幕間② 彼らの見た景色
ちょっとした休憩。
キリヤが組織にやってくる前のお話。
スーウと呼ばれる存在が来る前の話。
暗殺組織のトップはミゼンではなかったころの話である。
フィルマは地獄へ来たのだと思った。
フィルマは現在10歳。
9歳で親に売られ、それから奴隷として色々な場所を点々としていた。
そして、10歳になった今、とうとう地獄に来てしまったのだ。
血で黒くなった廊下、汚物や人の臓器にまみれた部屋。
ここは暗殺者が飼われている組織の基地だという。
フィルマと他に9人の子供は暗殺の才能を見出されこの組織に連れてこられたという。
「お前らの扱きはオレがやってやらぁ!」
そう言って、殴ってきたのがこの組織のトップの男だという。
名前は0。
フィルマたちにも番号がふられ、フィルマは20だった。
それからは、ただただ殴られ、暗殺術を身につけさせられ、組織の基地の地面を這った。
0は理由もなく子供たちを殴った。
フィルマも何度も何度も殴られた。
子供はいつの間にか5人に減っていた。
ある者は殴られて、ある者は蹴られて、ある者は暗殺術を身につけさせられているときに。
それぞれ違う死に方で、死んだ。
死体を片付けるのも子供の仕事だった。
組織の基地の直ぐ上の山に死体を埋めた。
地面にはポツポツと水が落ちた跡が出来るが、それも一緒に埋めた。
フィルマたち5人は、生き残ることを誓った。
1は暗殺術、体術において組織で一番だ。
0もそれを分かっているから、1には無理に手は出さない。
代わりに、1のことで苛つけばフィルマたち子供に回ってくる。
フィルマたちは1が恐ろしかった。
1が0に逆らえば、0がこちらに手を出してくる。
その時、1はじっとこちらを見ているのだ。
何も映らない凪いだ瞳で。
それが余計に恐ろしかった。
ある日のことだった。
フィルマは初めて暗殺に行くことになった。
子供の中で最年長のフィルマが行くのは当然のことだった。
今回の暗殺は大掛かりで、0から19の大人たちと20であるフィルマという、総勢21人での暗殺となった。
とある会合の場だという。
煌びやかな服を来た大人が沢山集まっていた。
その真ん中に、0は一人で行った。
それに続いて大人たちは広間に乗り込んで行った。
フィルマは動けなかった。
人を殺すことが、自分には出来ないと分かってしまったから。
一人うずくまるフィルマを見つけたのは0だった。
0は、何人も殺したのか血に濡れた短剣をフィルマに向かって振り上げた。
「…ゴフッ…お前…1ぃぃぃい!!」
短剣はフィルマには当たらなかった。
0が持っていた短剣は音を立てて床に落ちた。
1が、0を刺していた。
フィルマはその景色だけを見て、意識を失った。
セロンは1を冷静に観察していた。
暗殺の途中、1は不意に消えた。
それを追ってみれば1が0を刺していた。
0の足下には20が気絶している。
1はこの後どうするのだろう?
そう思って見ていれば、1は躊躇なく0の首を胴体から切り離した。
何て力だ。
いや、何て技術だ、というべきだろう。
そうして、1の殺戮は始まった。
組織は0を取り巻く者と、そうでない者、子供と三つに分かれていた。
1はその内の0を取り巻く者を全て、全て殺した。
セロンには見えなかった。
1が殺す瞬間も殺される側が死ぬ瞬間も。
セロンは0を取り巻く者ではなかったから生き残っている。
返り血で真っ赤な1は、死んだ0を見て、それから生き残っているセロンたちを見た。
「…悪い。手が滑った」
そうじゃないことくらい、セロンたち生き残りには直ぐに分かった。
「はは、手が滑ったのか…それなら仕方ねぇよな」
「そうそう」
「あいつら、運が悪かったんだな」
生き残りは口々にそう言った。
1は、セロンたちがやりたいことを一人でやったのだ。
否。
1が全て背負い込んだのだ。
「…1」
「…どうした?」
セロンは1に声を掛けた。
「たった今から、1が僕らのリーダーだから。よろしくね、リーダー」
セロンの言葉に、生き残った者は沸き立ち、1は困ったような顔をした。
それから、この組織では番号で名前を呼ばなくなった。
誰かが他国の辞書を暗殺先から持ってきたのだ。
その中の数字を拝借させて貰って、1はミゼン、セロンはアルバ、フィルマはディスとなった。
これは、彼らが見た景色。
この一年後、スーウと呼ばれることになる少女が、この組織へやってくることになる。




