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帰ってきたばっかりでいきなり・・・

 


 その日、門番は怪しい人物を見つけた。


 明日の魔導騎士団入団試験を前に王都はいつも以上に人が増えてきている。


 それに比例して門を潜る農民や商人、傭兵、貴族などの馬車が潜っていくため、門番の仕事量はここ数日間で苛烈の一途を辿っていた。


 大抵門を潜る者たちは旅をしてきているとあって少しばかり汚れている風体が多い。


 綺麗なのは貴族や豪商くらいだろう。


 しかし、門番が見つけたのはその中でも際立っていた。


 ぼさぼさに伸びきって何の手入れもしていないくすんだ灰色の長髪。


 一体何日体を拭かなければそれだけの異臭を撒き散らせるのかという、周囲の人間が遠巻きにするような不審者が門を通っていった。


 ふらふらと歩く様に門番は慌ててその不審者を止めようとした。


 あのようななりでいられては、間違いなく問題になる。


 明らかに不審人物なのである、彼、もしくは彼女を呼び止め、一度聴取を取ろうと不審者の下へと駆け寄ろうとした時、先輩の門番に止められた。


「バっカやろうっお前、死ぬ気か!?」


 余りの剣幕さに押されてしまったが、不審者に対して聴取、または尋問をしようとしたと伝えると特大の拳骨をお見舞いされた。


「ありゃあ身元もしっかりとしたお人だ、まかり違っても不審者を見るような目で見てそんな事してみろ、首が飛ぶぞッ!!」


 先輩の門番は顔を真っ赤にして言うと、そそくさと持ち場へと戻っていく。


 後に知る事になるのだが、あの怪しさ爆発の不審者があの(・・)クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグなのだと知るのは、まだ先となる。


 門番はそのときに心の底から思った。


 ―――声をかけなくて本当によかったと。


 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■


 クリスティは門を潜ってから自分を汚い物でも見るような者たちの目を辟易としながら溜息をつく。


 実際に自分が強烈な異臭を放っていることに自覚がある分、その視線に対して理不尽だとは思っていない。


 自分は臭いのだと認識したクリスティは歩を冒険者ギルドへと進めていたが変更することにした。


「……イェーガー、さすがに目立っているわ。

 一旦宿屋に戻るわ。

 いい加減このクッサイの限界なのよ。

 手続きはもうレーヴェがちち…侯爵閣下と一緒に済ませているだろうから別にかまわないわ」


 言い直したクリスティにイェーガーはニヤニヤとしながらスルーした。


 クリスティはイェーガーが何を思っているのか凡そ分かりながらも敢えてスルーしている。


 伊達にこの数ヶ月、お互いのみで生活してきた中というだけあってか、簡単な意思疎通は会話をせずとも可能となっていた。


「了解したぜよお嬢。

 つーかそんなにクセえか?

 死体の方がもっとクセえと思うんだけどよお?」


 イェーガーのいうことが極論であることは分かりきっていたが、それでも臭いものは臭いのである。


 雨で服が濡れて気持ち悪い感触に苛まされる様に、生理的な感覚なので仕方ないのだ。


「普通の人間は意外と臭いに敏感なのよイェーガー。

 別に他人に配慮する気なんてさらさら無いけど、私自身がこの状態でいるのがイヤなのよ。

 オワカリ?」

「へいへい、オワカリだっつーの。

 ワンコ2匹とジョナちゃんに会うのは…もう4ヶ月近くになんのか。

 いやー、修行してると一日ってあっちゅー間じゃったわい。

 何とかお嬢のスキル習得も間に合ったことだし、オレ様としても優秀な生徒で助かったぜよ」

「正直間に合わせないとあの地獄が延々と続いていたんだと思うと今でも憂鬱になるわよ。

 …イェーガー、将来私が部下を率いる事になったとしても、せめてあの10分の1くらいで押さえなさいよ?

 訓練中に死ぬだなんていう不名誉な死を晒すだなんて、廻り廻って私の不名誉に繋がるわ」


 特訓という名の地獄に身を浸していたクリスティはあの地獄の日々を思い出す。


 間違いなく人の身で長期間訓練するのは精神に支障が出るだろう悪夢のような訓練内容だった。


 自分が言い出したことだから不満と怒りを胸に仕舞って続けていったが、そうでなければあんな経験、二度としたいと微塵も思わない。


「…お嬢って気持ちがいいくれえに自由だよなぁ。

 まあ別にオレ様いいけどよお」


 呆れながらもイェーガーはクリスティたちの取っている宿屋へと向かっていく。


 しばらくして宿屋へと着くと、何故か入り口でジョナが1人右往左往していた。


「あらジョナ、久しぶり。

 元気そうで何よりだわ」


 感情がまるで篭っていない言葉を口にしながらクリスティはジョナに手を振った。


 実際クリスティは今までもクリスティの第一声は感情が篭らない場合が多い。


 単純に相手に対してフランクに接しているつもりのクリスティだが、聞く者のほぼ全てが素っ気無い、冷たいといった印象を受けているためむしろ逆効果の一途を辿っているのだが、それに本人は気づいていなかった。


「……やっと帰ってきたと思ったらその第一声、なんだか気を揉んでいたこっちがバカみたいね。

 はいはい、お帰りなさいクリスティ。

 修行というか訓練だったっけ?

