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サブタイトルは余力があったらちゃんと考えます。

 


 雪と見紛う花弁舞う、桜並木を走り抜け。

 今日から始まる新生活を、不安と期待でいっぱいに。

 弾む鼓動。

 弾む呼吸。

 流れる汗を拭いもせずに、私は笑顔で駆け抜けた。


 楽しみじゃないはずないじゃない。

 だって、私は今日、高校生になるんだもの――!


 思わず胸中で思い切り叫ぶ。

 上昇を続けるテンションは一向に下がる兆しを見せてくれない。楽しいんだけど、どうにもままならない。 ともすれば今日一日はずっと笑顔でいれるテンションだこれは。

 せめて式が始まるまでには落ち着かなきゃいけないよねどうしよう、なんて考えながら、けれど……けれど、校門に掲げられたその名を見た瞬間、私の全てが一瞬にして凍り付いた。

 私立龍神学園。

 インパクトのある校名だと思う。

 だから私は、その字面を見た瞬間、気付いてしまった。思い出してしまった。


 ――今日入学するこの学園が、昨日友達から借りた乙女ゲームの舞台と同じ名前であることに。




 猫咲(ねこざき)ネネコ。

 インパクトのある名前だと自分でも思う。

 高校に入学したての十五歳。

 でも昨日眠りに着くまでは十七歳の現役高校二年生だったはずである。

 それが何故、何がどうなって、こんなことに。

 混乱する私の頭は、何故だとか何がどうなってだとかをすっ飛ばして、まず昨日の、友人の楽しそうな顔を思い浮かべていた。


『このゲーム、ネコ絶対に気に入ると思うよ!』


 したり顔で話す友人に少しだけ興味を持って、「そうなの?」と聞き返した。 で、その後「そうだよ~」と答えた彼女に半ば無理矢理貸し付けられたパッケージの裏面には、こう書いてあった。


【竜と貴女の禁断の恋】


 おお。

 キャッチコピーのインパクトは大きかった。煽りの字面には、確かにときめいた。

 ときめけたさ。

 字面には。

 だがその下!

 その下、テメーは私を怒らせた。


【パートナーを探しに学園へやってきた、竜族の長達。彼らと織り成す、異種族間の禁断の恋の行方は――】


 紹介文の下の立ち絵には、制服を着た黒髪の少年、赤髪の少年、金髪の少年、教師風(というか多分教師)の白髪の青年と青髪の青年が攻略対象として紹介されていた。

 ……突っ込みます。

 遠慮無く突っ込みます。


 ただのイケメンじゃん。

 人じゃん。

 竜じゃないじゃん。


 聞けば、竜神の血を引く竜族のイケメンとのめくるめく恋愛ゲームらしいんだけれども。 なんか、怒ったときとか戦うときには手とか足が爪と鱗に覆われたりするらしいよ。 顔面以外覆われたりするらしいよ。 顔面以外。

 ああそうそう、あと戦うったって黒竜家とか赤竜家のお家トラブルやら恋のバトル云々で、何も学園が焼土と化したり主人公が命かけるような話じゃないんだって。 あくまで止めて私の為に争わないで系の甘い恋愛を楽しむゲームだって。


 うん、あの、ごめんなさい。


 ぶっちゃけ、ただのイケメン()には興味がないんです。


 確かに友達には「私、普通の恋愛ものよりも竜とかそういう設定の方が好きかな」と言ったさ。

 だからそういう設定があれば萌えるのだろうと考えたっていうのも、仕方がないことだと思うさ。

 でもどうしても駄目、違うんですそういうことじゃないんです。

 竜が好きなんです。人が好きなわけじゃないしましてやイケメンが好きなわけじゃないんです。


 いやさ、好きな時に竜形態を取れるとかだったらまだいい!

 だが! しかし! そうではなく!

 あくまで一部が変化するだけの竜族、否、竜「人」族ごときにモテたところで私に何のメリットがあるというのだ。

 私は、私は竜人にモテたいのではない! 竜にモテたいのだ!!


 ――などと嬉しそうにほえほえ笑う友達に面と向かって言えるはずがなく。

 仕方無しに精一杯の作り笑顔を浮かべ、私はそのゲームを受け取ったのだった。


 さて、ここで回想は終了である。

 お分かり頂けただろうか。


「もしここが本当に乙女ゲームだとしたら、私、イケメンと恋愛しなきゃいけないの……?」


 さっきまでの高揚していた気分なんてもう思い出せない。絶望だ。私の心の空は今まさに暗黒物質に覆われている。いや暗黒物質ってなんだ自分。……あーダメだ自己ツッコミにもキレがない。ダメだ。

