こっちはダメなのか」
言うなり桜花は剣を引っ込めて、左足で男を蹴り飛ばす。
「囲め、囲め! 殺る気でかかれ!」
行商人の言葉に残った三人の男達が桜花を取り囲んでゆく。
と、男たちが次の動きに出る前に、桜花が横に跳んでいた。
その先に居る男の懐に一気に入ると、振り下ろされる剣よりも早く、飛び上がりながら顎を靴底で蹴り抜いていた。
のけぞった男が仰向けに倒れる前に、桜花がまた走る。
残った二人が慌てて同時に襲いかかって来た。
別々の角度から振り下ろされる二本の剣はいくらなんでも避けようがない。
ツヴォイが息をのんだ時、激しい金属音と共に襲ってくる二本の剣が消えていた。
ドチャっと言う音と共に、ツヴォイの近くに剣が一本落ちる。
勇者に与えられた、その有り余る馬鹿力で桜花が剣を弾き飛ばしたのだと、後になって気が付く。
NPCへの直接攻撃でなければ、問題がないと言う事なのだろうか。
再びツヴォイが視線を向けた時には、二人の男が蹴り倒された後だった。
「ふふふ……」
俯いた桜花の顔から、不気味な笑い声が響いていた。
「くそ、役立たず共が!」
そんな声と共に前に出てきた行商人は、肉厚で大振りな片手剣を持っている。
そして、桜花の前に対峙すれば、まるで華奢な少女と巨大な筋肉ダルマだ。
身長こそ、そこまでではないが、太い手足がその力を誇示するようだった。
「痛めつける程度で許してやろうと思ったが、ここまでされちゃ俺達の沽券に係わる」
それだけ言うなり、踏み出した男は見た目以上に素早かった。
大上段から振り下ろされた剣を桜花が受け止める。
しかし、その重量に足が地面に縫いつけられてしまった。
その瞬間を、左の拳が桜花の顔面に叩きつけられる。
「んあ!」
短い悲鳴と共に、桜花の体が横に飛ばされてしまった。
「なんて体重してやがる。しかも気色悪い感触だな。魔力障壁か?」
地面に叩きつけた桜花を無視して、余裕を見せつける様に行商人はつぶやいていた。
「く、そあ!」
飛び起きるとともに、桜花が一気に行商人へ走り込む。
行商人がくり出す横殴りの剣を、沈み込むほどの低姿勢でかいくぐる。
そして、右足で蹴りを浴びせようとした時、行商人の左膝が桜花の腹部を打ちぬく。
「あが!」
重いはずのその体が、引っくり返される様に仰向けに落ちていく。
行商人の方も、単なる肥えた体ではなく、それだけの筋肉が詰まった肉体だった。
「ふんっ。勇者がどれ程のモノかと思えば、てんで格闘は素人じゃねーか。鋭い回避に煽られてんじゃねーぞ」
行商人の言葉に、倒れていた何人かの男が起き上がってきた。
幾ら強烈に蹴られたと言っても、気絶しているのは最初のと、アゴを蹴られた二人だけだった。
蹴り飛ばされた桜花は、苦しそうに呻くだけで起き上がらない。
あれぐらい、勇者の体には痛みはないはずだ。
なぜ、うずくまっている?
そう思うが、ツヴォイも膝をついたまま立ち上がれなかった。
怖い。
そうだ、歯が立たない相手に、桜花も恐怖しているんだ。
力も身分も上の大人に反抗したって、子供は何もできない。
怒鳴られて、叩かれて、そして従わされる。
さっきまでの凶暴なまでの桜花はなんだったんだ。
地面でうずくまる姿は、まるで怯える子供じゃないか。
剣を持った行商人が、桜花の前に立っていた。
そして、悪い子を叱るのだ。
お前なんて、生まれて来なければ良かったんだと。
「うわあぁああ!」
ツヴォイは叫びながら走ると、その背中に跳びかかろうとした。
だが気づいた行商人が、遥かに早く剣を薙ぎ払ってくる。
「うわ!」
ギリギリの所で踏みとどまったが、左腕に赤い筋が出来る。
圧迫感が切り口に付きまとう。
「やる気があるなら、お前も始末つけてやるぞ!」
その形相は、人を殺す意志を突きつけるようだった。
余りにも恐ろしい。
表情のない魔物とは、別次元の怖さだった。
「!」
ツヴォイがまた文字を見つける。
【防衛制限解除 段階二】
ゆらりと、行商人の背後で立ち上がったのは桜花。
「ん!?」
慌てて行商人が振り向くと、桜花に向かって剣を横殴りに浴びせる。
激しい金属音を響かせて、桜花が剣で受け止めた。
「殺してやる、殺してやる、……殺してやるっ!」
最後には叫ぶように宣言する桜花に、ツヴォイはゾッする。
どいつもこいつも、本気過ぎる。
殺る気に溢れすぎだった。
「ふん。死ぬのは、お前だ!」
行商人が剣を振り下ろせば、また半身だけ桜花が横にずれた。
空振った剣に、行商人がまた左腕で殴りかかる。
「があぁぁ!」
叫び声は行商人のものだった。
その左腕から血が流れ出ている。
桜花が、剣で攻撃出来てしまっていた。
更に踏み込んできた桜花が、容赦なく剣を振り下ろしていく。
行商人が必死に攻撃をガードしているが、明らかに追い付いていない。
先ほどまでと打って変わって、鋭く早い剣筋が余りにも的確だった。
振り下ろしたと見えた時には、跳ね上がった剣がまた切り裂く。
反撃の隙も与えないままに、行商人に傷が増えていく。
