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猟兵参上

 




 魔方陣が火龍の息吹(ブレス)を弾く。


 ケイロンはクリスティがまた魔道具をつかって防いだのかと思ったが、展開中の魔法陣と爆煙でほとんどが見えなかった。

「…お嬢ちゃん、あんたが俺の主君(マスター)か?」


 一方、クリスティの目の前には、不可思議な状況が広がっていた。


 クリスティより頭2つ分ほど高い巨躯の朱髪紅眼の容姿端麗な―――とはいえ、何か含みのある笑みをしていたせいで胡散臭い―――赤装束の男が腕を組んで自分を見下ろしていたのである。


 クリスティは男の言葉が何を意味しているのかに気づき、若干の喜びとともに呆れの様な表情を見せていた。


 目の前の男は、先日の『英霊召還実験』に自分が呼び出そうとしていた、『異世界』の英霊だったのである。


 本来、『魔力放出不全症』であるクリスティには召喚術など夢の夢、召喚獣や異世界の存在を呼び出すことなど、成功するはずがなかった。


 しかしクリスティは、ある方法を使い、その召喚を可能としていた。


 ―――一生、体に消せないキズを付けて。


「…ええ、そうよ。

 昨日召喚したというのに、ずいぶんと重役出勤ね、危うく死ぬ寸前の状況だったのよ?

 何か言うことはある?」


 それを聞くと、男はニヤリと笑って見せた。


「イヤー悪い悪い、呼ばれてすぐに気づいたんだが、場所が場所でな。

 来るのに丸1日かかるところに居たんだ、これでも急いだほうなんだぜ?」


 言い訳をのたまう男に、一応の謝意があるのを見抜いたクリスティは、それ以上追求しようとはしなかった。


 分かりきっている事をネチネチと言えるほど、悠長な状況ではないからだ。


「…あなた、できればクラス名を教えて頂戴」


【真実の名】はまた別の機会に知れば良いと思い、彼女は男のクラスとその運用方法を模索しようとした。


 男は芝居がかった仕草で両手を広げて、高らかに宣言する。


「我は猟兵(イェーガー)、戦場を駆ける戦鬼!!

 破滅を撒き散らし混沌に悦を見出せし悪鬼よ!」


 その言葉を聞き、クリスティは思わずイェーガーのステータスを覗いて、生まれてはじめて魔獣と戦ったとき以上の戦慄が背筋を駆け上らせた。


 ■ ステータス

 名称 イェーガー(■■■・■■■■■)

 属性 混沌・善

 筋力 S+ 

 魔力 EX 

 耐久 S++ 

 技能 S+++

 幸運 A++

 敏捷 S+

 宝具(神器) EX

 加護 混沌の神 EX


 ドコの最終兵器だコレは、と思わず口から『ひゅっ』とおかしな声が漏れてしまう。


 この世界における英霊・召喚獣の平均ステータスは最高がA++だ。


 E~EXまでの7段階、さらに6段階の+と-の評価があるこのステータス制度をもってしても、過去最高の『EX』など、歴史上1人として現れたことはない。


 まれに『S-』の英霊はいたが、その英霊は一度として召喚に応じた事はないという。


 現存する他国の英霊の最高ランクのステータス平均でも『A+』なのである。


 目の前にいる英霊と、どれだけ格が違うか、イヤと言うほどわかるものだ。


 加えて【神器】である。


 ほとんどの英霊や力ある存在の一部には【宝具】と呼ばれる最高位の魔道具を所持していることがあるが、【神器】となるとまた話は別である。


 神器となれば最低でも『A』ランク、史上でも『S』ランクであり、イェーガーのように『EX』など、あらゆる意味で世界の常識を覆す存在である。


【真実の名】はマスターであるクリスティに隠しているのが若干気になっていたが、正直にいえば問題はなかった。


 もともと異世界の英霊を呼び出すという試みは、言ってみれば弱点を知られて対策を講じるという手段を防ぐためであり、最初から自分が知らなければ相手に知られる事もないし、これだけの能力があればよほどの事態に陥らない限り安心したということもあった。


