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2話投稿します。その2。
更新ペースは月一くらいを目指してゆるっとやれたらいいなあと思ってます。
「「~~~~~っ」」
視界に瞬く満点の星空に眩暈を起こし、声にならない声を上げ、二人で蹲ること暫し。
「なあ、てめえら邪魔なんだけど」
痛がる私の背後から、無情の言葉が投げ掛けられた。
気遣いの一切無い声色になんだ誰だと振り返れば、陽光を受け煌めく金色の髪が目に入った。
見事な金髪に、着崩した制服。鋭い眼光を湛えるその容姿は正しく不良。見るからに不良。テンプレート不良である。
彼を視界に捉え、その姿を目にした瞬間、私は一歩引いてアコの陰に隠れた。
……誤解の無いように言うが、私とて乙女として当然の如く暴力と権力に弱いが故、不良を前にすれば恐怖を感じる。けれど流石にそれだけで友達を盾にしようなどとは考えない。
げに恐ろしきは――彼も攻略対象であるという事実、その一点のみである。
遭遇率高すぎやしないか。
当たり前だけれど、乙女ゲーなので攻略対象は基本美形で、それは彼も同様だ。
しかし、その眉間に刻まれた皺は顔面造形を見事に破壊するほど深かった。
……重ねて言うが、私は決して恐怖からアコの陰に隠れている訳ではない。
「ああ、ごめんごめん」
そんな私の心の葛藤を知ってか知らずか、アコは彼に対し、まるでてへぺろと目から星を飛ばす少女漫画の主人公のような口調とノリで軽く謝った。
うわどうすんだばか失礼だろう目ェ付けられたらどうしてくれると慌てて彼の顔色を窺ったが、……意外にも頬を緩めて微笑んでいた(微笑んでいるくせに半端に残った眉間の皺の所為で更に凶悪な顔付きに見えるが)。
「って、んだよアコじゃねえか……ったく。ほれ、どけどけ」
「はぁーい。ほらネコ立って立って。彼に道を譲りたまえー」
「へ? え、うん」
肩透かしを食らって目を丸くした私は、アコに言われるがまま立ち上がる。
「アコ、この方は?」
「あ、あくまでそのキャラ通すんだ」
「……アコ、この方は?」
「いや、うん、まあいいけど。私のクラスメイトの黄島カエリだよ。見た目めっちゃ怖いし口悪いけど良い子だから安心していーよー」
同学年の男子、それもこんなナイフみたいに尖っては近付く者皆傷付けそうな人を「良い子」呼ばわりするだなんて。なにこの子おそろしい。
良く言えば社交的というか、悪く言えば慣れ慣れしいというか。
しかし、本当にこの子の交友関係はどうなっているのだろうか。
これで一番の友達が内向的な私ってんだから、まあ、面白いというか、嬉しいというか、その、まあ。とにかくだ。
口が悪い宣言に反応したのか良い子扱いに反応したのか、黄島君がアコを睨みつける。
「ふざけたことばっか言ってっとぶっ殺すぞ」
「またまたぁ、キミにできますかねーそんなこと」
「チッ」
露骨な舌打ちに思わず体をびくつかせてしまった。
紹介を受けた通り見た目が怖くて口が悪い黄島君は、そんな私を見て、首を掻きながらバツの悪そうな視線を私に向ける。
「あー、黄島だ。アコの友達か?」
「はい。外部受験で高等部から入学しました、猫咲ネネコです」
「そうか、よろしくな猫咲」
「ええ、よろしくお願いします」
正直、小市民な私としてはあまりよろしくお願いしたくない類の人種なのだが。
乙女ゲー効果も相まって、顔を見たくすらないしな。
とりあえずさっさと道を譲ってハローそしてグッバイしよう、できれば永遠に。
「道を塞いでしまってすみませんでした、お急ぎなのでしょう?」
「いや、急いではいねえよ。教室に行くだけだし」
「というか、カエリどうして朝っぱらからこんな所にいるの?」
「まあ、委員の仕事でな」
「ああ、旧校舎かー。ここ通り道だもんね、なるほど」
彼は朝から旧校舎に用事があって、それが済んだから今から教室に向かうところ、と。
旧校舎なんてあるんだこの学校。
うん、いかにも何かしらのイベントが起こりそうな場所だよ、旧校舎。
その上この一連の会話である。どう考えてもイベントフラグにしか思えないぞこの流れは。
「ネコは旧校舎知らないよね?」
「え、ええ。そんな場所あるんですか?」
「うん。基本立ち入り禁止だからね。校舎自体には鍵が掛かってるし入れないんだけど、人気もないし、不良とかが溜まったりしないように朝と放課後は風紀委員が交代で見回ってるんだよ」
