4.2
※閑話です。基本読まなくても支障ありません。
※4.2ですが4.1はありません。
赤城メジ視点 施設紹介
「坂下真尋です! 持ち上がりで、バレー部やってます! 高等部でもバレー部入るつもりなんで、良かったら是非一緒にやりましょう!」
「外部生の田所ユキオです。県外から来ました。趣味は釣り、嫌いなものはUnixです」
「猫咲ネネコです。外部生で、西中出身です。好物はふき味噌と、熱々の白ごはん。よろしくお願い致します」
いろんな人のいろんな自己紹介の飛び交う教室で、彼女のそれだけは耳に、胸に、残り続けた。
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施設紹介、いいと思う。
うん、素晴らしいと思う。
楽しいし。話題、作りやすいし。
みんな友達を作ろうって色んな人に話し掛けて、あちこちで気が合う人同士グループを作ってさ、オレも前からの友達とそれから新しくできた友達と一緒に笑いながら、楽しく。
体育館や柔道場、保健室なんかの馴染みの施設から始まり、中等部では縁の無かった高等部の施設――部活棟やPC室なんかは中等部は使えないから――を、笑いながら、楽しく回ったりして、でも。
その時々に、その合間に。
視線はどうしても、一人きりのあの子に吸い込まれてしまっていた。
「ここが食堂だ。しばらくは持ち上がりのみんなには退屈な紹介になってしまうが、大人しく聞くように」
先生が声を張り上げて話し始めれば、ざわざわと聞こえていたクラスメイト達の話し声が途端になくなる。
よし、と一つ頷いてから説明を始める先生、担任の蒼井清心。セイ兄ちゃん。小さな頃から本家の集まりで会うことの多かった、面倒見の良い兄ちゃんだ。
オレが丁度龍神学園の中等部に上がった頃――赤城の家の当主候補になった頃――からはますます顔を合わせる機会が多くなり、今ではメールだってしょっちゅうだし、プライベートで遊んだり相談することも多くなった、頼れる兄ちゃん。
彼はその頃既に蒼井の家の次期当主に抜擢されていて、更に副当主として現在の当主を補佐していたから、そういう意味では先輩に当たる。兄ちゃんで先輩だったのが、今年からは担任の先生で、だから先生ってちゃんと呼ばなきゃいけなくて。呼び方、くるくる。なんだか少し面白い。
馴染みの食堂の一角で、折角椅子もテーブルもあるのに新入生は立ちながら説明を受けるのも、そう。面白い。新鮮。中等部の頃とは違った、馴染みの学園と俺たちの距離。改まったその距離が何だか少しこそばゆい。
むずむずしていたら、同じように感じていたらしいどこかそわそわした持ち上がりの友達と目が合って、静かに笑い合って。
そうして視線を移した先には、外部生の子の興味深そうにあちこち彷徨う視線があって、こちらを向いた瞬間に互いの視線が交差して。
やっぱり、静かに笑い合う。
ああこういうのいいなって素直に思える時間。
うん、施設紹介、いいと思う。
どこか満たされた気持ちになって、再び視線を彷徨わせた先。
その先に、あの子がいた。
猫咲ネネコ。
丁寧な口調と控えめな態度の外部生。
それだけじゃなくて、そそっかしくてお転婆で我が強そうなのも昨日の猛ダッシュや言動の端々から感じてる。
面白い子。あ、面白い子って褒め言葉にはならないんだっけか。
なんというか、ええと、個性的な子? これもダメかな。
そういう個性的なって評がぴったりな子は、例えばあの龍ヶ崎アコだとか、今まで何人かと接してきたけれど、彼女に限って言えば何故かこう、無性に気になる。
どうしてだろうって、理由は何となく分かっているんだけど。
(あ、また)
グループを作るでもなく、一人みんなから離れた位置にぼんやりと立ち、視線を彷徨わせる。
楽しくて見ているという感じではなく、少しだけ寄せられた眉根、所在無さげに後ろ手に組んだ手、ぎゅっと握った拳は彼女の掌を一回り小さく見せていて。
(どうしてそんなに不安そうにしてるんだろ)
揺れる瞳に乗せた感情は、多分不安で合っている。
彼女の感情を読める程度の時間凝視していたらしいことに気付いて、慌てて目を逸らすけれど。
直後、話し掛けてきた友達と笑顔で会話をするけれど。
……気付けば、目が彼女を追ってしまう。
多分、だけど。
(興味がある、のかな)
何が彼女をそこまで不安がらせているのか。
きっと、そう。
多分そうだ。
不安を取り除いてあげられたら、控えめで飾った笑顔じゃなくて、さっきのみんなみたいな笑顔を浮かべてくれるだろうか。
自分に笑顔を向けてくれるだろうか。
そう、考えて。
(あれ)
興味があるのは、どうして不安そうなのか――じゃ、なかったっけか。
あれ、まるでそれじゃあ、彼女の笑顔に興味があるみたいな。
いや、違うか。
(あー)
がしがしと頭を掻いて、帰結。
(オレって要は、猫咲さんに笑顔を向けて貰いたいだけ、とか?)
