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2話投稿します。その1。

 


 久し振りにあの夢を見た。

 夜明け前、頬を伝う涙と共に目を覚ます。


 夢の内容は至ってシンプル。

 いつも、彼と遊ぶだけの夢。

 夢の中の私はとても幼くて、彼と一緒に遊ぶのは楽しくて。

 とても、とても楽しくて。


 今日の夢では、二人一緒に公園で、ベンチに座って何か食べていたと思う。

 もう何を食べていたのかも曖昧なのだけれど、彼はその何かをとても気に入ったらしく、美味しい美味しいと言いながら、真ん中から食べていた。

 私はそれを見て、なんで真ん中から食べるのって笑って、彼は笑った私に不満げに文句を言って。


 ああ、楽しかったなって。

 もう一度会いたいなって。

 夢を見るたびに私は思ってしまうのです。



----------



 青い空。白い雲。道脇に咲く、目に鮮やかな春の花々。

 実に爽やかな朝だ。


「それにしても、ネコ酷い顔だね!」

「うん、そうだろうねえ……ふぁ」


 だというのに、私はアコに笑顔で突っ込まれるほど酷い顔をしていた。


「寝不足?」

「そう、また夢見が良かったの」

「ああ、例の」

「うんうん」


 あくびを噛み殺しつつ肩からずり落ちたスクールバッグを持ち直し、通学路を二人で歩く。

 ちなみに昨日の電話の折、折角同じ学校に通うのだからこれからは一緒に学校に行こうと言い合い、早速今日、私とアコは二人仲良く登校中である。


「それにしても、夢見が良いのに泣きながら起きるって、ホントいつもどんな夢見てるの」

「それを覚えてたらこんなに悩んでないってば」

「最後だけ覚えてないんだっけ」

「うん。途中までは楽しい夢のハズなんだけどねえ」


 今日の夢も楽しかったはずだ。

 ひたすら何かを食べている夢だったけど、うん、楽しかった。


「やっぱそれさ、思うんだけど」

「うん、思わないで」

「失恋の夢だから、楽しかったぶんだけ悲しくなるだけなんじゃないかな」

「やめて言わないで、あとそもそも失恋じゃないから」

「ネコって一途で重たいよね」

「違うの違うから違うんだってば、人の話を聞け」


 アコの額に私の鋭いチョップが走る、かと思いきや、軽く避けられてしまった。

 畜生、普段は鈍いのに逃げる時だけどうしてこんなに身軽なんだ。


「で、その『竜くん』さんって大分年上の方だよね」

「うん。多分」


 いえ、正直顔どころか背格好すら覚えていませんが。

 でも、多分、少なくとも高校生以上なんじゃないかなーと思う。

 声の低さから、変声前の小学生では有り得ないし、中学生というには落ち着き過ぎているように思う。

 かといって高校生というのもまた違うような気はするけれど、……まあ、最低でも高校生以上ではあるだろう。

 それが私が四、五歳の頃だから――今は少なくとも二十代後半だろうか。


「だからネコちゃんは年上のオジサマと竜が大好き、と。ふむふむ」

「いや、違うから。オジサマって決めつけるのも失礼だから」

「でもどっちも好きでしょ」

「いや竜は大好きだけど」


 白髪オールバックでスーツの似合う物腰柔らかな紳士も好きだけど。


「ほら違わなーい」

「いや違うでしょ、ええと、ほら、あれ?」


 いや、違わないのか? あれ?

 まあ、竜は可愛さと格好良さを兼ね備えたさいきょうのいきもの! だよね。

 紳士も厳しさと優しさを兼ね備えたさいきょうのホモサピエンス! だしね。


 スイッチの入った私がウザがるアコに、いかに竜が愛らしいかについて(と、ついでに壮年執事の素晴らしさと若年執事の物足りなさについて)を滔々と語るうちに、校門に着いてしまっていた。

 そして着いて早々、マズい人を見つけてしまった。

 前方を歩く赤髪に、咄嗟にアコの後ろに隠れてしまう。

 ……むしろ何もなければわざわざ振り返らないだろうし、振り返らなければこちらにも気付かないのだから、慌てて隠れなくとも全く問題は無かったのだが。


「え、ちょっといきなりなに? どうしたのネコ?」


 しかもこの場合、隠れた方が問題があった。

 私の臆病な心が、望まぬ事態を招いてしまったと言わざるを得ない。

 ――生徒たちの気だるげな話し声が行き交う朝の学園に、アコの鈴のような可愛らしくそして憎さ溢れる声は存外大きく響いてしまったようで。


「え? ネコ? って、ああ、猫咲さんだ、おはよう」


 何とアコの声に反応して、あかいあくまが振り返ってしまった。

 あとアコの陰に隠れても私の方が身長高いし全然意味無かったですね。そうですよね。


「あ、ああ。おはようございます、赤城君」

「俺ネコ好きだから反応しちゃったよー。で、ネコどこ?」

「え、いえここに猫がいるわけではないですよ?」


 私はいるがな。

 というかもう高校生なのだし、いい加減ネコというあだ名は恥ずかしいのだが。


「そっかぁ、なーんだ……って、猫咲さんクマあるけどどうしたの? 寝不足?」


 赤城君は私の顔を見るなりそう言って、小首を傾げた。

 ううーん、朝何とか誤魔化せないかと頑張ってみたんだけど、やっぱり駄目だったのか。

 パッと見ただけで分かるだなんて、花の女子高生としては凹まざるを得ない。


「ええ、寝不足です。その、少し夢見が……」


 良かったです、と正直に言うとややこしいので濁しておく。


「そうなの? うーん、俺寝付きが良くなるお茶とかいろいろ知ってるから、後で教えてあげよっか?」


 あ、お茶とか飲むんだ。

 多分お茶飲んでも寝付き自体は良いからあまり変わらないだろうけれど、まあでも気遣いはありがたく受け取ってやらんでもないぞ。


「ありがとうございます。では、後で教えて頂けますか?」

「うん、もちろん……って、アコもいたの?」


 と、そこで初めて赤城君はアコの存在に気付いたようだった。

 というかアコ、私の前にいたのに。

 赤城君がどうしてアコをスルーして私にしか気付かなかったのかちょっとよく分からないですね何この子、天然?