「そうなんですか……大変ですね」
「ああ、いや、んなこたねえけど」
照れているのか、黄島君は頬を染めてそっぽを向いた。
そんな様子を見ながら、こんなんで好感度が上がっても困るから、あまり彼に労りの言葉を掛けないようにしようと我ながら非道な事を考えた。
それにしても、どう見ても不良な彼が風紀委員とは、人は見かけによらないものだ。なるべく見た目で判断しないようにしよう……と改めて彼を見たが、幾度確認しようとも眉間には消えない皺が刻まれており、やはり怖いものは怖かった。
私たちはその後しばらくグダグダと三人で雑談を交わした後、一緒に一年生の教室まで向かった。
二人と手を振って別れた私は、自分の教室の扉に手を掛け。
引き開けた瞬間、己が何かしらやらかしてしまったことを悟った。
一斉に私に向けられた視線。
席に着いたクラスメイト達の、何とも言えない表情。
「猫咲」
「え?」
教壇には何故か出席簿を開いた蒼井ナニガシ先生(もちろん昨日聞いたはずの下の名前は、冗談でもなんでもなく完膚無きまでに私のメモリから消え去っている)が立っていた。
あれ、まだ予鈴も鳴っていないのに何故。
思い、教室の壁掛け時計を見上げる。
八時四十分。
ちなみに、ショートホームルームは八時三十五分から八時五十分までである。
あれ、何故。
あれ。
「入学早々遅刻とはな」
「え、え?」
「とりあえず席に着きなさい。終わったら話があるので先生の所へ来るように」
有無を言わさぬ口調で言い切った後、私を席へと促して、先生は出席簿を閉じて今日の予定について説明を始めた。
「1限はロングホームルームを行い、2限の施設説明についての注意事項を先生の方から話す。その後、余った時間で自己紹介を行うのでそのつもりでいるように」
何か言っているが正直混乱していてあまり頭に入らない。
ざっくりと本日の予定を説明し、一限まで十分休憩だと言い渡した後、ショートホームルームが終了した。
疑問符を浮かべたまま先生の所まで来た私は、まず、昨日「今日は点検の関係で朝のチャイムが鳴らない」という説明をしたはずだと話を聞いていなかったことを怒られ(ナニガシ同様全く記憶にございませんでした)、遅刻を怒られ、そんでもって罰として先生の手伝いを言い渡された。
それも、蒼井先生の手伝いではない。
「放課後、保健室で備品の整理を手伝ってきなさい」
保健の先生の手伝いだ。
「え、保健室ですか?」
「ああ、場所は施設説明の際に確認するので、覚えておくようにな」
「分かりました。けど、何故保健室なのでしょうか?」
「今朝、量が多くて一人では大変だという話を保健室の新羅先生から聞いてな。丁度良いから猫咲に手伝ってもらおうかと思ったんだが、何か用事でもあったら言いなさい。別に無理強いはしないからな」
「いえ、遅刻のことは申し訳無いと思っていますので。お手伝いさせて頂きます」
「そうか、では新羅先生には話を通しておくから、よろしく頼んだぞ」
「はい、お願いします」
まさかここで嬉々としてじゃあ用事があるので遠慮しますだなんて内申に響きそうな嘘を言えるはずもなかろう。
殊勝に頷きつつ、胸中、私はイベントのフラグを立ててしまったことを否が応にも理解して一人泣いていた。顔で笑って心で泣く、漢の鑑だな私は。女だけどな。
話している内にチャイムが鳴ってしまった。
点検はもう終わったらしい。予鈴だけ鳴らないなんてそこはかとなく理不尽な気がする。悪意すら感じる。強制イベントという名の世界の意志だろうか。
おまけに休み時間なのに一分たりとも休めていない。
顔で笑って心で泣いた。
ロングホームルームの自己紹介では当たり障りのない内容を話し、その後の施設紹介では校内の施設――食堂や保健室(訪問した時、丁度新羅先生は不在だった)、図書館、体育館など――を一通り見て回った。
詳細については何も話すことがないくらい特に問題無く終わったので、さっくりと端折らせて頂く。
……いや、やたらと赤城君にちらちら見られていたような気がするのだけれど、如何に乙女ゲーといえど私のような平々凡々人畜無害な面白味のない人間がそんなすぐに出会って間もない他人に好かれるわけがないので、きっと自己紹介の時に好物として挙げたふき味噌にシンパシーを感じたということにして処理しておこうその方が心の平穏を保てるから。うん。