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Now


僕はちょっとばかり、憂鬱である。

いざ、駅前の書店へ向かおうとしたその時、突然雨が降ったのだ。雨宿り先が百円ショップだったのが幸いとし、ビニール傘を買い、その後は予定通り買い物を済ませる事が出来た。

 しかし、我らが若樟さんを濡らしてしまったことに変わりない、ちょっとだけだけれど。

 だから、ちょっとだけ憂鬱なのである。

「うわぁ。まさか夕立が来るとはねぇ。流石のストーカー君も予知できなかったか」

 態とらしく、大声で言う若樟さん。面目ない。

「お、それは僕を信頼していたという事ですか? いやぁ、すみません。次からは常時天気をチェックしておきますね」

 だというのに、口は勝手に生意気な事を言う。この言い方だとまるで、僕を信頼してくださった若樟さんを貶しているようではないか。本心は、面目ないと思いつつも小踊りをしているというのに。

 あの若樟さんが僕なんかを頼ってくれたぜ、いやっほう。

「いや、君の場合比喩で済まさず、本当にやりかねないなぁ。そんなに反省しているのなら、本とパフェ奢ってくれたからチャラにしてしんぜよう」

「でも、キャンペーン過ぎていたじゃないですか。僕とした事が、情報収集でミスを犯すとは。どう償えば良いのやら」

「え、ちょっ……急に泣き出さないでよ!! そこまで落ち込む必要ないじゃない! えっと、じゃ、じゃあ、代わりに買って。丁度欲しかったのよ」

「マジっすか!! やっほう、僕が買ったブックカバーを若樟さんが使ってくれる! 生きていて良かった!!」

「モテ男キャラは何処へ!?」

 因みに、キャンペーンが過ぎていたのは既に把握済みだ。理由は他にもあるが、この事態に持ってくるためにわざと失敗した振りをしたのである。

「そう言えば、慧ちゃんって今日デートでしょ? 羨ましいわぁ」

「あー、あいつなら思いっきり寝坊していましたよ。ありゃ長続きしないな。折角、若樟さんが引き合わせてくれたのに何を考えているのやら」

「何故起こさなかったの、お兄ちゃん。たった一人の妹でしょう」

「一人ねぇ」

 あの性質上どうしても一人には思えない。大量の妹と暮らしているような気分だ。しかも、顔が一緒な分、見分けが付けにくくて面倒だ。

 性質――社会的には病気とみられるそれだが、発症した当時と比べれば、今は大分落ち着いた。お互い慣れが生じたのもあるが、一番の理由はやはり――

「若樟さんにあるんだよなぁ」

「何か言った?」

「若樟さんの偉大さを、モノローグしているだけですよ」

「頭、大丈夫? 病院はすぐ近くよ」

「両親にはこれ以上迷惑かけたくないので、善処します」

 思えば、今まで色々迷惑をかけてきたと思う。妹がああなった時、僕は呑気に反抗期を迎えてしまったのは本当に申し訳なかった。親に迷惑をかけるのが子供の役目だと割り切っているが、若樟さんの場合――現在進行形で多大な迷惑を被らせている。

「時に、若樟さん」

「実は僕、予知能力を使えるんですよ。知っていました?」

「え、マジで? じゃあ、ここから反対方向にある駅でバスジャック事件が起きたのも知っていた訳?」

「大マジです。それも十二時間前から知っていました。今の僕には明日の若樟さんの姿が丸見えですよ。おはようからおやすみまで余裕です」

「正直、引くわ。有り得ないわ」

「冗談です」

「本当に?」

「本当です」

 そう僕が言うと、若樟さんはおずおずと元の立ち位置に戻った。まさか、本当に引くとは。流石、若樟さん、やることが違う。

 予知能力はないが、予感はあった。前々から、女の子のそれとは違う目線を感じていたし、時々、不幸の手紙みたいなのが来ていた。いつかこうなるだろうと、あえて、予防線を張っていたが、どうやら引っかかってしまったらしい。彼とは良き友人になれると思っていたのに残念だ。未だに、携帯電話を家においていったと思い込んでいる妹と同じぐらいに残念だ。先週、僕がうっかり、洗濯機(稼働中)の中に入れてしまったのを忘れているらしい。いや、彼女に合わせると、「書き忘れた」あるいは「読み忘れた」のどちらかになるか。

 僕の我儘の所為で若樟さんに被害が及ぶのは申し訳ない。彼女を思うのであれば、離れるのが正解なのだろう。

 出来ずにいるのは、責任感よりも自己中心性が勝っただけなのだ。その二つのちょっとした重なりが、こうして身を結んだのだから良かったと言えば良かったのだが、原因はやはり僕にあるのだ。

「ねえ、若樟さん」

「ん? 何かな?」

「我儘で自分勝手な人間ってどう思います?」

「それ、まんま君の事じゃないか。そうだなぁ――度が過ぎるのは良くないけど、のらりくらりといてもいなくても良いような生き方をされるより、自己主張がある生き方の方がまし。だって――」


「――そんな人の近くにいるだけで、何かが変わりそうな気がするじゃない」


 屈託のない笑みを見せる彼女。

 なるほど。つまり――


「つまり、若樟さんの人生は僕の影響下にあるという事ですね」

「不特定多数の影響下にあるって言いたいんだよ。何ポジティブに解釈してんだ」

「何か、奇跡で出来た人生ですね。ありふれ過ぎで、目が肥えそうです。若樟さん以外、誰なのか判別できない」

「いやいや、だからといって、君の行為は決して許されるものではないのだよ。さりげなく、携帯電話を取り出すのではありません」

「よし、明日からもストーカー頑張るぞ。まずは盗撮にトライだー」

「はぁ!? 本人の前で恐ろしい事宣言するんじゃないわよ!! 君、本当に大丈夫!? 君こそ熱中症になっているんじゃないの?」

「えぇ。若樟さんという太陽にやられてしまったようです」

「こりゃ駄目だ。顔真っ赤じゃん。救急車、そうだ救急車を呼ばなきゃ!!」


 いやはや、人生なかなか捨てたものじゃない。

 これを奇跡と呼ばずして何と言おう。

 それを最後に僕は意識を失った。


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