閑話 戦争後の暇人たち
私は帰って来たー!!
お久しぶりです皆様、大変お待たせいたしました。
回線工事も完了し、今日より投稿再開いたします。
はい、では、どう、ぞ!!
「お嬢、ヒマなんだけど~」
「壁のシミでも数えていなさい、退屈も無くなるでしょう」
「お嬢はオレ様を病気にする気かえ!?」
信じられないといった表情をするイェーガーに、クリスティが何を言っているのという顔をして嫌そうな顔をしていた。
「…あなた、自覚なかったの?
………はぁ、重症ね」
「なんか呆れられた!!」
「それよりお嬢様、部屋を片付けさせてくださいませんか?
さすがに足の踏み場も無くなるほど紙が散らばっているのは見ていて良い気分にはなれません」
レーヴェが扉を開いた状態で立ち尽くしていたが、部屋の余りの散らかり様に1歩も進めなくなっていたのである。
「レーヴェ、そこは執事であるあなたがするものじゃないの?
主人に雑事をさせるだなんて、使用人として失格よ?」
「……とかいって、僕が以前掃除をしようとしたらお嬢さま『分かるように置いているんだから触るな』って怒ったじゃないですか!?」
クリスティの尤もな言葉もレーヴェからすれば『2度目は無い』とまで言われている事を進んでしようなどとは思っていなかった。
対してクリスティは引っかからなかったレーヴェに珍しく感心したような表情を見せたがすぐに机に視線を戻した。
全てのデータをグラフ化したものからそこに至るまでの過程、様々な結果、失敗・成功の具体例、多岐にわたる詳細な論文を現在執筆中なのである。
あの狂気の実験から数日、すぐさまリンデンバーグ領へと戻ったクリスティは父であるミハエルに内戦の戦果を伝えた。
以前は門で数十分は待たされていた待遇―――本宅ならば下手をすれば1日は待たされていた―――が今では1分と待たないほどにメイドが駆けつけてくることにさしものクリスティも内心苦笑していたが。
その戦果にミハエルはそのまま卒倒してしまい、なぜか隣にいたもう1人の兄であるケビンが白い顔をしてクリスティを見つめていたが、まるきり無視していた。
クリスティにとって用があったのはリンデンバーグ侯爵であって、息子のケビンではないのだから。
イェーガーはケビンをみてミハエルとダニエル同様、『ショッベ!!』などと明らかに馬鹿にしていたが、ケビンにはそのような罵倒よりもあのときの雷の衝撃にまともに口が聞けなくなってしまっていたのである。
「あら、分かる様になってきたわねレーヴェ。
その調子で励めば貴方のダメっぷりが少しは改善されるでしょうし、がんばりなさいな。
イェーガー、やること無いなら紅茶でも入れてきてくれる?
大陸で1番おいしいとされるヒリアス共和国産のハーブティーが飲みたいわ」
ヒリアス共和国はバルトリム王国と真反対にある国で、その地の名産である紅茶は大陸どころか世界1といわれている。
しかし国内で消費されるのが殆どで、国外で出回るのはごく僅かだ。
しかも運よく出会えたとしても偽物を掴まされたり茶葉が長旅の間に湿気ていたりと、完全な状態で巡り合えたことがクリスティにも片手で数えるしかないほどである。
そして現在、クリスティたちのいるこの屋敷にある茶葉はセフィーロ大公国産のもので間違ってもヒリアス共和国産のものではない。
「……お嬢、オレ様に直接行ってそれ買ってこいってこと?」
言いたいことが分かったのか、イェーガーがクリスティの言葉に顔がひくついている。
まさかお使いを頼まれるとは思っていなかったのだろう、いつもなら歓楽街辺りに足を向けるイェーガーも、リンデンバーグ領だとどこにミハエルの目がいるかわからないため、足を運ぼうとはしなかった。
「暇なのならちょっと転移していってきなさいよ、この辺りは治安もいいし何よりこの本宅なら曲者も出ない…はずよ」
「オイ」
イェーガーの眉間に皺がよる。
この本宅で待遇が改善されようとクリスティの味方はレーヴェ、ジョナ、バーレンのみだ。
この3人でクリスティを魔導師だらけの本宅に残すということに若干の躊躇いがあるのだろう。
頭のおかしい英霊といえど、お気に入りなクリスティに何かあるのは困るということなのか。
「冗談よ、けど曲者といっても私に敵う者なんてそう滅多にいるものではないわ」
「そりゃあわかるがよぉ…むー」
「そんなに行くのヤならさっさと買って帰ってくればいいのに」
渋るイェーガーにレーヴェがぼそりと呟いた。
「いいこと言うじゃないレーヴェ、そういうわけよイェーガー。
そんなに心配ならさっさと茶葉買って帰ってきなさい。
命令よ」
「…ダメワンコ、あとでシメル」
暗い表情でそう言い残すと、イェーガーはどこかへと消えていった。
おそらくはヒリアス共和国なのだろうが、これでようやく久しぶりに別行動となったクリスティは背伸びすると席を立った。
レーヴェは自分が口にしたことをすぐに後悔し始めていたが既に遅い。
帰ってきて一体どうやっていびられるのか、今から憂鬱になり始めるレーヴェなのであった。
「……さってと、レーヴェ、出かけるわよ。
ジョナとバーレンを呼んできなさい」
資料を束ねるとクリスティは床に散らばった紙を躊躇なく踏んで部屋を出て行く。
「お、お嬢様!?