「……うん、おはようメジ」


 そんでもって、何故アコさんはそんなに微妙に嫌そうなご尊顔をなさっているのでしょうかね。


「あれ、猫咲さんと友達だったの?」

「……そうだけど、メジは?」


 気安く名前で呼び合う二人に首を傾げかけたが、そういえば二人とも持ち上がりなのだから友達でも不思議はあるまい。

 赤城君は昨日知り合ったばかりの私にも親しく接してくるし、アコも人見知りはしないタイプだ。

 ふむ、これは……割とお似合いの二人なのでは?


「猫咲さんとはクラスが一緒なんだ」

「ええ、そうなんです」


 赤城君の説明に私も笑顔で頷いたが、その瞬間、アコの微妙な顔が更に深く微妙になった。

 うわぁお似合いとか思ったの、前言撤回。すごい、すごい勢いで赤城君を睨んでらっしゃるよアコ様。

 更にその顔をぐりんっと勢いよく逸らして私を睨みつけ、なおかつ二の腕をがしっと掴んできた。痛い。


「ネコちゃん、ちょっといい?」

「え? あ、はい。ごめんなさい赤城君、また教室で」

「へ? ああうん、また後でね」


 アコに引きずられ、強制的に朝のイベントをキャンセルさせられた。

 正直イベント的なアレを回避できたと思うとそれはそれでグッジョブなんだけれど、アコが怖いです。

 あれよあれよという間に校舎裏まで引っ張られてしまう。

 辺りに人気が無いことを確認して、アコはようやく私の腕を放した。


「ネコ何あの口調」

「え、猫被っただけだけど?」

「わあ、ネコだけにね! って違う、なにその口調、超絶気持ち悪いんだけど!!」


 どうやら口調が気持ち悪かったらしい。

 この頑張って手入れしたつやつやの髪と頑張って練習した華麗な立ち振る舞い的には丁寧な口調ってぴったりだと自分では思っているのだけれど。

 自分で思わずとも、中学の友達に披露した際にはみんな大絶賛していたのだけれど。

 気持ち悪いだなんて、全く以て心外である。


「自分じゃそれなりに似合うと思ってるんだけど」

「いや、確かにネコちゃん可愛いしパッと見お上品そうに見えるけど、似合うけど、そういう問題じゃなーーーい!」


 そういう問題ではないらしい。


「ううーん、別に口調もたどたどしくもないよね?」

「滑るように口から飛び出してるけどそういう問題でもなくって!」


 そういう問題でもないらしい。

 何が気に入らないというのかまったく、わがままガールにも程がある。


「もー、わがままさんだなあアコは」

「え、いや、違うってなんで私がわがままみたいな流れにしようとしてるの?」

「じゃあ何が問題なの?」

「いや、だって、ほら、いつものネコと全然違うんだもん。……何で? 何かあったの?」


 後半は半ば俯きながら、消えそうな声で私に尋ねるアコは、いつも小さいけど、いつもよりずっと小さく見える。

 あーこれはアレか。アレだよな。


「……あのさ、ひょっとして心配させた?」


 バツが悪くて、小声で言った私の言葉に、更に小さい声でアコが肯定する。

 コクンと頷く仕草も小さい。

 普段はアレなヤツなのに、人の心配をする時は当人以上に深刻になってしまうのだったっけ。

 中学校でアコの傍から離れていた私は、あまりアコに対して悩みなどを相談することも態度に出すこともなくなっていたため、アコのこういう部分をすっかり忘れてしまっていた。


 口調に関して言えば、攻略対象にあまりお近付きになりたくないので敬語で壁を作るキャラ作りをしてみようと思っただけなんだけれど、何か上手い言い訳考えないと。


 それはともかく、心配させてしまったことについては純粋に申し訳無く思う。

 思いつつもアコの良い子っぷりにほっこりしながら、ああ私の心配してくれるなんて愛い奴めコノコノ違うんだよーなんて口を開こうとした瞬間だった。


「もしかして、メジに何かされた?」

「……………へ?」


 いや、いやいやいや。

 もしかしてじゃないだろう何をどう辿ってその推論に達した。


「いや、アコ違」

「アイツ、ホントにたまに人の神経逆撫でるようなことするから……ネコちゃんにも何かしたの?」


 口を開くたびにアコの声のトーンが低くなっていく。

 なにこれこわい、アコこんな子だったっけ、あれ?


「ちょっと待ってアコ落ち着いて」

「そういえばやけにネコちゃんしか見えてなかったけどアイツなに? ネコちゃんの可愛さにやられたの? ネコちゃん付きまとわれたの?」

「違うの違うから違うんだってば人の話を聞け」


 口調に迷いが一切無い。なにこれこわい。


「ゆるせないあの野郎、滅ぼす……ッ!」

「わ、わぁーっいや待てコラ早まるなァ!!」


 握り拳を作るアコに必死で説得という名の頭突きをかまし、星が散りそうな意識の中で、思う。


 優しさは時として狂気となる。

 うん。

 ネネコ覚えた。



 


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