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歌いながら刃を研ぐ

 



「せっんそ~は~あ~るいってこ~ない、だ~かっらおっこしていっくんだね~」


 無駄に美声な、しかし最悪な歌がギルド内で響いていた。


 正気を疑うような歌詞が流れる中、誰1人として止めようとする者はいない。


 歌っているのは戦争をお祭りと同等のイベントと勘違いしている頭のおかしな英霊、イェーガーである。


 その主であるクリスティは他人事のようにしているが、歌の内容が気になるのか、耳が時折ピクリと反応していた。


「いっちにっちいっこ、み~かっでさんこ、み~っつできったらにっこおわる~」


 ―――結果的に1つ残るのね…計算上、1年も経たないうちにこの世が地獄で一杯になりそうな歌だわ。


 暢気に感想を思い浮かべるクリスティだったが、イェーガーの歌は終わることはない。


「じ~んっせいはっ、たったかっいなんっだ、あっせかっけちっもだっせげっんきっだせ!」

「…イェーガー、状況的に元気出せないでしょ?」


 ついには突っ込んでしまったクリスティだったが、イェーガーはノリノリでどんな声も届いていない。


 汗はともかく血も出した状況下ではさすがに元気が出たら間違いなく死ぬ一歩手前にしか思えないのは聞いているものたち全員の心の声が一つになった瞬間である。


「てっめえがあっるいったそのあっとにゃ~、みっごとなちっのかっわでっきている~♪」


 酷い、何が酷いのかはその歌詞もそうだが、その歌詞を考え付いた本人(イェーガー)であろう。


 なまじ歌唱力がある所為か、居心地が悪くなって一部の冒険者たちはギルドから出て行ってしまった。


「けんをふってこぶしあげてっおいっちにっおいっちにっ!

 やすまないであ~る~け~♪」

 ド過酷(スパルタ)な歌を歌い終えたのか、まだ鼻歌交じりでいながらであったがようやくイェーガーが周囲を見回した。


 周りはクリスティと同じく口を閉ざしたままじっとこちらを見つめているが、誰も口を開こうとはしない。


 ただその視線の殆どはイェーガーを残念なものを見るような目をしていた。


「おっ、なんだなんだ?

 さてはオレ様の歌声に惚れちまったのか!?

 いや~わりぃな、男は美男子と美少年以外は受け付けてねえんだ、出直してきな」


 突然のカミングアウトに更に一部の者がドン引きしていた、無論その中にはクリスティもいて『アンタこの前女漁ってたでしょうが』と端正な顔に血管が薄っすらと浮かび上がっている。


