内戦前夜
バルトリム王国王都ライディーン王城では来たる内戦前夜の所為か文官たちや騎士たちが駆け巡っていた。
月も高く上っている中、王の執務室ではヒュルケがとある人物の直談判を何とか宥めている最中であった。
魔導ギルドが誇る天才、ギルドマスター、エルフィン・ノワールである。
見た目が20に差し掛かった辺りで成長を止めるほどの魔力を保有した彼は実際はかなりの高齢で、その実年齢を知るものはこの王国にはいない。
辛うじて分かっていることといえば、エルフィンが300年ほど前の歴史書に載っているという事だけである。
頬を紅潮させて執務室にあるヒュルケのデスクをバンバンと叩きつけていた。
「何故ですか陛下!!
この私が帰ってきたのにも拘らず、私と同等かそれ以上の天才がいたのに何もせずにいるなど!!
しかも聞けばその少女は此度の内戦に参加するというではありませんか!
内戦などという貴族の愚行に飛び込むなと何故諭さなかったのです!?」
「…そうは言うがなエルフィンよ、この予定表を読んでみよ。
さすればどうしてクリスティが此度の内戦の引き金になったのか、よく分かるだろう」
ヒュルケに渡された予定表を手にとってじっくりと内容を確認した。
「……陛下、これはまったくの虚実ですぞ?」
そしてポツリと呟いた一言に、ヒュルケもゆっくりと頷いた。
ヒュルケも最初その予定表に記された内容が全て信じていたわけではない。
いくつかの矛盾点があったため、エルフィンにも確認のため渡したのである。
「魔力がEX判定を受けた英霊…そんな存在が魔力補給のためにこの内戦を利用するなど、普通信じないでしょう?
おそらくは魔法においても比類なき知識を持ち合わせているはず。
ならばそんな手間のかかる手段を用いずとも、大気中にある魔力を取り込めば済む筈です」
殺した兵士の魂を魔力に変換して取り込むという行為は、実は非常に難しくそして面倒な手段である。
まず変換した時点で魔力の質も変化する可能性も高く、変換して吸収するにしてもステータスの低い一般兵士の魔力など水1杯分あるかどうかといってもいい。
確かに23000という数は膨大だ、その内のいくつかは稀に非常に良質でいて魔力を多く含んだ魂もあるだろう。
が、神器1回の使用魔力と比較しても、とてもその程度で済むはずがないのである。
神器というのは使用したが最後、使用者の命を、魔力をほぼ全て使い果たしてしまうモノが多い。
これは宝具のように内蔵している魔力を使用するものとは違い、神器が内蔵している魔力と使用者の魔力を使用することが起因されていた。
神器とは、1回使えばその存在と引き換えに行う、命を懸けた代物なのである。
それをあの英霊、イェーガーは確認しただけでもすでに複数回使用している。
しかも使用した後もあの通り平気な顔をして動き回っているのだ。
エルフィンの推測が正しければそれは―――、
「おそらくはあの英霊の保有している魔力は神霊や神に匹敵する。
もはや英霊といってもいいのか不適当な、そんな常識外の存在です」
イェーガーという存在が英霊という名を借りた神か何かだと、そう思うしかなかった。
「…陛下、今はいいでしょう。
どうやら主であるクリスティとの関係も良好でどこも問題なく続いているようです。
しかし、いつその関係にヒビが入ってしまうのか、それが問題なのです。
この情報はおそらくこの国に潜んでいる他国の間諜も気づいていることでしょう。
あのような危険な存在を擁した国を囲い込んで滅ぼすため、秘密裏に同盟などを組む可能性もあります。
近々魔導騎士団入団試験を受験するとも聞きましたが、陛下はまさか彼女を当たり前のように合格させる気ですか?
したが最後、我が国は間違いなくセイヴァール以上に孤立しますぞ!?」
「………」
エルフィンの激昂にヒュルケは沈黙を保つのみである。
特異にして異端、最強にして最悪。
そんな数多ある評価を受けたイェーガーはこの世界でもその同様の評価を受け、さながら装飾品のように飾らせて世界に君臨しようとしていた。
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夜も更けていき、月しか地上を見ているだけかのような、そんな静寂さのあるカッツェ平原では小規模な戦闘が行われていた。
とはいえ戦闘はほとんど終わっており、黒衣を纏った相対者たちが地に伏している。
「…よっと」
軽やかな声と共に鈍い音が響く。
最後の敵が倒れたのを確認すると、使用人服を着た少年―――レーヴェは念のために男の首に足を乗せて全体重をかけた。
グシュリ、という背筋に怖気の走るような音が嫌に響くと、レーヴェに声がかかった。
「終わったのレーヴェ君?」
「終わりましたよジョナさん、全員の死亡を確認しました」
「…先輩、なんか見た目と言動がなんか違う」
そう口にしたのは新参のバーレンである。
当初仲の良かったレーヴェとバーレンの2人であったが、こと戦闘に入るとその仲の良さに微妙な温度差が出来はじめていた。
レーヴェの戦闘スタイルは手甲や鉄靴から繰り出される超近接格闘術である。
レーヴェの持つ戦闘スキル阿修羅は使用者の筋力、敏捷のステータスを他のステータスを落とすことによって発動する戦闘スキルである。
1つのステータスのランクを落とすことによって落とした分だけ他のステータスを倍化させるという、現在確認されているステータスの中でも指折りといっても良いほどのスキルである。
そんなレーヴェの現在のステータスは以下の通りとなっていた。
