幕間 放任親父とダメ執事
リンデンバーグ侯爵家別宅内にある一室では、ミハエルとレーヴェが向かい合っていた。
バーレンは家宰のシトから従者としての心得を叩き込まれている。
執事長や家宰になる前はシトも従者として1から働いていたため納得の人選かとレーヴェは思ったのだが、あの頑丈なバーレンにシトがどれだけ仕上げられるのか、興味があった。
レーヴェの場合は執事業を殆どそっちのけで実戦をやっていたため、自分の様に形だけ執事な私兵が出来上がるのではと若干の危惧があったのだ。
主であるクリスティにそろそろマトモな執事、または従者がいないと今後差し障りが出るのではないかと思ったのである。
思ったのはいいが、そこから先はどうしようもなかった。
レーヴェは自分が執事としては精々が見習いレベルでしか働けないことを理解していた。
自分は主の剣である、使い勝手のよい、便利な拳である。
分かっている、主の気分次第で何時でも捨てられる、代えの利く存在なんだと。
バーレンなら、優秀な従者として主に仕えられるのではと、代えが中々利かない存在になるのではないかと、そう期待してしまっている自分に自重しながら、レーヴェはミハエルの言葉を待つのであった。
「…今日が最終日だ。
クリスティは帰ってきているのか?」
ミハエルは領地から持ってきていた仕事を片付けながらレーヴェに尋ねる。
「受付の時間にはまだ余裕があります。
大丈夫だとは思いますが、もし今日帰ってこなかった場合…なんとしても受付の方にはお嬢さまの受付申請を済ませてもらわなければいけません」
レーヴェが固い口調でミハエルにそう答える。
ミハエルとしても同感であった。
もしこの状況でクリスティが帰ってきて受付申請が終わっていなかった場合、当然だがクリスティは試験を受けることが出来ない。
そのときクリスティと、何よりイェーガーが何をするのか、想像するも恐ろしいことになるだろうことは間違いない。
「…方法は任せる、気づかれんようにしろ」
考えることを一旦放棄して、簡潔にレーヴェに伝えた。
ミハエルとしてもその様な事をして歴史ある試験を汚すようなことはしたくない。
とはいえ、こうでもし無ければミハエルどころかリンデンバーグ家自体に大きな災厄として降ってかかるのは目に見えている以上、こう言い聞かせることにした。
『試験の不正をしている訳ではない、勝つと分かっている者に少しだけ便宜を図っただけだ』と。
聞く者からすれば何を言っているんだという話なのだが、今試験でのクリスティの期待度は天井を突き破るほどに高い。
頭一つ所ではない、ダントツの1位である。
続いてヴォルフガング・ドライ・テスタロッサ、僅差でルーディー・フィーア・リスデン、他にもケイロン・ドライ・ヘッセンといった学園でもトップクラスの学生たちが並んでいた。
学園での成績では圧倒的にクリスティが及んでいないが、学業での成績と学園の外、つまりは実戦ではその成績など1つの要素に過ぎない。
試験では大会のような大規模な行事となっており、多くの人々がいる中でその戦いぶりがみられる。
民衆は知るだろう、クリスティの常識知らずな力を。
貴族は思い出すだろう、クリスティの苛烈すぎる力を。
対戦者たちは絶望することだろう、相手と自分との力の差を。
ミハエルとレーヴェはそれぞれ思惑は違うがクリスティのために行動を移そうとした。
とそこへ、突如日常とは無縁の爆発音が屋敷の門付近で起きた。
「なんだっ!?」
「敵襲ですか!?」
『ヘイジャリ共、イェーガーさんがおっこしデッスよー!!
出迎えも寄越さねえたあどういう了見ダイ!!』
門から先ほどの爆発音にも劣らない大声が響いてきた。
自己主張の強い、我の強い狂気の英霊の声である。
「…フム、やつが帰ってきたということは…」
「はいっ!!
お嬢さまも帰ってきているはずです!!