「…最後のはともかくイェーガー、感想を一言で言うと…『最悪』よ」


 歌声を除き、歌詞を含めそのにやけ顔も減点だというと、ショックだったのか膝から崩れ落ちていつもの嘘泣きではなく本当に泣き始めた。


「そ、そんな…オレ様のダチは『うまいぜイェーガー、オリジナルを歌った奴も真っ青だな』って言ってくれたのに…」

「とりあえず原曲を歌った歌い手に土下座して謝りなさいイェーガー」


 はぁとため息をついたクリスティは、ついでとばかりにその友人の本当の意図を伝えておいた。


「その友人が言いたいのはおそらく元あった歌詞をどうしたらここまで酷く改悪したのか、ということ。

 私がその歌を作った人なら、イェーガーの歌を聞いた瞬間その顔引っ叩いているわよ?」


 クリスティは歌詞を作った人物と歌い手に頭を下げると、依頼掲示板にあった紙を手に取った。


『おおうクリスピン、恨むぜい…』と意気消沈したイェーガーをよそに、依頼内容をじっと見つめている。


「あったわ、合戦場の近くに最近巨大なワームが出ているみたいね。

 戦場みたいな格好な餌場だと、においに引き寄せられて大量に集まってくる可能性が高いわ。

 戦場に行くついで(・・・)に討伐しておきましょう」


 ワームは竜種のような頭をした大蛇のことである。


 その体躯は10メル(約20メートル)ほどでその牙は頭の3分の2を占めるほどに巨大だ。


 その牙を剣の材料にするとかなりの業物ができ、ワームの剣を持つことは剣士たちからしたら超1流の証とされていた。


 ちなみにそのワームだが、討伐推奨ランクは最低でも金の10という最上位ランクに位置している。


 しかもその全長から1人ではまず仕留め切れない為、かなりの人数で何日もかけて倒すという手法が用いられていたが、今回クリスティはこれを全て1人でする気でいた。


「おじょー、相手してくれよー、ヒマだぜオレ様ぁ」

「猫撫で声やめなさいド変態(イェーガー)、蹴り上げるわよ?」


 クリスティの局所的な蹴り上げは非常に精度が高いのを一番間近でみてきたイェーガーだからなのか、思わず両手を大事なところに当てていた。


 ド変態(イェーガー)はふぅといって流していた涙をコートの袖で拭くと、頭を掻きながらもその依頼内容を見て首をかしげた。


「へぇ、こっちの世界にいるワームってこういうのなのかい。

 オレ様のいた世界のワームは頭なんかなくて芋虫とミミズを混ぜた感じのキッショイ奴だったんだがよぉ」


 イェーガーのいた世界のワームというのは食欲の塊ともいえる魔獣らしく、頭にあるはずの耳や目が退化して嗅覚のみで獲物を探し捕食する。


 クリスティのいる世界にいるワームも食欲に関しては通じる所もあるかもしれないが、姿形が長い以外似通った点は殆どないようだ。


「ふぅん?

 まあ会戦まであと数日あるし、ええっと、何だったかしら?

 …そうそう、うぃーみんぐあっぷ(・・・・・・・・・)?」


 最近クリスティはイェーガーの世界にあった言葉を覚え始めていたが、所々まだ覚え切れていないためよく間違った発音をしていた。


 知識を転写する魔法があるが、あれは焼き付けるもので知識の蓄積とはクリスティは認めていない。


「お嬢、ウォーミングアップな?」


 ニヤニヤしながら訂正するイェーガーに、クリスティはそっぽを向いて小さく細かい奴と呟いた。


「…ウォーミングアップね、次は間違えないわ。

 ワームはいい前座になって貰いましょう。

 報奨金も中々のものだし、ワームは大きいから素材がたくさん取れるし希少だわ」


 ワームはその巨体からランク金の冒険者でも滅多に手を出そうとしないため、次第にその報奨金も釣り上がっていく。


 報奨金目当てに一山当てようとする冒険者もいなくはないが、そういった身の程知らずは総じて皆ワームの胃袋に収まっていた。


「そう言えばこの世界の戦場って日時決めるんだな。

『今日はお日柄も良く、絶好の戦争日和ですね!!』

 とかやるんだろ?」

「酷い曲解だけど、そうね、そのとおりだわ。

 どいつもこいつもいい子ちゃんばっかりで虫唾が走るわ、宣戦布告したら速攻で攻め込めばいいのに」


 この世界の戦争のルールとは『ナンニチのイツにドコで戦争しましょう』とか『名乗り』や『一騎打ち』などどこか儀式的な面が強く、クリスティはこうした命のやり取りをする中で何でそんなに余裕なんだと常々不満に思っていた。


 宣戦布告を軍使がしたならば、その瞬間その軍使は敵軍の1人となる、ならば殺さなければならないだろう。


 自軍の損害を極力避け、敵を1人でも多く殺すことが戦争の勝利だとクリスティは考えており、ごく当たり前の考えだと思っていた。


 事実クリスティの考え方に似た人間はかなりいる。


 徒党を組んでいる傭兵団などがそうであろう。


 夜襲など当たり前、ありとあらゆる卑怯を当たり前のようにこなす彼らの生存率は玄人(プロ)ならばぐっと跳ね上がる。


「あーそれオレ様のいた世界もずいぶん昔はそんなことしてたなー。

 まあ暗黙のルールだったし、一部の軍人とかはそんなふざけたルール無視してよくそういう作戦立案してはオツムの硬い上司に却下されてたっけか」


 軍の上層部といえばエリート、その殆どが現場にいく事無く階級だけ上がっていくような世間知らずならぬ戦争知らずの甘ちゃんたちだ。


 そんな彼らが気にするのは周りの評価と、自分の経歴である。


 自分の部下がそんな卑怯な作戦で勝ったとして、自分と似たような精神構造をした上司や同僚たちからどんな評価を受け、そして自分の評価に繋がるのか。


 それに腐心して戦場の悲痛な絶叫を軽視していくのである。


 そしてそれが循環していくという負のサークルが出来上がっていて、とある国では立派な軍があるのにも拘らず上層部が被害が出ることを恐れて敵国を恐れて無条件降伏したという間抜けな話もあった。