■ ステータス(能力)
■ レーヴェ(レーヴェ・フィーア・ディラエス)
属性 中立・善
筋力 A+
魔力 C-
耐久 E (B)
技能 C+
幸運 D
敏捷 B-
このステータスに更に身体強化魔法を加えることにより、レーヴェの戦闘スキルは飛躍的に上がっている。
幼い頃からクリスティの近くにいたレーヴェはクリスティが行っていた身を削るような特訓を目にして、見よう見真似で特訓を重ねた結果、ここまでの成果を叩き出したのである。
元々身体が弱いということもあり、更にはスキルによって犠牲にした所為もあって耐久のステータスが紙としか言えないのだが、そこは英霊イェーガーがレーヴェの使用人服―――バーレンのも含む―――に強化魔法をかけて強化ミスリル並の防御力を誇っていた。
「お嬢さまの敵になるかも知れない者たちを生かしておいては後の禍根になる恐れがあります。
おそらくは公爵家の間諜でしょう。
お嬢様がお休みになっているのですし、使用人は主の休息を邪魔するものを密かに速やかに処理する。
リンデンバーグ家家宰であるシトさんから教わりました」
リンデンバーグ家に仕えている上級使用人たちはそれぞれ特殊な訓練を受けており、その候補であったレーヴェは何度か筆頭執事でもあり家宰であるシトに教えを受けていた。
『使用人たる者、主の妨げにはなってはなりません。
主に這いよる不快な妨げは、一切の容赦なく速やかに密かに処理するのです』
その穏やかな顔からは想像も付かないほどの気迫さを込めて、シトは語ったという。
「その家宰さん、どこかの特殊部隊にでもいたのかしら?」
「僕よりずっと年上ですから、さすがにちょっと分からないですね。
他にもすごい上級使用人が一杯いたので、僕なんて下から数えたほうが早いくらいです」
「…リンデンバーグ家おかしい」
胸を張って答えるレーヴェに小首を傾げるジョナ、そしてバーレンが若干引いていた。
「…まぁともあれクリスティの指示にあったとおりあたしたちは情報収集に専念ね。
…というかレーヴェ、さっき皆殺しにしたって言ったけど、ホントに殺しちゃったの?
1人くらい捕虜にしておかないと情報を吐かせれないじゃない」
バベルワームは既に討伐しているが、一時的にクリスティとジョナたちは二手に分かれて別行動をとっていた。
クリスティたちは休息も兼ねているが、ジョナたちはクリスティがバベルワームと戦闘中から平原を離れ、貴族連合軍が陣を取っている場所に赴いていた。
陣地には冒険者から貴族の使用人達がいたため、ジョナやレーヴェ、それにバーレンが不審に思われることもなく情報収集はまずまずの成果を収めてクリスティと合流しようとしたとき、ウィリスの取り巻きだった学生と運悪く出会ってしまい、撤退戦へと強制的に変更となったのである。
追っ手を皆殺しにした所で今度は貴族が密かに雇っていた潜入暗殺など生業にしている黒装束の者たちとの戦闘になったのである。
実際1人1人の戦闘能力などレーヴェやジョナたちからすれば特に脅威とはならないものであったが、連携に隙がなく2時間近くかけてようやく最後の1人を排除した3人なのであった。
「う、うっかり皆殺しにしちゃってましたね、どうしましょうか?」
「先輩、さすがにそれはお嬢さまに言ったらヤバイです」
「けど、さすがにこれが事実なのよねー…はぁ、気が重いわ」
笑顔のクリスティが手に持っている魔剣で自分たちを追いかける後景を思い浮かべたのか、先ほど戦ったときよりひどい汗を掻く3人なのであった。
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???
パキン、と水晶が割れその音が部屋に響いた。
「あら、私が隠しておいたコマが壊れちゃったわ。
折角良い所に置いておいたのに、もう!!」
水晶が壊れたのに反応したのは1人の少女であった。
腰まで届くほどの長髪はまるで黄金の糸の様に1つに束ねられている。
人形のような精緻さを感じさせられるその美貌はまさに至高の美といえよう。
とはいえ、その表情に不満や怒りといったものは見受けられない。
むしろその反対、嬉しさに溢れている様な表情を張り付かせていた。
「どうしたんだい、そんなに怒って?
可愛い顔が台無しだよ?」
向かいにいる青年がくすりと笑いながら少女を嗜めた。
青年は水晶が割れたことが一体どういう意味を持つのか分かっていたが、それについては今はどうでもよかった。
目の前の少女の機嫌さえ良ければ、そんなことは瑣末なことなのだから。
「いいのアインズ、貴方は何も知らなくて。
…あーあ、折角あの内戦に茶々入れられると思ったのに。
ざんねんだわー」
「まあいいじゃないかそんなこと。
私たちは私たちなりに頑張っていこう。
―――リリィ、次の予定は?」
無邪気に笑う青年はリリィと呼ばれた少女にどうするのかと聞く。
「そうね、次は―――――――――って言うのはどうかしら?」
「じゃあそれでいこう」
二つ返事でアインズは頷き、部屋の明かりが揺らめいた。
2人の影からは人とは違う、異形の影が立ち込めており、それを指摘するものはいない。
感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。
よろしくお願いします。
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レーヴェのスキル剛力者⇒阿修羅に変えました。