 とはいえ、イェーガーの属性に【混沌・善】があることもあり、頭の片隅にこの英霊が危険だということを留めておく事にした。


 爆煙が止み、ケイロンがイェーガーの存在に気づき審判に大声で不審者を退場させろと命令した。


「彼の言葉を聞かなくても良いわ審判員、この男は私の英霊(サーヴァント)だから。

 …イェーガー、現状を説明するわ。

 バカ(・・)が吠えて煩いの、適度にしつけなさい」


 簡潔に告げると、イェーガーはくくっと笑って了解のサインを取る。


 審判員は総じて解析系スキルを保持しているため、クリスティの言葉に嘘がないとすぐに見抜いた為に、何も言わなかった。


「オーケーだお嬢ちゃん(マスター)、ちなみに殺しは可か?」

「…私の名前はクリスティ、クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグよ。

 お嬢ちゃん(・・・・)じゃないわ。

 あと、殺しはだめよ、後処理が面倒だもの。

 補足すると、あの火龍位なら半殺しまでなら可だわ」


 クリスティの抗議はイェーガーには届かず、火龍と対峙していて耳に入っていなかった。


『…何者だ、貴様?

 ただの英霊(ヒト)ではないな?』


 クリスティの言葉が聞こえたのか、少し不機嫌なライルの念話が発せられた。


 少なくとも、自分の力より目の前の小さな人型をしたナニ(・・)かがとてつもなく強大なもの、ということを理解した上での言葉であった。


 だが、ライルの念話にイェーガーが応える事はない。


 返答は、行動によって返されたからである。


「派手なのが良いな、それじゃあこいつだ」


 イェーガーが手を振ると、それに呼応して突如黒い竜巻が発生した。


 あまりの風にクリスティも立っていられなくなり、魔剣を地面に突き立て膝を突くほどであった。


「…デタラメね、これだけの大魔法に簡易詠唱も無しだなんて。

 しかも、今ので結界まで壊れてしまっているだなんて」


 クリスティの言葉は風に流されて、誰にも届くことはなかった。


 火龍のブレスですら破壊することの出来なかった強力な結界を、イェーガーは簡単に壊して見せた。


 威力を見せ付けられたライルは、全身を震わせながらどう対処すればいいのか思案しているようだ。


 黒い竜巻は目標である火龍であるライルに襲い掛かる。


 この時、ライルのマスターであるケイロンは同じ風属性の魔法ということもあり、干渉して直撃を避けようと防御の魔法を使おうとしたが、ライルはケイロンを自ら振り落とした。


「ライル、何を!?」

『ギャアアアアアア!!』


 ケイロンの質問にライルは悲鳴を持って応える。


 ライルはケイロンの使おうとしていた魔法がこの黒い竜巻の進路をずらすこともできないのだと瞬時に理解し、自らを盾にしてライルをこの場から退けさせたのである。


 振り落とされたケイロンは本来使おうとしていた防御呪文を即座に発動して、地面に激突する衝撃を抑えた。


 幸いにして竜巻の余波がケイロンを襲うことはなく、中空から落ちていく傷だらけにライルをただ見ていることしかった。


 巨体が地面に激突し、その衝撃音が闘技場を覆う。


 グシャリという生々しい音は、一切の抵抗もできず地面に墜落したと嫌でも思わせる、そんな痛々しい絵であるが、その元凶であるイェーガーは悦に浸っていた。


「中々にガッツのないトカゲだ、ったく。

 この程度の魔法に抵抗一つ出来ないとはなにごとだっての。

 というか龍なのに虫の息じゃねえか、オイオイオイ死んでくれるなよ?

