あっという間に魔改造
翌日、クリスティは迎えに来た王宮からの馬車に乗りイェーガーと共に王城へ向かっていた。
「お嬢、そう言えばその魔剣かしてくんね?」
「…別にいいわよ」
愛用していた魔剣【ボルグ】をクリスティは素直にイェーガーに渡した。
渡した瞬間、柄を残して鞘ごと溶けた。
「…イェーガー?」
「まぁまってなお嬢、オレ様の魔法でこのショボイ魔剣をグレイトな魔剣にしちゃるぜい、ついでにその機械弓もな」
そのショボイといわれる魔剣に5年以上助けられていたクリスティとしてはなんとも言えない気分にさせられた。
そして機械弓に至っては、鍛冶師のボウリと長い間かけて作り上げた努力の結晶である。
とはいえ、前回の火龍ライルとの先頭で刃が歪んでしまっていた魔剣であることには変わりなく、いずれ新しい剣を探す予定ではあったので、今まで聞いてきたあの情けない声の主との別れにほんの数秒思いを馳せ目を閉じる。
そしてグレイトという言葉に期待しながら、クリスティは揺れる馬車の中でイェーガーの見せる遊戯を見ていた。
見た感じ柄をオモチャにしてがちゃがちゃと弄っている様にしか見えないクリスティは、凡その推測を立てながらイェーガーに訊ねる。
「イェーガーあなた、錬金術も出来たりするの?」
「おうよ、オレ様に出来ねえことなんて片手で数えるくらいしかねえんだぜお嬢?」
鼻を鳴らしながら聞きもしない自慢話を始めたイェーガーに、クリスティは暇つぶし程度に、錬金術を眺めながら聞いていた。
「それはすごいわね」
自身満々なイェーガーにさして真面目に返さなかったクリスティだが、内心は『いいからさっさと剣直せ』と少しばかり苛立っていた。
溶けた剣身が複雑に膨張しながら収縮していき、途中イェーガーがどこから取り出したのか目に痛いほどの色を見せる赤い金属を混ぜる。
「それは?」
「ヒヒイロノカネつって一種の魔法生体金属だ、こいつはオレ様の世界のある地方じゃ神具の材料にされてて、軽い・硬い・錆びないの三拍子揃ったいいものだぜ」
元の状態に戻った剣は以前と違い、ヒヒイロノカネという金属をふんだんに使った、手に持つのに躊躇してしまいそうな魔力を纏った剣が出来上がった。
さらに一工夫するのか、イェーガーが金剛石のような宝石を柄に埋め込んだ。
『インストール』という魔法を使うらしい。
何かの付与魔法らしく、怪しくはあるが剣の出来に更に期待するクリスティ。
すると、10秒もしないうちに魔法を済ませたのか、イェーガーはクリスティに剣を返した。
形状は以前より細身で長めな真紅の剣身となっているが遥かに軽く、切れ味についても見ただけで分かるほどに鋭い。
一仕事終えたのか、イェーガーがふふんと笑ってみせる。
「よしおーわった。
自動攻撃、自動防御、分節攻撃その他モロモロモロ、色々と完成度の高い作品にしといたぜお嬢」
『認証完了、ご命令を、マスター』
剣から声が聞こえてきて思わず目を見張るクリスティに、イェーガーは悪戯が成功した子供のように笑った。
「はは、念話はお嬢にしか聞こえねえから心配すんなよ?