出かけるって言ったって、一体どこに…?」
慌てて追いかけるレーヴェにクリスティは魔剣と魔弓、それに暗器まで装備した状態で階段を下りていく。
治安が良いと言ったそばからの完全装備にレーヴェはクリスティが何をしたいのか計り損ねていた。
「決まっているでしょう、市場よ」
まさに戦鬼の居ぬ間に洗濯とも言うべきなのか、4人は珍しく解放的な気分でその日を過ごして行くのであった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
ヒリアス共和国の首都ミュンツァーは常時閑散としていた。
つい先日、最強国家として名高いセイヴァール帝国がヒリアス共和国に宣戦布告をしたためだ。
突然の降伏勧告から始まり共和国が突っぱねたと同時に宣戦布告、そして侵攻。
完全に虚を突かれた共和国は慌てて兵を各地から集めて送り込んだのだが、集結する手前の段階、つまりは各個撃破をされ続けており、状況は逼迫していたのである。
王都はというとそんな状況下で暢気に店を構えている商人など殆どおらず、ほとんどがもぬけの殻となっていた。
残っている商人といえば零細といってもいいほどの者たちばかりで、売っているものも大したものも全く無いと言ってもいい。
イェーガーはクリスティに命令されている手前、なんとしてもヒリアス産の茶葉を見つけなければならないのだが、この状況下においてそれが可能なのかと若干の不安に駆られていた。
「ま、まずいぜぃ。
お嬢の元にさっさと帰らなきゃなんねえのに、茶葉売ってる店が軒並みトンズラこいてやがる!!
あーどっか適当なもん買って帰ってそれをヒリアス産だって言えばとりあえずはいいはず…なわけねえよなぁ。
お嬢のことだからホンモノじゃねえって紅茶ぶっ掛ける気がする…仕方ねえ、どっかの商人とっ捕まえて原産地の正確な場所吐かすか」
ぶつぶつと独り言を呟くイェーガーだったが、それを不振がる者がいないほど、首都は閑散としているのだ。
「…オイそこの奴、ちょっとツラかせや」
完全にチンピラである。
わざわざ路地といった薄暗く人目の付かない所に移動させることなく、露店にいた商人を適当選んで尋問していたのである。
運悪く出くわした商人はイェーガーを見て思わず『ナンダコイツ』といった目で見てしまった。
上下共に赤々しく目に良くない服装をしていて、変人奇人の類なのはまず間違いない。
上等な布地を使っているのか、艶やかな赤は男の服装に異様なほど似合っていると感じたのだ。
「な、なんだいあんたっ!?」
「質問するのはオレ様、お前答える側、オワカリ?」
端正な顔にはめ込まれた深紅の瞳には『邪悪ですヨロシク』とでも言えば分かりやすいほどの禍々しさが渦巻いており、商人の目には逆らったら殺されるという一念から冷や汗を掻きながら無言で首を縦に振る。
「よーし、そいじゃあ質問だ。
おまえ、名前は?」
イェーガーは商人の名前を聞き始めると次は年齢、出身、家族構成、今扱っている商品の内容、日常生活の一片すらも細かく聞いてきていた。
一通り聞き、望んだ答えを返せそうにない商人ならばその場で突き放し次の商人に辻尋問を仕掛ける。
探せばいるということなのか、2時間ほどで30人ほどオハナシした結果、分かった情報を統合した。
ヒリアス産の茶葉は大きく分けて3つ、1つは南部にある生産量トップのライブラ。
2つは国内限定で売られているビップにしか出回らないヴィール。
3つは国内外で一番知られているレーベル。
どれも各国にある紅茶とは一線を隠すほどの香りと味なのだが、イェーガーは生まれてこの方『色の付いたお湯』に全くといっていいほどに興味がない。
とはいえ、マスターであるクリスティの命令なので仕方がなく聞いているのだ。
「お嬢が飲んだのはレーベル?
