夜の我楽多屋
夜の9時を少し回った頃、我楽多屋にとある妖怪が来店してきました。
「いらっしゃい」
「こんばんはー!」
「おっ、おじゃまします」
おどおどとしながら入ってきた女の妖怪は、チャイナドレスを身に纏い、首から上にあるはずの頭を両手で抱えていた。つまり、体と頭が離れているのだ。
「チャイナドレスだから中国から来たの?」
「はい、お初にかかります、私は飛頭蛮という者です」
「ひとうばん?」
「飛頭蛮、中国にいる普段は人間の姿と変わりないけど、夜になると頭部だけが胴から離れて空中を飛び回る、って言われがあるよね」
蓮がククリに説明すると飛頭蛮は満足そうに頷いた。
「私のこと、よくご存知なのですね」
「昔、中国に行った時に他の飛頭蛮を見たことがあるからね」
「ククリも行ったんだよ!」
「それで、今日はとんなご用件で来られたのですか?」
「実は、」
飛頭蛮が言うには、日本に来日して暫く滞在するつもりで資金を多めに持ってきたつもりが手持ちの資金が少ないことに気づき、仕事探しをしていたらしい。
だが、慣れない異国で仕事を探すのは一苦労で、途方に暮れていたところ、たまたま飲み屋で知り合った『いぬがみ』という左目に傷がある、たぬきの男に、俺の仕事場で働いてみないかと誘われ働くことになった。
働くに当たって必要なものを、この我楽多屋で揃えなさいと言われ来たのだと言う。
「この、我楽多屋の方が他の店よりも安くていい品質の物が揃うと教わりました」
「そうか、いぬがみ君かぁ」
「いぬがみは、社長さんだもんね」
「しゃっ社長⁉︎」
「社長程ではないけど、いぬがみは、いぬがみコーポレーションっていう電子機器を扱う会社のお偉いさんなんだよ」
あまりの驚きに飛頭蛮は両手に抱えていた頭を床に落としてしまった。
「いててて」
「いぬがみ君は優しくて面倒見が良いから困っている君を見過ごせなかったんだろうね」
「いぬがみさんと、お知り合いなのですか」
「よく、お店に来てくれる常連さんだよ」
「蓮が作る栄養ドリンクを買いに来てくれるの」
飛頭蛮は今だに信じられないという顔だった。
「それで、必要な物って何かな?」
「あぁ、それはこれに書いてありまして」
飛頭蛮はカバンの中から1枚のメモ用紙を取り出した。
* * *
「ありがとうございます。その、今は手持ちが少なくて、代わりと言ってはなんですが、これでよろしいでしょうか?」
飛頭蛮が手にしていたのは、漢方らしいものだった。
「こんなにたくさんはいらないから、そうだね。これと、これと、その草を貰おうかな」
「はい」
漢方と引き換えに必要な物を買った飛頭蛮は丁寧にお礼を言って我楽多屋を出て行った。
「ありがとうございました」
「また、いらして下さいね」
「ばいばーい」
こうして、今日も我楽多屋は運営するのだった。