Halloween eve
辺りは暗くなった山の中。
焚火を囲むように揺れる複数の影。
「かーぼちゃー!! そっちの準備は終わったかー!?」
二足歩行で奥へ近づく黒い猫。尾は二つに分かれている。
「おう、どうだ!!」
一方、かぼちゃと呼ばれた、浮遊かぼちゃは、手に持っていた塊を黒い化け猫に見せた。
「……お前、それじゃあ怒ってる顔だ。」
「ん?」
浮遊かぼちゃが持っていた、ジャックオーランタン。見事に掘られてはいるのだが……。それを見た化け猫は呆れるように尾を地面に垂らした。
「口のラインは真ん中が下に膨らむんだよ。そうやって上に膨らんでたら、どこの鬼かと思われる。」
「鬼みたいだねぇ……。」
化け猫の後ろにやってきたのは黒い衣装に身を包んだ魔女。焚火の光しかないためか、余計に黒く見える。
「うおおお!! やっちまった! どうしよう、魔女!」
「やるだろうと思ってかぼちゃの予備は用意してるよ。」
「おお!! さすが!!」
「パンプキン、お前は毎年一つはかぼちゃをダメにしてしまうからね。」
魔女が手に持っていたジャックオーランタン用の予備かぼちゃをヒョイと投げると、パンプキンは滑らかに降下してキャッチした。
「お前、かぼちゃの化身じゃなかったか?」
「細かいこと気にしてんじゃねえよ。よーっし、やるぞー!!」
「気合入れるのはいいけど、同じ失敗はしないでくれよ。」
「まっかせろー!!」
「心配だ。」
意気揚々と中に舞い上がったパンプキンを見上げるなり、化け猫はため息を漏らした。
あの性格が嫌いなわけではないし、手を抜いているとは思ってもいない。ただ、単純に馬鹿というか……天然なところがあるというか……。
毎年毎年、あいつは自分を悩ませているという事実だけが頭に残る。
「大丈夫さ、あいつだって無駄に長生きしてないからね。」
化け猫の考えを察したのか、魔女が笑っていた。その顔はどう見ても若い女性なのだが……。
「一番の長生きはあんただけどな、魔女。」
「女性に年齢を尋ねるのはマナー違反だよ。」
「聞かねえよ……。」
口元で人差し指を立てる魔女。確かに、見た目は若い女性で、そう言う人に対して聞くのはマナー違反。暗黙の了解、そういうことは重々承知している。だが、自分の年齢をろくに覚えてもいないようなやつに聞くものじゃないことも重々承知している。
聞く気は毛頭ない。
「そういうお前だって人間換算で相当な老いぼれじゃないか。」
「老いぼれ言うな。俺らはみんなそういう者だからな。今更誰が年長なんか問題じゃないだろ。」
「そうね。」
そう言って楽しげに笑う魔女を見て、からかって遊んでいるのだろうと、思ったのだが睨む気にもなれない。いつものことなのだから。
「さてと、そろそろ他のやつらも集まってくる頃だ。私らにできることは先に準備しておこうじゃないか。」
「そうだな。でもな、俺らができることは全部やり終わってて、後はあいつのジャックオーランタンだけなんだ。」
「おや、それは失礼。」
「かぼちゃー?」
「ほいほほーい!! どうだー!!」
化け猫が呼ぶと、上空から歌でも歌っているかのような声と共にパンプキンが現れる。その手にはジャックオーランタン。
「おお、上手く出来てるじゃないか。」
「フフフフ。このパンプキン、一応かぼちゃの化身を名乗っているだけのことはあるだろう?」
「そこはもっと主張していいと思うが……まあいい。」
軽く褒めただけで誇らしげなキメ顔をするパンプキンを見て、顔と言葉が一致してないなどと思いながら出来たてのジャックオーランタンを預かり、他の道具と一緒に置く。
「さてと、後は残りの連中待ち、か。」
「思ったより遅いな。どこでつまみ食いしてるんだか。」
「それを言うなら道草を食う、だ。」
パンプキンの言葉に、やれやれと言いながら訂正する化け猫。いつもなら、パンプキンが大声で笑って終わるのだが、今回はパンプキンが笑わずに首を傾げた。
「え、デパ地下で?」
「デパ地下?」
「なんでそこでデパ地下が出てくるんだよ……。」
これには魔女も首を傾げていた。確かに、デパ地下ならばつまみ食いがわからないわけではないのだが……。