「昔はイケイケな国だったんだがねぇ」

「何がイケイケかは知らないけど…とりあえずジョナにこの依頼書渡してくるわ」


 懐かしんでいるイェーガーを訝しむクリスティではあったが、依頼書を持ってジョナのいるほうへ向かっていくのであった。


「―――にしても、お嬢ってばホントおもしれえよなぁ」


 きひひ、とイェーガーが赤い舌を出して口元をぐるりと一周させる。


 イェーガーにとってクリスティというのは面白い観察対象であった。


 何をするにも自分の才幹のみを頼った―――召喚したイェーガーも自分の力のうちということだが―――生き方を地で行くのが面白いとイェーガーは思う。


 ここまで極端な人間はイェーガーの元いた世界でも滅多なことでは見た事がなかった。


 いたとしても大抵がイェーガーの対極にいる者たち、属性が秩序や善といった存在ばかりで、まともに話した機会などまるでなかったのである。


 そしてクリスティはこの世界でも類を見ないほどに狂って(・・・)いた。


 人体実験がではない、その程度ならイェーガーも一通り嗜んだ事はある。


 イェーガーがクリスティを観察しているのは、もっと別のことにあった。


 クリスティには話してもいない、イェーガーの真なる目的。


 ―――そのためにも、


「お嬢にはもうちっとばかし長生きしてくんねえとな。

 魂の歪みを直すのは手間でいけねえぜ」


 ぼそりと呟くイェーガーだが、その声に気づく者はいない。


 イェーガーの目的の為にも、クリスティにこのような瑣事(・・)で死なれては困るのである。


「イェーガー殿、お嬢さまはどこ行ったんですか?」

「あ、イェーガーさん、お疲れ様です」


 身支度が済んだのか、レーヴェとバーレンがギルドの入り口で立っていた。


 殆ど同じ身長ためなレーヴェの予備の服を着ているバーレンは出会ってすぐレーヴェとも仲良くなり、イェーガーは『ワンコどもがじゃれてるぜい』とぼやいていたのを思い出す。


「出たなワンコども、お嬢は依頼をとりに行ってるぜい。

 …つーかよお、お前さんら買い物に時間かかりすぎだぜ?」

「「す、すいません…」」


 頭を下げる2人にイェーガーは買ってきた物が何なのか念のために聞いておいた。


 バーレンは馬を5頭買ってきて、レーヴェは10日分の食料や旅の途中で使う寝袋などを買ってきたと報告した。


 ほかにも、スコップやら紐やら鎖やら槍やらと、日用品から武器まで大量に買い込んだとバーレンは報告した。


 それだけの大量の品をどこに持ってきているのかといえば、不思議な指輪(ワンダーリング)というイェーガーの作った魔道具である。


 親指に填めた銀製の指輪に専用の呪文を唱えると指輪に入れておいた物品が出し入れ可能という優れものだが、100キル(約200キロ)が限界であった。


 他の素材で作ればならもっと入るのだが、この世界ではまだイェーガーが出会っていないため、仕方なくこの銀で代用しているのである。


「あら貴方たち、ようやく来たのね、遅いわよ」

「「す、すいませんお嬢様…」」


 しゅんとするワンコ2匹にクリスティは『ダメ執事にダメ従者…』と呟いていたが、聞こえていたのはイェーガーだけであった。


「さて、日も迫っているし、さっさと行くわよ。

 ジョナ、ジョナも早く準備しなさいな、置いて行くわよ?」

「……まさか強制的に有給使わされる羽目になるなんて。

 いきなり有給使ったりすると後で上司とか同僚とかの目がきついのよクリスティ?」


 ぼやきながらも付いていくのは将来の部下だからなのか、それとも親友のためなのか、小麦色の肌をした大人の色香漂う美女は若干の疲れた表情を張り付かせていた。


「さて、依頼も取り付けたことだし、さっさと行って内戦に参加するわよ?

 とりあえず私とイェーガーがワーム倒すから、その間3人は情報収集を頼むわね」

「あたしの声は届かないのね…はぁ、分かったわよ」


 ぼやくジョナだが、しぶしぶ了解していた。


 レーヴェとバーレンも姿勢を正して了解の敬礼をしていた。


 ただでさえ失点続きなレーヴェもそうだが、新参のバーレンはこの中でもっともクリスティに使えて日が浅い。


 なのでクリスティと同様、この内戦でしっかりとした実績(・・)を証立てなければならないのであった。


 クリスティたちはギルドを出るとすぐに門へと向かって行った。


 門番はいつものように外出する理由を尋ねてくる、クリスティは5人を代表して『ちょっとそこまで狩に』と答えると、門番たちは苦笑しながら『御武運を』といって門を抜ける許可を出した。






『狂境内戦』はもう3日と数時間を残すのみとなっていった。

感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。

よろしくお願いします。

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