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謁見

 



 近衛騎士の任務とは、基本的には王族の守護が第一であり、その命令権は近衛騎士団長、そして国王であるヒュルケ・ヌル・バルトリムにある。


 城内にある玉座の間から後宮、それに王族の持つ領地などに配備されている。


 そして、玉座の間にある唯一の出入り口とされる扉の警護もまた、近衛騎士の任務であった。


「ショボイ装備だなオイ、そんなんでオウサマ守れんのかよ?」

「…イェーガー、自分を基準にしないで。

 ここにいる近衛騎士の錬度は魔導騎士団と並ぶほどよ、城内の近衛騎士の平均ステータスはC++、スキルのほうも考慮して…近衛騎士だけで1国の軍隊と戦えられるわよ?」

「けどお嬢の平均ステータスってすでに”B-”だろ、そこらの英霊より普通に強いんじゃね?

 普通にこの国にケンカ売れんぜ」

「…この国に仕える気でいるのにケンカ売ったら元も子もないでしょう、もう少し考えなさい戦争狂」

「ヘイヘイ」


 扉を通されるまで、召喚されたクリスティとイェーガーの2人は暢気に雑談に花を咲かせている。


 もっぱら血生臭い、もとい物騒な言葉の飛び交う中で、近衛騎士は表情をピクリとも反応していなかった。


 するとしたら、それは王族へ弓引く態度やその素振りをしたらの話だが、クリスティたちの様子から見て、単なる雑談だと判断したからであろう。


「それにしても…ずいぶんと待たされるのね、人数的にも場所的にも、すでに揃っている気がするのだけれど?」


 玉座の間内の気配を感じ取っているのか、クリスティは小首をかしげていた。


「ああ、お嬢をどういう風に扱えばいいのかまだ考えてる途中みたいだぜ?

 せせこましいねえどの世界の権力者も、オレ様とお嬢という強力すぎるカードをどう使うか色々考えてるみたいだな」

「不愉快にならない程度なら利用してくれても構わないのだけれど…まぁこちらにメリットがあるのが前提だけどね」

「仕えるのなら一方的に使われる可能性高くねえか?」

「今のところ、私はただの苦学生よ?

 メリットは主に金銭面に比重が置かれるわ。

 それ以外は…まぁ、内容次第よね。

 ……ところでイェーガーあなた、視えるの、それとも聞こえているの?」


 話している間にイェーガーが自然に玉座の間の内容を話していることにいまさら気づいたのか、クリスティは念押しのように聞いていた。


「どっちも、いったろ?

 オレ様に出来ないことなんて、片手で数えるくらいしかねえんだぜ?」

「不敵な発言は実に結構、けどそろそろ黙っていましょう、近衛の目がきついわ」


 どこかで近衛騎士の癇に障ったのか、視線だけではあるが不快そうな視線を2人に向けていた。


「…準備が完了したようだ、陛下の前で粗相のないようにな」


 剣を抜く事無く、魔法の行使も無く、近衛騎士たちはゆっくりと扉を開いていく。


「漏らす訳ねえじゃん、ばっかじゃねえの?」

「…イェーガー、面倒臭いからいい加減やめなさい」


 クリスティは睨み付ける近衛騎士に謝る羽目になり、一時玉座の間に入ることが不可能になりかけるという不名誉に遭いかけた。



 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■



 2人をぎりぎりまで待たせた結果、玉座の間でヒュルケたちが出した結論は、『こちらには2人を向かえる用意がある』ということに集約された。


 玉座の間に入ってきた際になぜかクリスティだけ暗い表情をしていたが、相方である英霊に関しては飄々としていたので、関係が良好なのかどうなのか、ヒュルケには判断が付かなかった。


 とはいえ、すでに跪いている―――イェーガーは気づいていない振りをしていたが―――クリスティにヒュルケは声をかける。


(おもて)を上げよ」

「はっ!」


 王が口を開きクリスティに呼びかけた。


 イェーガーは頑として頭を下げようとしなかったせいで、クリスティは重臣たちから余計な視線の圧力を向けられたことを若干恨んでいた。


「…お初にお目にかかります陛下。

 私の名は―――」

「―――よい、能書きは構わん。

 ここでの最上位者は余であり、他の重臣たちの目もあろうが気にすることはない。

 何もそなたをとって食おうとなど思っておらんからな」


 ははっと年に似合わぬ快濶に笑ってみせるヒュルケに、クリスティは内心では驚きながらも、平静を装った。


「…失礼致しました」

「まだ堅いようだが、まあいいとしよう。

 まずは、そなたが召喚した英霊についてじゃな。

 先に調べさせてもらったのだ…そなたは生来魔力を放出できぬ筈じゃな?