とか、なんて曖昧な濁し方をしてしまったけれど。
その考えに至ってしまえば、すとん、と。
胸のつっかえが落ちたみたいに簡単に納得できてしまえる自分がいた。
興味があるみたい、じゃなくて、興味があるんだ。
俺が、猫咲さんに、興味が。
……うん、ある。あるよ。
今までに経験が無いから自信を持ってそうだとは言えないけど、そうだ。これって、そうだ。
(つまり、なんだ。入学式に会った時からひょっとしてオレ、猫咲さんに一目惚れしてたわけか)
気付いてしまえば、簡単だった。
嬉しいも恥ずかしいも照れもなく、ただ、ああそうかと思った。
その後、ちらちらと合間を縫っては猫咲さんを観察した結果、分かったことがある。
きっと彼女の好きなもの。不安げな顔がその時だけきらきらと輝いていたから。
図書館。
オレにとって見慣れたそこは、猫咲さんにとっては新鮮だったのか、視線がくるくると動いていた。さっきまでの怯えるような色はなく、忙しなく。くるくる、くるくる。
やけに色んな所を見ているな、と思って観察していたのだけれど、それがピタリとある一点で止まる。
(あ、もしかしてそれ読みたいの?)
きらきらした目で見つめ続けるその棚、視線の先の本。
著者の名前も見える。知らない作家。オレは本を読まないから、ひょっとしたらメジャーな作家かもしれないんだけど。
猫咲さんの興味のある作家。そう思えば、急に気になってきてしまう。後で調べてみよう。
その他にも目の止まる棚や本がいくつもいくつもあって、その顔は本当に楽しそうで。気付いていないかもしれないけれど、口の端、少し笑っていて。
だから猫咲さんは本が好き、というのが発見その一。
それから、それが分かっただけでどうしようもなく嬉しい自分がいることが発見その二。
その日は、それだけ。
帰り際、放課後の独特の喧騒に包まれた教室、机の上に出していた筆入れとメモ帳を鞄に放り込みながら、今日一日を振り返る。
要は一目惚れに気付いただけで、後は猫咲さんの観察で終わってしまった一日なんだけど。
うん、一目惚れ、いいと思う。楽しいと思う。
一度気付いてしまえば、明日からの振る舞いもまた決まってくるし。よし。
「頑張ろう」
「何を?」
「や、いろいろ!」
聞き返してきた友達に笑顔で答えて、まだ机に着いたままの猫咲さんに挨拶をして、頭ではこれからのアプローチの仕方だとか興味のあるところから本を読み始めてみようだとか色々なことを考えながら。
オレの高校生活二日目が過ぎたのであった。まる。
ちなみに、調べた作家の本は面白かったけどそれなりに難しくもあったので、次はもっと分かりやすい本から読みたいと思います。
とりあえず友達にラノベとか借りてこよう。
猫咲さんも読むのかな、ラノベ。
もし知らないなら、教えてあげたり。
読むようなら、お勧めを教えて貰ったり。
うん。
読書、すごくいいと思う。
私の持てる乙女分の全てを彼に詰め込んだので、結果彼は乙女と化した。