ついでにオレの知識も一部転写してるから、戦闘の助言とかの役にたつぜ」
『再度確認。
ご命令を、マスター。
…返答なし、待機状態に移行します』
自己判断をした剣は、待機状態に移る。
漏れ出していた魔力が収まり、ただの剣にしか見えなくなったクリスティは、イェーガーをじとっと見る。
「…イェーガー、この剣にあった思念体はどうしたの?」
「あーあれな、邪魔だったからオレの魔法で上書きした。
お嬢に聞こえる声あるだろ、それが前憑いていた思念体だぜ」
以前まで聞いていた声だと思い出したクリスティは、あの恨み言がもう聞こえなくなるのかと思うと、特に何の感慨も無くまあいいかと思うのだった。
耳障りな雑音より、有益な助言のほうが遥かに価値があるのは明白なのだから。
声音を残して新たに生まれ直した剣の名前を聞くと、魔剣【フレイ】とイェーガーが答えた。
機械弓については、周囲の魔力を収束させて放つという、クリスティにとっても理解不能の機能を持った弓が生まれた。
名前も一新されて、魔弓【フェイト】という名になる。
こちらも魔剣【フレイ】同様に知性があるらしく、通りのよい女性の声で『お役に立ってみせますわ』と上品そうな挨拶をクリスティにしていた。
魔剣【フレイ】を”剛”とするならば、魔の弓【フェイト】は”柔”というところだろう。
「…困ったわ」
「お嬢?」
そわそわし始めたクリスティに、イェーガーが訝しげにマスターを見つめる。
「試し切り―――試し撃ちもだけど―――したくなってきたの、どこかに手ごろなワラ束無いかしら?」
凡そ少女の反応ではなく、そのことに気づいていないクリスティにイェーガーは面白そうに、かつクリスティの望む答えを返した。
「…城の練兵場使えるか聞いてみるか?」
「そうね、そうしましょう、ついでに騎士団の視察も兼ねれるし、一石二鳥ね」
ガラガラと音を立てながら進む馬車の中で、満足げに頷くクリスティなのであった。
一方、御者台に座っていた使者は、そのワラ束にならなくてよかったと心の底から思うのであった。
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―――玉座の間。
ヒュルケ・ヌル・バルトリムは、玉座で文官たちの報告に耳を傾けていた。
何の報告かといえば、英霊を召喚した魔導騎士候補生、クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグについての報告だ。
報告を聞けば聞くほど、頭には疑問しか浮かび上がらないヒュルケであった。
そも、魔法が絶対に使えるはずが無いという『魔力放出不全症』なのにも拘らず、英霊を召喚してみせたという事が1点。
辛うじて身体強化魔法が使えるだけの学生にいったいどうやってそのような偉業を成し遂げられたのか、現在調査中とのことらしいが、おそらくは術者であるクリスティ以外には分からないだろうと捜査は打ち切っていた。
次点で、それまで魔導騎士候補生としては評価が低いものの、座学においては学院始まって以来の逸材とまで言われていたクリスティに、学院側が何ら対処を1つもしていなかったことである。
このことについては学院長から直接証言が取ってこれていた。
いわく、『彼女が決めたことに、教師が口を挟むことではない』とのことであるが、教師ならばその生徒にとって何が最善か勧めることが第一なのではないかとかつての教え子であったヒュルケあたりは思うのであった。
「…とはいえ、これまでの経緯を聞くに、家との隔絶は凄まじいものがあるな。
実の兄妹ですら、魔法の的にしか考えないとは…親でもあるリンデンバーグ卿の放任は度が過ぎているとしか思えん」
臣下のいる前で国の重臣でもあるリンデンバーグ侯爵に苦言を呈したヒュルケではあったが、そのことに臣下一同は渋い顔をしながら表情を硬くした。
たとえ感情論であろうと、王である以上公の場で出の発言は大きな影響力がある。
現在2人の王子と1人の王女の父である彼からすれば、ダニエルの育て方は理解できなかったのであろう。
「…仕方ないといえましょう。
なにせ、リンデンバーグ家は魔導の名門。
その家に生まれておきながら、『魔力放出不全症』を持って生まれてしまったのであれば、いくらリンデンバーグ卿といえど例え我が子といえど非情にならずにはならないでしょう」
宰相であるリィ・ドライ・スパルダン伯爵も、この国の価値観にある『魔力絶対主義』に対してさして疑問を感じることなくこれまで50年以上生きてきた身である。
周りにクリスティのような障害を持った者と何度か会った事があったが、みな等しく”役立たず”と即座に判断して切り捨てていた過去を思い出した。
「…これは推測ですが、リンデンバーグ卿はクリスティ…殿に成人となったらすぐに家との縁を切ろうとしていたのではないでしょうか?