「うわぁあ!」
堪らず後ろに跳んだ行商人が石に足をとられて転倒してしまう。
そこに、踏み込んできた桜花が、全く躊躇せずに剣を振り下ろした。
「うぐ!」
響き渡る金属音は何度目か。
余りに重い斬撃に、ツヴォイはうめき声が漏れていた。
「あなた! どういうつもりなの!」
「それは、こっちのセリフだ……」
桜花の斬撃を受け止めたツヴォイは、笑いながらそう言い返していた。
大人たちは怖い。
けど、今目の前にいる桜花は全然怖くなかった。
それは見た目が少女だからじゃない。
桜花が、怯えていると分かったからだ。
大人が怖い。だから、削除する。
ツヴォイと、コウがやっていた事と同じだ。
ただ、削除の仕方が、殺すと言う発想なのは危なっかしい話でもある。
桜花の怒り方は普通じゃない。
普通の他者愛じゃあんな怒り方はしないと、ツヴォイには思えた。
そして、あの怒り方を知っている。
きっと、奴隷の子供を見て思ったに違いない。
拘束されて、大人たちに道具のように使われる姿が、まるで自分の様だと。
それにショックを受けた桜花は、自らを守る為の怒りを爆発させた。
自分を苛める奴は、全部、消してやると。
だから、今回だけはツヴォイがストッパーの代わりをする。
ここで桜花を見捨てる事は、ツヴォイ自身を、コウを見捨てる事と同じだからだ。
「やめろ。俺が居る限り、桜花は剣を振るえない!」
本気で桜花の剣を全部防げと言われたら、ツヴォイにはどうやっても無理だ。
あれはこっちに来てからの技術じゃない。
リアルで身に付けていたものだろう。
しかし、決闘申請がされていない状態では、勇者同士では攻撃が出来ない。
今みたいに攻撃の間に飛び込まない限り、先ほどのオウカの様に体が途中で停まる。
「くっ、あなたは奴隷商人の味方をするのか!」
「違う。俺は、桜花の味方だ!」
「はぁ!? ふざけるな!」
「大真面目だ! 例え正当防衛でも、殺せば殺人だぞ! 俺達には日本の法律がある事を忘れるなよ!」
「法律がなんだ! アタシは、そいつらを殺したいだけだ!」
どっかで聞いた事があるようなセリフに、ツヴォイは頭が痛むようだった。
「くっそ、お前もコウみたいな事言いやがって! こいつらの為に、お前の人生を失わせていいのかよ!」
「何が人生だ! アタシや、お前に、未来なんか、あるモノか!」
まだ桜花の腕には攻撃制限が掛かっていないのか、ツヴォイを押しつぶすように力が加わってきた。
その意思を跳ね返すように、ツヴォイは叫んだ。
「ある! 桜花にも、俺にも、これからもっと楽しい事が待っているんだ! だから、簡単に棄てるな!」
「うるさい、うるさい! お前に何が分かる! この苦しみが、この絶望が、お前に分かるか!」
「残念だったな! 分かり過ぎるほど、分かってしまうから悔しいんだ! ここで俺の言葉を聞かなければ、桜花はきっと後で後悔する! 俺とコウが知っている安心感を知らないまま、刑務所で何十年と過ごすんだ! こんなにも安らげるモノがあると知らずに、お前はただ生きているだけの死体に逆戻りするんだ!」
――――。
引いていく圧力と、金属が擦れる感触。
桜花が剣を戻していく。
「…………それは、アタシでも手に入るの?」
小さなつぶやきだったが、ツヴォイにはよく聞こえた。
「あぁ、今すぐにでもくれてやる」
剣を放り投げたツヴォイは、両腕を広げて桜花を抱きしめた。
「…………」
桜花は抵抗しなかった。
ツヴォイはつぶやく。
「桜花の苦しみは、俺も知っている。一緒に苦しんでやれる。一緒に絶望してやる。一緒に、怯えてやれる」
「……あは、なに、それ」
桜花が小さく、自嘲するように笑う。
「あなた、おかしいよ。そんな口説き文句があるか……。バカにしやがって」
最後は、涙で声が濡れていた。
桜花の手から落ちた剣が、土に当たる音が聞こえる。
「俺達は、一人じゃ生きていけない無能だ……」
抱えきれない現実に潰されてしまう。
溢れる悲しみに溺れてしまう。
だから苦しくて手を伸ばす。
道連れを、一緒に溺れてくれる相手を求めて。
「あなたに、アタシの何が分かるのさ……」
「分かるさ、桜花が一人で苦しんでいる事が、分かるさ」
その言葉が、共感が、桜花に感じた事のない安らぎを広げていくようだった。
「あなたに……、なにが、わかる」
「分かるとも……」
繰り返す共感の言葉に、桜花は涙を止められなかった。
萎えた足が崩れ落ちてしまいそうになる。
そっと、ツヴォイの背中にも腕が回されていた。
常に救いを求め、苦しみに彷徨う腕が抱えるのは幻の安らぎ。
誰かが、一緒に苦しんでくれる幸福を。
共に、涙を流してくれる喜びを。
どうする事も出来ない彼らの、未来のない救済だった。
今回は若干短いので、
土曜日の夜(午後8時前)頃にも、次話をupしたいと思っています。
いよいよ、これからカミナの世界の事情があからさまに関わってきます。
繁栄への道筋を、必死すぎる勇者たちが作り始めていきます。