 試験前日に終わらせるなんて、大変だったみたいね」


 このみすぼらしい状態の不審者を一瞬でクリスティだと看破したジョナは異臭に関しては特に何もいおうとはしなかった。


 そのうえで、数少ない理解者のうちの1人であるジョナはクリスティの気の抜けた言葉にほうっとため息をついた。


 お互いが仲の良い友人同士の2人にとっては、この会話だけでも十分に喜ぶべき事柄なのだから。


「大変だったというかなんというか…正直、これまでの特訓がぬるかったんだなって自覚させられたわ。

 私、正直もうあの訓練はたとえスキルの習得の為とは言えやりたくないわ」


 一瞬にして暗くなったクリスティに一体何があったのかとイェーガーを問い詰めたくなったジョナであったが、それどころではない。


「ちょうどよかったわクリスティ!!

 明日の試験なんだけど、もうすぐ受付の時間が終わるのよ!!」


 何を当たり前のことを、とクリスティはそう思いながら首をかしげているが、ジョナの言葉に引っ掛かりを覚えたクリスティは聞きなおした。


 そう、まるで―――、


「…ねえジョナ。

 その言い方だとまるで私が試験の受験申請を受付で済ませていないような気がしてならないんだけど…受付は1ヶ月前からよね?

 侯爵もいながら一体何を?」

「あたしもその時初めて知ったんだけどさ…あの試験の受験申請…本人がいないと受け付けてくれないんだよ!!」

「な、なんですって!?」

「まじやぁっ!?」


 ジョナからの驚愕の事実にクリスティとイェーガーが同時に目を見開いた。


 侯爵、クリスティの父でもあるミハエルは1ヶ月前から毎日この宿屋に来てはクリスティが帰って来ていないと聞くと王都にある別宅に帰るという日を続けていて、先ほども擦れ違うかのように帰っていったらしい。


 タイミングの悪さにクリスティも頭を押さえた。


 もはや悠長に風呂を入るなどという時間を費やしている暇は無い。


「…イェーガー、分かっているわよね?」

「アイアイお嬢、ちょっくらお嬢んとこの親父さん連れてくっから、少しでもそのカッコウ(・・・・)どうにかしときな。

 いざとなったらオレ様の魔法でどうにかしてやっからよぉ」


 阿吽の呼吸といってもいいのか、クリスティの言葉に即座に対応したイェーガーはすぐに転移してその場から消えて言った。


 ミハエルのいるリンデンバーグ侯爵家別宅へと向かったことは分かったのだが、クリスティは頭を押さえた。


「あのイェーガー(バカ)…理解してても順序が逆でしょうが」


 臭い・汚い・気持ち悪いの3K状態であるクリスティをどうにかしてからミハエルを連れてこいと伝えたつもりが、順序が逆になっていたのである。


 クリスティはミハエルに対してお願いする立場の人間である。


 いくらミハエルがクリスティに負い目を若干ながらも感じていて、厄介の種でしかない不肖の娘であろうと格好というものがある。


 せめて清潔な状態でいない都と思いクリスティはすぐに宿屋の裏手にある簡易風呂場へと突撃した。


 これはクリスティがイェーガーに命じて作らせたもので、温度調節をする魔道具と同期することによって出来た風呂釜で、魔道具職人からしたらのどから手が出るほどに高度な魔道具である。


 優先権はクリスティにあるが、本人がいない場合は基本的に有料で他の宿泊客が使用していた。


 突撃していくと風呂場は誰もいない。


 クリスティは後から追いついてきたジョナに代えの服を取りにいくように頼むと脱衣場でもないのに服を脱ぎ始めた。


 ジョナはクリスティの上半身の背中をみて思わず息を飲んだ。


 クリスティの背中はこれでもかという位に切り傷矢傷火傷といった傷という傷をその身に残していたのである。


「クリスティ、アンタその怪我…!!」


「ああこれ?

 ちょっと訓練中にドジ踏んじゃってうっかりやっちゃったのよ。

 イェーガーの奴、とんでもないトラップ作るんだから困ったものだわ」

「けどあいつだったらそんな傷綺麗に治せるじゃ―――」

「私が飽きるまで残しておくようにいったのよ。

 それに良い婚約避けになると思わない?

 こんな傷だらけの女、誰が抱きたいと思うの?」


 まるで気にしないというクリスティの反応にジョナは声を荒げようとしたのだが、クリスティの言葉にもう何もいえなかった。


 クリスティの言葉に同意したわけじゃない。


 本当に好きな女がどれだけ傷だらけでも、それを愛した男なら抱いてみせるだろうと思ったが、そういうわけじゃない。


 ジョナはただ、クリスティが自分との約束を覚えているのか不安になったのである。


『自分を少しだけでいいから大切に扱って欲しい』。


 たったそれだけの約束で、クリスティは了承したはずだった。


 しかし現実はこれである。


「…分かった、すぐに着替えとって来るからさっぱりしときな。

 臭いままだったらまた風呂にブチ込むかんね?」


 そういい残すと、ジョナは急いでクリスティの部屋に入ると着替えの服を取って下に下りていく。


 5分とかからずに戻ると、クリスティが素っ裸のままで風呂場の入り口にいた。


 周りに他の宿泊人がいないことに不思議に思ったジョナだったが、宿屋の主人が気を利かせたことを後で知ったジョナは感謝したのであった。


「…アンタにとっちゃ、これでも約束を守ったほうなんだろうねぇ」

「……?

 何かいったジョナ?」

「なんでもないよ…たく、風呂場をこんなに汚しちまって!!

 風呂掃除する従業員の身にもなってやんなよ!!」


 ガシガシとタオルでクリスティの頭を拭くジョナに『乱暴ねジョナは』といってまるで気にも留めないクリスティにジョナは将来の主人に頭を悩ませるのであった。




感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。

よろしくお願いします。

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