 ゆえに、そなたには攻撃魔法はおろか防御魔法すら出来ぬ。

 英霊召喚など不可能といっても過言でないじゃろう。

 じゃが…そなたはその不可能を捻じ曲げた、どうやって?

 わしも若いころは魔導の深淵に関わっていた1人として気になるでな。

 率直に聞こう。

 クリスティよ、どうやってその不可能を成し遂げた?」

「陛下…それは、私の長年の研究の結果を、このような大人数のいる場所で話さなければならないのでしょうか?」


 クリスティは王が教本に載るほどの魔導学の研究家であったことは知っていたため、王に話すのはやぶさかではなかったが、ほかの重臣はといえば財務系に軍務系と魔導に深く精通して無いことは見てすぐに気づいていた。


 かろうじて国営の魔導ギルドのギルドマスター、エルフィン・ノワールがいたが、残念ながら彼は現在エルフの国で修行中で、特急便を送り出したが、帰って来るのは2月後らしかった。


「…ふむ、確かに人は多いの。

 わしが最も信頼しておる宰相は当然として…近衛騎士団長を残し、全員退室せよ」


 ヒュルケの声が玉座の間に響く、それに呼応するかのように、それに反応する者たちがいた。


「…仕方ありませんな」


 軍務大臣にして国王軍元帥、ゲオルグ・フィーア・ブロンベルグ子爵はふぅとため息をつくと、むすっとしながら退室していく。


 彼は貴族の中でも変り種で、普段から取り巻きも作らず黙々と軍務をこなす生粋の軍人であり、今回の件も何か軍事的に利用できないか考えていたのだが、ヒュルケの言葉により引き下がるしかなかったのである。


 影で”王の狗”とまで揶揄されるほどに忠誠心のある彼は、退室する際に憎々しそうにクリスティとイェーガーを見つめていた。


「…まぁ、後で宰相閣下に聞けばよろしいでしょう。

 皆さん、退室しますよ」


 財務大臣、ゴルド・ツヴァイ・ローゼンバーグ侯爵がのんびりと言うと、彼の派閥にいる重臣たちは苦笑しながら出て行く。


 護衛として配置されていた近衛騎士たちも退室することになり―――当初すごい形相でクリスティを睨み付けていたが―――玉座の間はたった5人となった。


 念には念をということで、イェーガーが結界を瞬時に張る。


 近衛騎士団長であるヴィルヘルム・ドライ・ベック伯爵はイェーガーの未知の技術に対応できずに怒りの形相をしていたが、クリスティとしては必要な措置だったので謝罪する気は無かった。