「この前会った時に、バンシーがケーキ食ってから行くって。」
「それ、いつの話だ?」
「あー……二……。」
パンプキンが考えながら宙返りを繰り返す。言葉に詰まったようなので、ため息混じりで化け猫が続ける。
「二年前か、まあ、ありえる話では……。」
「違う違う。二百年前。」
「絶対忘れてるだろ……。」
思い出せるんじゃないかと、化け猫がパンプキンを睨むものの、当のパンプキンはその視線すら楽しげに受け止めて宙を舞う。すると、何かを見つけたように声を出した。
化け猫が何かを見つけたのかと、問う前に、近くの草むらが音をたてて揺れ、その奥から一人の少女が顔を出した。
「おっまたせー!」
「噂をすればなんとやらだな。」
化け猫が笑って答える。
「いやー、道に迷っちゃってさー。」
「なんで迷うんだよ。毎年同じとこだろ。集合場所は。」
「そうだけどー。こう、ね?」
「悪い、わからん。」
「もう、ノリが悪いわよ、化け猫。」
少女、バンシーは化け猫の頭を二回軽く叩いた。
少女と言えど、化け猫の方が身長的には小さい。バンシーに限らず何かある度に全員が化け猫の頭をポンポンと叩くのだ。
「はいはい。」
「一人で来たのかい?」
「ううん。コウモリと、ミイラと、ゴースト。」
魔女の問いに、バンシーは指を折りながら答えた。
「そいつらは?」
「今来るよ。」
バンシーは自分が来た草むらを指差した。化け猫達がその方向を見ると、ガサガサと音をたてて草むらが揺れ、見慣れた顔が飛び出す。
「よっ、お久し。」
「遅くなって申し訳ない。」
「……やっと着いた。」
「待ってたぜー!!」
三人が草むらから出てくると、パンプキンが降下して挨拶を交わす。
「ドラキュラとフランケンシュタインはどうした。」
「あの二人は今年欠席。」
「欠席?」
そんな話は初めて聞いたと言いたげな化け猫と魔女。
「ドラキュラはな、柩の蓋が歪んで出れなくなったって。」
「何と言うドジ。」
「フランケンは頭のネジから花が咲いたとかで、世話してるからって。」
「まったくわけがわからん。」
「だから、今年はこれで全員だよ。」
バンシーは笑って化け猫の頭を叩く。最早、楽しんでいるのか、癖になっているのか。化け猫は目を細めつつ、注意はせず、そのまま口を開いた。
「なるほどな。準備はだいたい終わってるぞ。」
「さっすが。」
「まあ、我らの祭りまでもうしばらくあるようだ。焦ることもない。」
ミイラが包帯の間からニヤリと笑みを浮かべていた。
「そうだな。」
「積もる話もあるだろう? 俺はあるぞ。」
「ミイラの話は長いんだよ。」
「そうそう、もっと簡潔にさー……。」
化け猫とバンシーに言われ、そうだそうだと、頷く面々の顔を見て、ミイラが焦ったようにキョロキョロ顔色を伺いながら口を開く。
「ど、努力しよう。」
「じゃあ、ティータイムといきましょ。」
右腕を突き上げたバンシー。続いてミイラ、ゴースト、コウモリが応じるが、化け猫たちは目を丸くした。
「ティータイムって、お茶も何もないぞ。」
「遅れた言い訳するつもりはないけど。」
そう言って、ミイラ達はそれぞれがティーセットやら茶葉やらを取り出す。
「そして、今回の特別ゲストはー!!」
「特別?」
「ゲスト?」
「じゃーん!」
首を傾げ、目を見合わせた化け猫とパンプキンに見せびらかすようにバンシーが取り出したのは一つの箱。ほんのり甘い匂いが漂う。
「ケーキ!?」
「お茶菓子。」
「遅刻のことは忘れないとならないね。」
魔女も箱を見て驚きつつも笑った。
「やった!」
魔女の言葉に、バンシー達は喜んで手を取り合った。
「さてと、焚き火の近くでやろうぜ。あっちの方が明るいし。」
「さんせー!!」
そして、全員で火を囲んだ、ティーパーティの始まりだ。
ハロウィンの前夜。準備の合間のひととき。
真っ暗なその場所を照らす焚火と月灯り。
太陽が昇るまではまだまだ、時間が残されていた。
ハロウィンということでちょっとした短編を書かせていただきました。
ホント、ちょっとした話で申し訳ないです。
読んでいただきありがとうございました。
今日はかぼちゃのケーキ食べます。