いや、お嬢のことだからビップ御用達なヴィールとか飲んだ可能性も…ねえな、ライブラが生産量がトップっつーのが一番無難な線か?
…いや、1つだけ買うっていうの事態がまずねえわな、あるだけ全部買って全部飲んでもらえばそれで終わりじゃんよ」
ところが、事はうまくはいかない。
首都にある紅茶専門店は全て店仕舞いしてしまっているのである。
通りがかっていた男に話を聞いてみると、王都にあるのは出張所のようなもので、全ての店の者は全て生産地に戻っているそうなのだ。
「…チックショウめ、バラバラにある所為でどっちも遠いじゃねえかよい。
七面倒臭いけど転移しまくって―――」
「―――オイお前、さっきからこの辺りを騒がしている赤い奴だな!?」
実に的確な表現だとイェーガーは思ったのだが、騒ぎになっているほど迷惑をかけたとはついぞ思っていない本人であった。
無視して転移しようしたイェーガーだったが、声の主の気配に違和感を覚えて思わず振り返った。
そこにいたのは黒髪の青年で、イェーガーもある地域でよくいた容貌にそっくりであった。
目鼻が整ったイケメン、しかも正義感あふれた声は活力に満ち満ちているようだ。
だが決定的に違うのは、その内面である。
彼には肉体というものが欠けていた。
これだけ条件が揃えば答えはすぐに分かる。
イェーガーはすぐに目の前の青年が一体何者なのか理解した。
「…英霊、しかもレア中のレア、『勇者』かよ」
―――勇者、それはこの世界、あるいは異世界において過去・現在・未来において世界的危機における救済者にして英雄。
人々の希望にして弱者の剣、そして盾。
善と正義の象徴にして全ての人々の心の拠り所。
イェーガーにとって、最も忌み嫌う人種の頂点に位置するといってもいい存在だ。
「…そういうアンタも英霊か、クラスは分からないけど、かなり強いな」
「ヒデオ気をつけて、この英霊かなり強いわ」
青年の周りには魔導師、僧侶、騎士の仲間がいたが、こちらも霊体なのか肉体を持っていない。
とはいえ内包している力は弱いため英霊という線はすぐに消え、勇者の持つ何らかのスキルによるものだとイェーガーは看破した。
おそらくは勇者の元仲間を使い魔、もしくは魂を核として勇者の魔力で現界させた存在、イェーガーのスキル【叡智の大蔵】が保有する圧倒的分析力を以って解答を告げる。
スキル名は【勇者の仲間たち】、かつて世界を救ったとされる異世界の勇者と共に戦った仲間たちを召喚する能力で、生前同様の力を発揮するという反則的なクラススキルであるが、イェーガーからすれば雑魚が1人だろうが4人だろうが全く興味がない。
それよりイェーガーの目に映ったのはその仲間たちである。
全員がヒデオと呼ばれた青年以外、皆女性だったのである。
「ははっ、オレ様を知らねえなんて、所詮はその程度か。
所詮は正義正義ほざきまくってる勇者様らしいもんだぜ。
ていうかさぁ、自分以外女の仲間って何ハーレムとか結成してるわけ?
そんなに独り占めにしちまったら世の醜男共が余計困るだろうが、3人ほどオレ様によこせコラっ!!」
途中から自分の欲望丸出しなイェーガーだったが、実際ヒデオの仲間たちは美少女や美女ばかりで、世の男性からすれば嫉妬の炎で身を焦がすほどだ。
実際イェーガーもわざとらしい演技ではあるが奇天烈な声を上げているが、ヒデオの周りの女子たちはイェーガーに靡く気配もない。
「ふざけるなっ!!
彼女たちはお前に渡すような子じゃない!!
俺の大切な仲間たちには指一本触らせないぞ!?」
強気な発言をするヒデオにポーっと頬を赤らめる彼女たちにイェーガーはすぐに気を取り直した。
目の前のハーレム集団より、自分には急いで帰らないといけない用事があるのだから。
「あっそう、じゃあ別に触らねえからもう行くぜよ?