 死んだら俺がお嬢に小言を言われちまうじゃねえか」


 言わないわよ、とまではクリスティも言えなかった。


 召喚獣や召喚英霊の類は、1度限りの大魔法である。


 そして、召喚した存在を失う―――すなわち死亡等といった存在の消滅―――様なことが有った場合、同じ存在を召喚することも出来ない上、魔導師としての将来も絶たれてしまうことになるのだ。


 特にこの魔導王国とされるバルトリム王国では、魔法に関して厳格な格付けが決まっている。


 それが貴族や商家にとってのわかりやすい力だからだ。


 召喚獣等が死んだ場合、名のある商家には信頼価値が下がることは間違いなく、高位貴族となると一族の汚点となるほどである。


 そして目の前にいるケイロンに至っては、魔導騎士になる将来が永久に絶たれることになるだろう。


 さらに言うと、跡継ぎを年下の弟に変更され、伯爵家を追放される可能性が非常に高かった。


 貴族であることに過分な矜持(プライド)を持っているケイロンにとって、それは死よりなお酷い絶望を襲うことになるのが、クリスティには目に見えて解かった。


 個人的な感想としては、ケイロンが落ちぶれて学院を去ろうと、伯爵家を追放されて浮浪者のような姿で生きていようと、究極的にはどうでもいいのである。


 しかし、それは自分が関わっていなければの話。


 直接関わってしまっている以上、それまで優秀だった跡継ぎであったのをダメにされて、ヘッセン伯爵家当主がただ黙っているとも思えない。


 故に、敗北はしてもさせても大きなしこりが残らない配慮をしなくてはならなかったのである。


 このとき、クリスティは自分を見つめている幾多の視線に気づくことはなかった。


 目の前にいるこの危険な英霊が妙な行動を起こさないよう、注視していた為である。


「…イェーガー、治療系の魔法は使える?

 死なれると面倒だから応急処置だけでもしてくれない?

 私、身体強化系以外魔法使えないのよ」


 抑揚のない、危機感のかけらも篭っていない口調でクリスティが言うと、イェーガーは首をかしげながらも了承した。


 おそらくだが、どうやって自分を召喚したのか気になったが目の前の注文が先だと理解したからであろう。


「んーなんだ?

 お嬢は魔法使えねえのか、正直どうやってオレ様を召喚できたのかすっげー気になるんだが…ああ、質問の答えだがオレ様の魔法スキルは元いた世界じゃ最高峰の実力者でな?

 もちろん治療系の魔法は出来る、お肌のシミから古傷まで、跡形もなくキズというキズは俺の前では無力!

 が…本当に治療しちまってもいいのか?

 お嬢、このガキ嫌いなんじゃねーの?」

「嫌いよ?」


 と即答してしまったクリスティは自分の正直ぶりに呆れはしたが、後悔はあまりしていない。


 面倒にならないために防ごうとしているのであって、一度覚悟を決めてしまえば、後はその面倒の対処に励むのみだ。


 クリスティの言葉にケイロンが少しだけ肩を落としていたが、クリスティは気づかず、イェーガーに火龍を治すように命じた。


「個人の欲求と騒動の元凶となるのを天秤にかけた結果よ。

 いいからイェーガー、その火龍の怪我を治しなさい」

「へいへい、来たばっかりのオレ様の扱いが酷いもんだぜったく」


 と愚痴りながらイェーガーはなぜか虚空から剣を取り出した。


 剣身中間部に細い筒が装着しているという変わった形状をしていたが、内包している魔力を感じ取ったクリスティは、特に何も言おうとはしない。


 飾り気のない純白の剣は、えも知れない気分にさせるのには十分であった。


 思ったことといえば、なぜ武器を手に取ったのか、という疑問だけである。


「ちなみにイェーガー、その手に持っている剣で一体どうするの?」


 イェーガーがクリスティを見てにやりと笑う。


 その笑みに、どうしようもなく次の行動が予測できたクリスティはイェーガーを制止しようとしたが、一歩遅く、剣を振り上げた。


「こうするのさ!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ケイロンの叫び虚しく、イェーガーの哄笑とともに、剣は火龍の首に振り下ろされる。





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