親子としての情が邪魔をして中途半端に関わるより、いっそ最初から関わらなければの憐憫の情といった諸々の情も邪魔をしなくなる、そう考えて、幼少の頃からあのような放任―――いえ、放置ですな―――をしてきたのでしょう」
「…となると、問題はこの後に起こるだろうリンデンバーグ家の家督問題か?
余としてはクリスティが当主になったところで面倒にしかならないゆえ、いっそのこと家を出ることを勧めようかと思うが宰相よ、どう思う?」
「そうですね…、リンデンバーグ領という重要拠点を管理しながら魔導騎士として生きていくのはさすがに無理があるでしょうから、陛下のご随意になされるのがよろしいかと。
それと別件ですが…情報通りクリスティ殿と契約している英霊がかなりの実力者ならば、有効活用しない手は無いでしょう。
特に、目下の問題でもあるセイヴァール帝国の件でも、非常に有効な手札となることには間違いありません。
…あとついでではありますが、30年前から続いているヘイム自治州の問題も片付いてくれるとありがたいですな」
勢力を拡大してきているセイヴァール帝国が、山脈越えや海からの侵入を試みようとしている情報をすでに突き止めているバルトリム王国側ではあるが、天然の絶壁であるヒムラー山脈を越えられるわけが無いとどこか安心しており、そして海からは私領船などが横行してはいるが、バルトリム王国の船を使った主な貿易相手はウェズエル皇国やノズドワ王国といった帝国とは反対側に位置している国がほとんどである。
その上被害額もそれほどではないということもあり、危機感というものが国内にほとんどといっていいほど無かったこともある。
そしてリィがやや苦々しそうに呟くヘイム自治州について、ヒュルケはうなずいた。
ヘイム自治州は30年前に前ヘイム子爵領出身の魔導師が英霊を召喚したことにより、それを好機と見た子爵がバルトリム王国から独立しようとして、途中隣接していたエレイナ共和国連邦からの横槍から宗主国をどちらにするか揉めた経緯のある土地である。
世界に50人といない最高戦力でもある英霊を守りの要とした要塞都市は、いまだ不落を誇っている。
この自治州は何かと英霊という鬼札を背景にバルトリム王国やエレイナ共和国連邦から援助を求めており、その額や物資も年々増加してきてヒュルケの頭痛の種の1つであった。
「そう…だな、ヘイムの件も現実的な問題として実に由々しきことである。
独立するといっておきながら、いつまでも援助に頼るなどまるで寄生虫、いっそのことかの英霊と戦わせ、もう一度かの地を併呑することも視野に入れたほうがよい…か?」
「良き案ですな、帝国が我が国に攻め込むまでまだ時間もかかりましょうし、ここは国力を上げ軍を拡張し錬度を上げることが必定かと存じます」
とリィがヒュルケの案に賛同し、他の重臣たちも一様に頷いて見せた。
最後にセレヴィ元帥が恭しく頭を下げ、後日計画書を提出すると言うと話は終了した。
「あとはクリスティを待つのみか…年はもうすぐ15だったか、魔導騎士団を志望するのなら自由恋愛となるだろうし、貴族の子弟を紹介するわけにも行かぬか…」
「それとなく紹介するくらいならば構わないでしょう。
報告によれば、クリスティ殿はこれまで男性との交友関係は殆ど無いとのこと。
冒険者ギルドでは密かな人気はありますが、当人は気づいてはいないようですしな。
こちらで情報を調べ、彼女の好みの男子を遠まわしに紹介する程度に抑えれば、問題はありますまい」
馬車が到着したと文官からの報告があり、ヒュルケは玉座の間にいる全ての者に気を引き締めるように厳命した。
後日の報告で、彼女の好みが全くもって不明というふざけた報告が上ってきて、美形を基本とし知的系体育会系財力系とリストを作っていた宰相直属の文官衆は、徹夜して作ったリストが台無しになったと嘆くのであった。