 思ったことはといえば、この城内にいる近衛騎士たちの忠誠心はいったいどこから来るのか、ということぐらいである。


 いうなれば、クリスティも将来的には王に忠誠を誓うことになるが、ここまでの域にまで達するかは疑問だと考えていたが。


「それでは…私がどうやって英霊を召喚したか、ということですが」

「うむ、どのようにその偉業を為したのか、どうか教えてほしい」


 ヒュルケがクリスティに軽く頭を下げた、非公式になったとはいえ、王が軽くでも頭を下げた以上、最大限の譲歩であるはクリスティにも分かった。


「私は、陛下もご存知のとおり『魔力放出不全症』です。

 それを克服するため、私は現代魔導を研究してきました。

 学院にある資料を調べていき、私はある結論に達しました」


 ―――今ある学院の英知では、私の体は()らないと。


「そもそも、これは病気なのではありません。

 最初から欠けているのです。

 いうなれば生まれつき手足のない赤ん坊と同じ、障害者でしかない。

 ならばどうするか、いたって簡単です」


 イェーガーは予測がついたのか、クリスティをニヤニヤと見つめている。


 ヒュルケも想像がついたのだろう、クリスティを恐ろしいものを見るような目で見ていた。


「そなた…まさか」


 ヒュルケの反応にクリスティも分かったのだろう、少しだけ微笑むと、(ローブ)を脱ぎ始めた。


「御想像のとおりです陛下。

『無いのなら作るしかない』、その結果、かつては原始魔法といわれてきた『刻印術式』に私は目をつけたのです。

 まぁ、どこに刻印するかは…言わずとも陛下には御分かりになるでしょうが」


 現在の魔法体系にも、原型(アーキタイプ)ともいえるものが存在した。


 元素魔法や属性魔法、付与魔法とある魔法体系だが、それらが枝分かれする前、たった1つの魔法しかなかったのである。


 それが現在では原始魔法と呼ばれる術である。


 現在ではセイヴァール帝国北西にあるドーヴァー森林地帯にいる現地民族のみが行使している魔法である。


 彼らは全身に複雑怪奇な紋様を刻み、魔法という現象を引き起こすのである。


 しかし、その魔法にはある欠点があった。


 それは、刻印を増やす度に激痛を引き起こし、次第には魂すらも歪めて次の転生は果たせず、世界に怨霊以上の害悪として存在するのことになるのである。


 特別製の皮鎧を脱ぎ、上半身をシャツ1枚になったクリスティは、最後にシャツを脱いだ。


 ここにいたって、羞恥などという安っぽい気持ちは無い。


 むしろ偉大な先人でもあるヒュルケに、自分のしでかした(・・・・)技術を見てもらいたかったのもあったからである。


 ―――というより、年頃の貴族令嬢と違い修羅場を潜り続けたクリスティの肌は所々深い傷が残っており、見るものによっては目を背けたくなるほどの見た目なため、欲情されるなど欠片も思っていなかったこともあったが。


 そう、クリスティの胸元には―――、


「クリスティよ、そなたは…なんということを!」


 赤い、赤い、まるで血で彩られた深紅の複雑な紋様がクリスティに刻み込まれていたのである。


 ヒュルケが激昂し、クリスティはやはりといった表情をした。


 クリスティの胸元に咲いている禁断の華が、どういう術式なのかヒュルケには分からない。


 しかし、ヒュルケは知っていた。


 刻印術式は、概念から、構成から、そのすべてが害悪であることを。


「そなた、わかっておるのか!?

『刻印術式』の危険性はどの資料にも書かれていたはずじゃ!!

  その術式を使ってしまえば、そなたの魂が―――!?」

「―――さすが陛下、この術式を瞬時に理解されるとは、まだまだ現役のようですね。

 ええその通りです、この術式を使ったが最期、私の魂は修復不可能なまで歪み崩れるでしょう。

 もともと、蛮族が使っていたというこのこの原始魔法、正直自分の物にするのには犠牲が多すぎましたが…対処はすでに講じています。

 …イェーガー」

「ん、何だよマスター、ストリップ終わったか?」


 気の抜けた返事が返ってきても、クリスティの気分は別段気にしていない。


「あなたの神器、『虚飾の器(ハローワールド)』だったかしら?

 あれで私の歪み始めている魂を元に戻すことは出来る?」

「余裕もヨユウ、余裕のヨッチャンだぜマスター。

 言ったろう、オレ様に出来ねえことなんざ、片手の指ほどもねえんだって。

 てかさマスター、別にマスターの魂って別段歪み始めてもいねえから、特にする必要なくね?」


 イェーガーの言葉に、ヒュルケが何やら驚いていた。


「はぁっ!?」

「あら、そうなの?

 なら必要はなさそうね、改良したおかげか魂が歪まずに済むだなんて、これはこれで中々にいい実績ね。

 今度魔導ギルドに論文提出しようかしら」


 対してクリスティは暢気そうに、面白そうに苦笑していた。


「まさか…あの刻印術式を改良したじゃと?

 あれはかつて刻印術式を行使していた蛮族、またはその末裔にしかその秘儀が伝わっておらんはず。

 クリスティよ、そなたいったいどうやって?」

「どう、といわれましても…できるまで実験しただけですよ?