お使い頼まれててよ、今から転移して現地に行かなきゃ何ねえんだわ。
おお、ちなみに言っとくが強盗なんかしねえぜ?
金ならタンマリあるかんな」
「まっまてっ!?」
ヒデオが慌てて止めようとするが、イェーガーは瞬時に結界を展開してヒデオを弾き飛ばしてしまう。
突然の攻撃に思わず尻餅をついたヒデオは仲間に引っ張られて立ち上がるとすぐに剣を抜いて結界を断ち切ろうとするが、鈍い音が響くばかりで結界には傷ひとつ付く気配がない。
光り輝く剣は何らかの魔剣、あるいは聖剣の類なのか、かなりの力が込められており、収集家の一面を持つイェーガーは一瞬欲しいと欲望の視線を向けたが、頭を振ってその思いを断ち切る。
「じゃあなトンチキハーレム共、次会った時は敵じゃなきゃいいな。
ああ、言っとくが俺のマスターはかなりおっかねえから、出会って生意気なこと言ったら英霊だろうが何だろうがぶった切られるぜ?
んじゃまーバイビー★」
消えていくイェーガーにヒデオ達は何することも出来ずに、ただ呆然とするしかなかった。
こうして、勇者と猟兵の数奇な出会いは短くも若干の濃さを残して終わった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
「お嬢様、市場といっても領都は広いですよ?
何かお目当ての店があったんですか?」
「ないわよ?」
レーヴェが尋ねてみたが、クリスティは露天巡りをして気分転換がしたかっただけなようなのだった。
「ウィンドウショッピングって言うらしいわ。
イェーガーが言っていたのよ、店を見るだけでも気分転換になるって。
まあこれだけの人間があって店があって商品があるんだもの、思考を一新するには丁度いいもの」
わざわざ完全装備をした上で露天巡りをどうしてするのかとバーレンとジョナあたりが思ったが決して口には出さない。
別段重装備となっているわけでもなし、念には念を入れたが為の装備なのだと勝手に納得したのである。
いくら領都とはいえ、リンデンバーグ侯爵家には数多くの影の者たちがいる。
牙を剥くかもしれない状況下の中、無防備を晒すよりはまだましな装備といえよう。
「……研究、そんなに捗らないんですか?」
思ったことをそのまま口に出したレーヴェをクリスティは一瞥すると、瞬時に手が上がった。
瞬間、レーヴェの側頭部にクリスティの平手が直撃する。
「先輩、命知らずだなぁ」
「黙ってなさいよバーレン、アンタまでクリスティにシバかれるわよ」
その様子を少し離れて見ていたジョナとバーレンは蹲るレーヴェを見て呆れていた。
別段怒っていた訳ではないが、まるで行き詰ったかのような物言いのレーヴェには若干イラっとしたのだが、怒るほどでもない。
ただ一発殴りつければ済む程度には、と注釈がついてしまうが。
「けどクリスティ、ただブラブラするって言うのってなんだか時間の浪費な気がするんだけど、その辺り勿体無くない?」
「ジョナ、それはただボーっとしてブラブラしていたらの場合でしょ?
私の場合そんな事にはならないから、ちゃんと色々見て考えているんだから、気にしないでちょうだい」
「…まぁ、クリスティが言うならいいけどねえ。
っていうかイェーガーは?
また娼館にでもいっているの?」
ジョナはイェーガーが王都でしていた娼館の出来事を知っており、今日もそんな別行動の日なのだと思っていたのだが、クリスティが紅茶が飲みたいといってイェーガーをヒリアス共和国へ買出しして来いと命じたことを聞いて少しだけイェーガーに同情をした。
「クリスティ、ヒリアス共和国が今大変なの知ってるでしょうに。
イェーガーが面倒を起こしたら帝国に睨まれるわよ?
下手したら侵攻の大義名分をあげる事になったら、いくらなんでもヤバイんじゃ?」
「大丈夫よジョナ、イェーガーもそこまでバカじゃないわよ。
確かに売られたケンカは返却不能で高価買取だからって、いくらなんでも……そんな、ねぇ?」
途中から不安になってきたのか、クリスティの表情が曇り始める。
今更ながらクリスティが思いつきで言った命令が実はとんでもなく厄介ごとを引き込むのではと後悔し始めていたのだが、10秒もしない内に気を取り直した。
「その時はその時よ、もう行ってしまっているんだし、なる様にしかならないわ。
次からそういう状況にならないようにしていれば、いつかこんなうっかりも無くなるでしょうし」
「お嬢さまのうっかりって致命傷レベルのばっかな気が……ギャッ!!」
立ち上がったレーヴェが口を開いた瞬間に平手が走った。
「…せんぱーい、学習能力ないんですか?