いえ、間違いなく帰っているでしょう!!」
レーヴェの反応にミハエルも内心ほっと一息を付いた。
このままクリスティが帰ってこず、今回のように裏工作に出ようとしたとき、ふとした所で不正がばれてしまうかもしれないと危惧していたのである。
危ない橋を渡る必要もなくなったと安堵したミハエルは、シトに案内されてきたイェーガーを迎え入れた。
「まずは出迎えも寄越さなかった非礼を詫びよう、イェーガー殿。
貴殿が帰ってきているということは、クリスティも帰ってきていると考えても良いのですかな?」
「おうよ、お嬢は今修行の垢を取ってるところじゃんよ。
それ済んだらすぐに受付行かんといけねえから、その仕事もぱぱっとやっちまえよ?」
30分と少しほどの時間をかけ、一段落ついたミハエルは急ぎイェーガーの転移でクリスティのいる宿屋へと付き、その足で受付所へと着いた。
ミハエルは何をするにも馬車で移動していたため余計な汗を掻いて少々見苦しかったが、それでもクリスティの前で失態だけは犯さず、無事試験の申請を済ませた。
終始クリスティの髪型や服装がクリスティの母であるエカテリーナを思い出し、やはり一度じっくり昔話も交えながら親子の会話がしたいと思うミハエルなのであった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
セイヴァール帝国とバルトリム王国は隣国同士であるが、それはヒムラー山脈を間に割っての話である。
かつては軍を使ってこの山脈を越えようとした将軍がいたが、山頂へたどり着くことも出来ずに失敗するという経験から、バルトリム王国へと何かあった際は山脈を迂回するルートを取ることになっていた。
しかし問題があった。
迂回するルートにはある国を通過しなければならないのである。
シグルド武国、古くから『傭兵の国』『戦士の国』といわれる大陸でも有数の歴史を持つ国である。
この国の特徴は異名からして想像がつくが、『国民皆兵制』という国民が全て傭兵、または戦士という国家である。
イェーガーのいた世界にもこの制度はあったが、女性は男性よりも兵役の期間が短かったりと規定が緩かった。
しかしこのシグルド武国は違った。
国民が男女平等に、一定の年齢から10年という期間を軍人として過ごすのである。
10年以降は志願制ではあるが、国民の約6割が軍人という、中規模の国土を持つ国ながらその実、軍事力はセイヴァール帝国に引けを取らないほどの軍事力を保持してきている、『東の守り手』なのである。
商人や冒険者と違い、厳重な検査を受けた集団がようやく門を潜り抜けた。
「……ようやく検問を抜けたか。
ここがバルトリム王国、噂に聞いていたがなんとも平和そうな国だな」
帝国が誇る最強部隊、黒蹄騎士団団長であるアルトリウスは全身鎧の中そうごちた。
セイヴァール帝国は元々大陸の中心にあった小国であった。
国土も豊かではないし、全ての大陸を順位にすれば間違いなく下から数えた方が早いほどに貧しい国だった。
内陸国だったために、その殆どを輸入で賄っていた為、莫大な出費が毎年かかっていたのである。
唯一大陸の中心であったが為に様々な国がこの国を中継していった為、王都は多少見栄えはしたが、周辺の土地にまで手は回らないほどに荒れていた。
この国がどうして侵略されなかったかといえば、単純にメリットがなかったからだ。
侵略したとしても出費が嵩むばかりで金も生まない、際立った産業があるわけでもない、無い無い尽くしの貧乏国家に、どの国も見向きもしなかったのである。
だが、そんな国に転機が訪れた。
国内で岩塩の鉱床が発見されたのである。
塩は古来から、調味料や食物の保存に用いられた馴染の深いものであると共に、生命力の源ともいえるものだ。
鉱床は規模からして大陸を探しても見つからないほどの生産量で、一躍セイヴァールは経済大国の仲間入りを僅か4年で果たすことになった。
周辺国家はなんとしてもセイヴァールを自国の物にしようとしたが、周りの国の牽制をし合っている内にセイヴァールは軍事に力を注ぎ、そう簡単には落とせないほどに強力な軍隊を保持するようになった。
そしてセイヴァール帝国に2度目の転機が訪れる。
英霊の召喚が成功したのだ。
召喚したのは魔導師の英霊で、ハルミンと名乗った。
そして時の帝王、アレハンドロ2世は大陸統一を掲げ大陸中の国家に対して宣戦布告をした。
最初に餌食となったのはカムラン王国という経済大国であった。
カムラン王国を飲み込んだと同時に周辺の国家を僅か5年で平らげると一旦内政に力を入れ、3年後一気に4カ国を併呑した。
その頃更に魔導師の英霊が驚くことに英霊を2体も召喚したこともあり、20年で大陸の中央をセイヴァールの名で覆い尽くした。
現在はヒリアス共和国に対して戦線を集中しているが、西側、南側を集中的に侵略していき、詰みの形でシグルド武国に侵攻する計画が練られていた。
そんな中での、バルトリム王国訪問である。
なんでも規格外の英霊が現れたと魔導師の英霊が占術で詠んだらしく、今後の挨拶も兼ねて最強と名高い黒蹄騎士団が赴くことになったのである。
表向きは技術交流という事になっていて、それなりに研究員も数人ばかりではあるが同行している。
「いやいやアルトリウス、つい最近までこの国内戦してたやないか?