 ただただ重い足取りで、私は校門をくぐった。

 くぐった途端、背中に衝撃があった。

 ドン、という音と共に私は顔面から地面にのめり込む。


「うわっ!」

「ぅぶっ」


 思わず可愛くない声が出た。あと、声出した瞬間にお口にお砂が入りました。うぶっ。

 それから今私多分潰れたカエルみたいな可愛くない倒れ方をしていると思う。

 そんでもって、何故か重い。背中が重い何故だ重い。重りが乗っているみたいに重い。


「わっ、ゴメン!!」


 背中の重りが喋った気がする。そして慌てて飛び退いた気がする。……うん、軽くなった。

 したたかに打ち付けた顎をさすりながら起き上がると、目の前に両手を顔の前で合わせてぺこぺこと謝る重りが見えた気がする。

  

「ゴメン、ほんっとーにゴメン! オレ急いでて! そうだ、怪我! 怪我はない!?」


 状況から察するに、前方不注意で走っていた重りが私にぶつかってきたのだろうと察する事ができる気がする。が、気がする故に気のせいだろうそうだろう。入学早々イベントとか起こしたわけじゃないさ多分。

 この手の重りには関わらない方が無難だと私のゲーム脳が告げているため、早々に立ち去るのが得策だろうそうだろう。


「怪我もないですし大丈夫です、では」


 嘘です地面に打ち付けた顎がずきずき痛み地面にスライディングした鼻がひりひり痛みます。

 が、患部を手で覆って、私は足早にその場を立ち去った。

 背後から「あ」とも「う」とも付かない声が聞こえたが、私の不意打ち全力疾走に追い付けるものなら追い付いてみそらしど。

 どこかで見たような赤い髪の少年だった気がしないでもないが、重りは重りだ気にしたら負けだ。

 私は全力で忘れることにした。


 受付の上級生に控えの教室に案内されて、その後、体育館で入学式を行った。

 この辺りのことは端折ってしまっていいだろう。

 というか端折るより他無い。寝ていたから。

 在校生の挨拶で壇上に上がった生徒会長様がいかに見覚えのある黒髪の少年であろうと、私には何ら関係がないのだ。

 ええそう、今後一切関わることがないのだ。


 入学式も滞りなく終わり、私は今、早々に割り振られた自クラスである一年三組の自席で担任の先生から諸注意を受けている。 授業時間の話だとか、時間割の話だとか、学食の利用手引きだとか、プリントを片手に説明している担任は、どこかで見たような青髪の青年。

 ちなみに蒼井ナニガシと名乗っていたが、ナニガシの部分は要らぬ情報であるため聞いた瞬間私の記憶領域から抹消されている。

 ナニガシ先生は一通り説明を終えた後、「では、何か質問は?」とお決まりの文句を口にする。

 無いから、はよ終わりましょう先生。 はよ。


「……では、今日はこれで終わりだ。明日はロングホームルームと施設説明、明後日から二日間はレクリエーション合宿なので、準備は早めにするように」


 懇切丁寧に受けた説明に不備はなく、故に特に質問も挙がらぬまま、今日はそれで解散となった。 日直や当番もまだ決まっていないため、出席番号が一番早い人が終業の号令をかけるように、と指示が為される。


「赤城、号令を」

「は、はい!」


 先生の呼びかけに対する声はやや固い。 私もいの一番に号令やったら緊張してたんだろうな。 先祖代々脈々と受け継がれてきた変な苗字に呪詛を吐く事数知れず、だが、あ行で始まらない点にのみは感謝である。


「きりーっつ!」


 号令と共に立ち上がったのは、廊下側最前列の男子。 赤い髪の目立つ、整った容姿の――彼を認識した瞬間、私は全力で目を逸らした(おかげで立ち上がるのを忘れそうになった、危ない)。

 朝ぶつかってきた赤い髪の彼は、なんと同じクラスであった。

 いや、全く気付かなかった。

 そうか、赤城君というのか。 ふむ、忘れたい。

 ……そういえば自己紹介的なものはしないんだろうかこのクラスは。いや、赤城ナントカ君から全力疾走で逃げ出した身としては無い方がありがたいのですが。


「きをつけーっ、れーっ!」


 固く緊張混じりなものの、教室の端から端まで突き抜けるような陽気で威勢のいい掛け声である。 教室の丁度中央付近の席に座す私の耳には全く勢いの削がれぬそれがダイレクトに飛び込んできて、まあ有り体に言えばキンキン響いて喧しいのだが。


「赤城……元気が良いのは結構だが、高校生なんだからもう少し落ち着け」


 おお、ナニガシ先生が苦言を呈した。 そりゃ真ん前だから威力大きかったよね。

 ナントカ君の周りの生徒も静かにうんうんと頷いている。 で、ナントカ君はといえば、恥ずかしかったのか先程よりも小声で、それでも元気良く「あ、スミマセン!」と頭を下げていた。

 若干赤みの差した頬とクラスの皆のクスクス笑う声に、ああコイツはクラスのムードメーカー的ポジションを確立すんだろーなーなんて、私は頬杖を着きながら思ったのであった。まる。


 その時の、そんな私を見つめるナニガシ先生の視線になんて、一切合切気付かずに。


 


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