いつか絶対お嬢様に斬られますよ?」
「バーレン、残念なことに既にレーヴェ君は随分前クリスティの逆鱗に触れてぶった切られているわ。
馬鹿は死んでも直らないって言うけど、レーヴェ君はその典型よねぇ」
「そ、そこまででしたか…」
死んでいないのが不思議だと思ったバーレンだったが、そこは本当に運がよかったんだろうと思うことにした。
その当時からして剣士としての腕もかなりのものだったはずなのに、その一撃を受けて死んでいないとなると、運以外に考えられなかったのだ。
―――悪運以外のなにものでもないが。
今度こそのびてしまったレーヴェを仕方なく背負ったバーレンは無言で付いていく。
レーヴェと違い失言などする事もないだろうが、ジョナとの会話を楽しんでいるクリスティの邪魔をするほど無粋ではない。
その辺り、配慮の欠けるレーヴェがこの十年近くを執事見習いとはいえ続けられているのか、心底不思議に思っていたが。
実際のところレーヴェがしていたのは執事見習いというより私兵としての訓練が主で、執事の訓練など申し訳程度しかしていなかった。
執事になれるのは、見習い期間までにその私兵としての訓練を終えた者で、その上で執事の適性がなければ別枠から私兵としてリンデンバーグ家に仕える事になるのである。
レーヴェの場合、訓練は終えられるが執事としての適正は極めて低く、そのまま行けば間違いなく私兵としてリンデンバーグ家に仕えた事は間違いない。
本人としてはクリスティの近くにいられるならば執事だろうが何だろうが何でも良いのだろうが。
「おや領主さまんとこのお嬢様じゃねえか、また家出かい?」
「……ボットンさん、子供の頃とは状況が違うんだから、そんなわけないでしょ」
「なんか辛い事あったらいつでもうちにきなよお嬢様、おいしいもん作ってまってるからさ」
「ヒマがあったら行くとするわ、アンおばさん」
「あーおねーたんだー、あそぼ、あそぼー?」
「今日は忙しいから、またねメリー」
「あらジョナ、アンタまだ結婚してなかったんかい?」
「あたしくらいの上玉と見合う男がいないのよファムばあちゃん」
「ジョナ、それ去年も聞いたわよ?」
「だまらっしゃいなクリスティ!?」
歩いていくうちにクリスティ、それにジョナは市場の商人や宿屋の女将、それに小さな子供にまで話しかけられている。
クリスティの事を知らない者はこの領都にはいない。
生まれが貴族という事もあり、家をよく出ていたクリスティはよくこの領都を走り回ったものだからだ。
冒険者となってからも、すぐには実戦には出ようとはせずに色々な店で働いていたこともあり、その当時を知っている者たちからすればクリスティは恐れ多いことだがみんなの娘のようなものなのだ。
その所為か、クリスティがいくら冷めた態度を態度をとってもこうして気さくに声をかけてくるのである。
「クリスティは人気者ねぇ、王都でも結構な人気だけど、やっぱ地元が一番かしら?」
ジョナがそんな風に茶化すと、クリスティがぷいっとそっぽを向く。
「別にそんなんじゃないわよ、小さい頃からお金がたくさん必要だったから掛け持ちしまくっていただけ、実際教会の屋根の修復とかいう正直赤字みたいな仕事までするくらいだったし…あの頃はホンと大変だったわ」
貧乏暇無しとはいったもので、バーレンが聞くクリスティの事情はかなり深いものがあった。
高位貴族の令嬢が屋根修理、などと冗談にしか思えないが、ことクリスティに限ってはそこまでしなければ生きていけないほどの過酷な幼少期だったのだろう。
バーレンはクリスティとの出会いに神に感謝しながら、黙々と歩いていく。
余談ではあるが、本宅へと戻ったクリスティが既に戻ってきていたイェーガーの持って帰ってきた紅茶を全て飲んで『これじゃない』といってイェーガーの金切り声が上がったのは、2時間後のことだった。
感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。
よろしくお願いします。