 実験体(モルモット)の魔獣を使ってですが」


 冒険者組織に所属しているクリスティは、魔獣を狩っていることが多かった。


 何より金策のためでもあったのだが、刻印術式を研究し始めた際にあることを思いついたのである。


 論より証拠がほしい、と。


 だが、それにはある問題が浮上した。


 刻印術式を使いたがる者が存在しないことだった。


 欠陥術式とまで言われる原始魔法を使う者など現れるわけも無く、クリスティは当初犯罪行為に走ろうか真剣に考えたが、ある依頼中にその考えを一新し、目の前の材料(・・)に目を向けたのである。


 体内に魔力を持ち、犯罪行為に走ることなく目的を達成できる、最適の材料に。


 討伐するはずだった魔獣、クリスティはそこに目をつけたのである。


 討伐証明は実験が終わった後にでも、実験中にでも削いで持っていけばいいと考えたクリスティは、依頼期間の長い、かつ高位の魔獣を中心に捕獲を始めた。


 高位の魔獣であれば魔導師と同じく魔法を行使する魔獣も現れるからで、何度か失敗しかけて殺す事態もあったが成功し続け、実験は順調に捗り続けたのである。


 人間や近親種であるエルフやドワーフにもなると面倒ではあるが、魔獣をいくら弄くろうとも文句を言う者はない。


「そうして行く内に刻印術式を改良し続け、高位の魔獣でも魂が歪むのが遅いものが現れ始めたのです。

 最終的には半年以上持った魔獣もいましたが、衰弱して死んでしまいました。

 食費を切り詰めていたのですが、それでも魔獣には足りなかったようです」


 さらに研究を続け、理論上20年は魂が歪みは遅れると計算を出して、最後の実験として自らに紋を刻んだのであった。


 しかしそれが完全に副作用を克服した刻印術式になっていたというのは、クリスティにも予期しない、嬉しい出来事のようであった。


「イェーガー、私の記憶を読み取って解析してみて。

 この刻印術式なら、魂が歪まずに術の行使が可能なのかどうか。

 陛下をお待たせするのも悪いから、さっさとしてちょうだい」

「へいへいっと、マスターは英霊使いが荒いっての。

 しかも見たこともねえ理論解析しろとかったく…」


 愚痴りながらイェーガーがクリスティの頭を軽く掴んだ。


 クリスティは器用にもその間に服を着直してローブ姿にまで戻っている。


「んー解析完了。

 結論として、魂に重大な欠陥までは及ぶほどじゃねえみたいだな。

 んー、若干精神に支障が出るくらい?」

「具体的には?」

「感情の起伏、いうなれば躁鬱(そううつ)って感じか?

 テンション上がったりダウンしたりと幅が広いわ。

 普通に精神的な病気になるなこりゃ、完全な改良とまではいってねえみたいだぜ?

 マスターがどうして魂の方に異常が出てねえのかは…まぁ、偶然か?

 たぶん刻印術式が予定していたのと微妙に違っているから、それのお陰じゃねえの?」


 それを聞いて、イェーガー以外の面々は嘆息した。


 クリスティは自分が刻み込んでいた刻印術式が違っていたことに嘆息し。


 ヒュルケたちはクリスティの研究成果にどう感想を述べていいのか分からずに嘆息していたのである。


「それは若干とは言わないわ…となると、もう少し改良しないとダメみたいね。

 …という事らしいです陛下、近々完成した刻印術式を論文と共に提出させていただきます」

「そうか…うむ、期待しておる」


 と生返事しか返せないヒュルケを、イェーガーは一瞬だが可哀想な者を見る目でヒュルケを見ていたのを気づく者はいなかった。


 こうして、緩やかに玉座の間では話が進んでいく。


 魔導騎士を目指していること、魔導騎士の訓練が他の騎士団と違い段違いに過酷なこと、それを覚悟した上で目指していることを。


「それでお願いがあるのですが陛下、よろしいでしょうか?」


 ヒュルケはこの短期間にクリスティがいったいどういった人物なのか分かっていた。


 目的のためには手段を選ばないが、周りの反応を考慮した上での合理的で明晰な頭脳を持った、真っ当な狂人(・・・・・)なのだと。


「申してみよ」


 おそらくは無理難題ではないと予測がついていた上でヒュルケであったが、それでも不安は拭えない。


「はい、練兵場の一画を使わせていただけないでしょうか?」


 凡そ無害なクリスティの願いに、ほっと安堵するヒュルケ。


 おそらくは周りにいる騎士や兵士たちの錬度の下見や、今後の自己アピールなどを考えた上での願いなのだと考えたヒュルケは、構わないと言いヴィルヘルムに命じクリスティたちを案内させるのだった。


 しかしそれが、魔導騎士を中心とした『革新派』と近衛騎士出身者を中心とした『貴族派』の双方の長きに渡る対立の切っ掛けになるとは、ヒュルケには予想出来なかった。





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