私が探る話 パート⑥
「まだ終わってないって…どういうこと?」
訝しげに聞くエレンに私は答えた。
「アルルさんはあくまで使用者であって、禁術の封印を解いたわけじゃないの」
「なら…!」
「そう、解いた犯人が他にいる」
私は動かなくなったアルルさんを立ち上がらせ、歩かせた。
「とりあえずアルルさんをサフラさんに渡しに行こう。幸いに里の人は神官とサフラさん以外はハウエルさんについて知らないし、アルルさんは病気って言って誤魔化せるし」
私の言葉にエレンは少し不服そうだったが素直に従った。
私たちは地下を出て、地上へ戻った。
あの十字架のある部屋へと出ると、完全に戻ったハウエルさんとサフラさんが待っていた。
「長老…!」
ハウエルさんは私に手を引かれてあるくアルルさんに駆け寄り、アルルさんの状態に気付いて私を見た。
「アルルさんの魂はここにはありません。禁術を使った代償として天使が連れて行きました」
「そんな…」
言葉を失ったハウエルさんは顔を歪め、アルルさんを抱きしめた。
「…すまない、長老…貴方が私を思ってくれていると分かったあの日から、私は御子を辞退すべきだったんだ…」
ハウエルさんはアルルさんの肩に顔を埋め、静かに泣き始めた。
生きる人形となったアルルさんの手が、少しだけ動いた気がした。
…結局、ハウエルさんはアルルさんを愛してはいなくとも敬愛はしていた。
もしかしたら、彼らは良いパートナーとなっていたかもしれない。
サフラは泣きそうな顔で、ハウエルさん達を見ていた。
後は、私たちの関与できるところにない。
「サフラさん」
「…キリヤちゃん、賢者、帝王様。迷惑かけてごめんな。オレに後は任せて。何たってオレはエルフの王なんだから」
私たちの視線に気付いたサフラさんは笑った。
私はそれに頷き返した。
「うん。こんな結果になって、ごめんね」
「いーよいーよ。むしろこれで良かったよ。里のみんなを不安にさせるような結果じゃなかったんだから。ありがとう。落ち着いたらキリヤちゃんのご飯食べに行くよ」
「分かった。待ってるね」
私はサフラさんと握手を交わして、ヴェルトとエレンを連れて転移した。
「来たか。待っていたぞ」
レィティアさんは眼帯を外した状態で待っていた。
眼帯で隠されていた瞳は鮮やか過ぎる赫。
「ありがとうございました。術返し大変でしたよね…」
「いや。キリヤが考えた方法は負担が少なくてとても助かった。こちらこそ礼を言いたい」
「いえいえ。とりあえず人形傀儡の術を壊しますね」
「あぁ、頼む」
私はヴェルトと紙に陣を書いて、術の破壊を行う。
「よーし、ぶっ壊れろ!」
「おい、ちゃんとした詠唱にしてくれ。気が抜ける」
「えー?でもこれで壊れるし…」
「…」
「はい、すみません。真面目にやります」
ヴェルトに非難の目で見られたので私は渋々詠唱を始めた。
「私、キリヤの名の下に命ずる。森羅万象を歪め、理を曲げた哀しき業を、私の霊力をもって破壊せよ」
私の詠唱で、紙に書かれた陣が少しずつ歪んでいき、最後は音を立てて消えた。
「…今ので禁術は壊れたのか?」
「はい。作るときより壊す方は簡単なもんですよ。ただし霊力っていうものが必要なのでなかなか壊せる人が少ないんですけどね…」
私は肩をすくめて息を吐いた。
禁術に干渉していた気配があったが禁術の崩壊とともにその気配は消えた。
私はそれを追跡しようと、意識の深くに潜る。
「…っ!」
が、殺気を感じて私は意識を戻す。
「ソピア!?」
「何してやがる!」
殺気を感じた刹那、エレンが私を攻撃してきた。
私はエレンの放った精霊術を避け、結界を張る。
見れば、エレンの瞳は濁り光を無くしていた。
私に攻撃できなくなったと知ったエレンはレィティアさんに狙いを変える。
「ヴェルト!レィティアさんを守って!エレンは私がどうにかするから!」
「分かった!」
ヴェルトはレィティアさんを抱えてエレンの攻撃から逃れる。
私は結界を解いてエレンと対面した。
エレンは闇と光の精霊術を使い分け、所々他の属性も使ってくるため、対応が難しい。
結界を張ると標的を私からヴェルトたちに変えるので結界を使わないように戦うしかない。
一旦気絶させなければ。
私は飛んできた光を避け、エレンに肉薄する。
が、エレンは精霊術を絶えず放ってくるうえ、近づけばその分離れるため中々近付けない。
「チッ…ヴェルト、エレン攻撃して!」
「分かった」
エレンの背後にヴェルトが回り、魔法を放つ。
その一瞬、エレンに隙ができ、私はエレンの鳩尾を蹴った。
蹴られたエレンは吹っ飛び、木に激突して気絶した。
「…アイツ…おい、キリヤ。エレンは人形傀儡の術を受けてるぞ」
「え…じゃあ…」
「ああ。キリヤが会った時からこいつは人形だったんだろ」
人形傀儡の術が過激で恐ろしいと言われる由縁は、先程のエレンの状態にある。
人形にされた本人は人形のまま生きることになる。
魂は人形に縛られ、自ら死ぬこともできなくなる。
操る側に全てを握られるのだ。
しかも、普段は本人の意志で動けるため、周りは術に掛かっているなど気付かない。
…操られているあいだ、意識はある。
かつて術を受けた者は、愛する者の命を奪うことを強要され、全て手に掛けてから、最後は魂が壊れてしまったという。
「…クソ…追跡出来なかった。腹立つ…!」
「向こうは俺らの行動を見てるみてぇだな」
「きっとエレンの目で見てたんだと思う。あー、もう!術を壊す前から掛かってる術は消えないってなんなの!!てか向こうは何者だ!エレンを人形にするなんて!」
私は苛立ちから吠えた。
確かに人形傀儡の術を知らない者が術に掛かりやすいのはあるが、だからと言って精霊帝王であるエレンを人形にするなど規格外だ。
向こうはヴェルトに次ぐ魔力保有者だろう。
私はとりあえずエレンを助けることした。
「ヴェルト、魔力貸して」
「返せよ」
「…返せないのでください」
ヴェルトの手を取って魔力を貰った。
私は指先を噛み切って血でエレンの額に陣を書く。
「…私、キリヤが命ずる。彼の者を縛り貶める業を破壊し、彼の者を解放せよ」
私は魔力と霊力を共に流した。
エレンの身体が跳ね、強烈な光が私たちの網膜を焼く。
光が収まる頃には、エレンの身体はただの陶磁の人形になり、あげた虹雨花の耳飾りだけが光を放っていた。
「…キリヤ。ソピアは…」
「肉体を失って魂の損傷が激しいですね。今の彼の魂はこの耳飾りに宿ってます」
私は人形から耳飾りを外してレィティアさんに渡した。
精霊帝王であるエレンは魂だけでも平気だが、今は損傷が激しいために
「…私が持っていてもいいか?」
「はい…お願いします」
レィティアさんは暫く耳飾りを見つめ、それから自らの耳に付けた。
「すみません。エレンの状態に気付けなくて…」
「いや。神も気付けない禁忌の術に気付けるほうが間違っているんだ」
レィティアさんは大切そうに耳飾りに触れ、笑った。
「なぁ、キリヤ。私をセェルリーザまで送ってくれないか?もう待つのはやめようと思う」