平和そうだなんて冗談、真顔で言わんといてや、腹捩れるわ」
馬車からひょっこりと顔を出した青年がアルトリウスをからかうように話しかけた。
「…ハルミン、お前は今研究員という立場なんだ。
ヒラの研究員が騎士団長に対してタメ口きくんじゃねえよ、絞るぞ」
アルトリウスはハルミン―――英霊に対してぞんざいな口を利くが、本人は至って気にしていない。
肌理細やかな黒い長髪を腰まで届かせたハルミンはくつくつと笑っていた。
「アルトリウスはホンマ怒りんぼさんやね?
どうせこの辺りに見張っとる連中なんておらんし、気にせんとええねんで?」
魔導師の英霊は既に探知系の術式を展開して周辺の状況を調べていたようである。
辺りは平原と荒野の中間の地形で、見渡す限り人が隠れれる場所もない為、探知は簡単に終わったようである。
「ふん、俺は怒ってなどいない。
このような状況下で前線を離れることになった事に苛立っているのだ」
「…アルトリウス、人はそれを怒ってるっていうんやで?」
冷静に突っ込みを入れたハルミンに、アルトリウスはふんと鼻息を荒くしてそっぽを向く。
「―――ん、何やあれ?」
「どうかしたのかハルミンっ!?」
ハルミンの反応に訝しんで何事かと聞こうとしたのだが、ハルミンが見た物が突如目の前に現れた為に思わず一瞬ではあるが反応が遅れた。
それは異形の生物であった。
全身を真っ黒に覆った犬のような姿で長い毛が生えており、爪の無い脚は熊に似ている。
脚はあるのだが、自分の尻尾を咥えていて何がしたいのかさっぱりなアルトリウスであったが、気づいたことがあった。
それは目の前の存在がここにいる全員が束になっても勝てるか怪しいほどの、そんな埒外の化け物だったのである。
「…んー四凶に出てくる『渾沌』に似とるけど…中身は全然ちゃうわな、全くの別もんや。
どっかの魔導師が放った式神…にしてもこんなけったいな化けモン作れるんかなあ?」
暢気そうな声で観察していたハルミンはアルトリウスに離れておくように指示した。
「アルトリウス、ちょっと悪いんやけどこいつ、サシでやらしてもらうで?」
「こちらとしてもありがたい、さっさと焼き払ってくれ」
アルトリウスが冷静さを取り戻して馬車から降りたハルミンを残し後方へと下がっていった。
『ノウマク―――』
バルトリム王国でも使われていない、異国の詠唱をハルミンが唱えたと同時、地上に光が溢れた。
それは黄金色に輝く、神々しいまでの炎であった。
「…何や、えらい歓迎やなこら」
ポツリと呟くハルミンに、用が済んだと思ったアルトリウスが馬車にハルミンを突っ込み急いで馬車を走らせた。
何しろ謁見の日取りまであと3日、距離的に1日余裕があるかないかの時間なのである。
ハルミンの意味深な言葉も、今となっては聞いても遅い。
アルトリウス一行はこうしてバルトリム王国で非公式ながらも手荒い歓迎を受けたのであったが、その犯人の魔手が誰の手にもかからずにことも無く済んだのは、黒幕からしてもちょっとした誤算であった。
感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。
よろしくお願いします。




