うまい負け方知りませんか?
「我が疾走を何人も妨げる事能わず パリング!!」
「風よ、逆巻き我が敵の疾走を妨げよ ドラング!」
試合開始と同時に、お互いが詠唱を同時に行使し、クリスティが身体強化魔法『パリング』を発動した。
『魔力放出不全症』という先天的な障害を生まれ持ってきた彼女にとって、自己を強化する魔法こそが彼女の持つ膨大な魔力を有効活用する唯一の選択肢であったからである。
彼女は攻撃、または防御に関する魔法は一切使えないが、自らの身体を強化、自然治癒力の強化といった、『自己』を昇華させる術式に特化した術者であった。
そして、攻撃手段に魔法がない以上、彼女の持つ攻撃手段は武術であった。
部分的な身体強化を施すと、向かい風を起こした火龍に向かって行くリスティ。
逆風の所為で機械弓【フール】を使えないため腰につけなおし、魔剣【ボルグ】を片手にアタッカーであるライルに襲い掛かる。
攻撃役である火龍ライルと防御と補助、それに妨害との役目を明確に分けているケイロンは基本に忠実な相対者であった。
初手でクリスティの身体強化を見越していたケイロンはすぐさま常人では立っていられないほどの強風を巻き起こし、加えて火龍であるライルにとっても良い環境を整えていた。
魔法の相性は初等科でも真っ先に教える。
4属性や上位属性、無属性は高等科になれば誰でも答えられるだろう常識であった。
クリスティの持つ唯一の魔法、身体強化は無属性に属しており、相性のへったくれの無い魔法であったが。
若干のそよかぜに当てられながらも、クリスティはライルの振り下ろす爪を避け、手首に向かって切りつける。
『ギャア!!』
耐久のステータスがC+という硬い鱗であったが、筋力において既に常人をはるかに上回る膂力を誇るクリスティには精々が硬い鉄板程度である。
クリスティの筋力のステータスは既にB+、英雄と呼ばれていた者たちは全てC以上とされていて、彼女の力はすでにその領域に悠々と足を踏み入れていた。
ライルが巨大な尻尾で横薙ぎにしてクリスティを吹き飛ばそうとするが、あえて更に奥に切り込んだクリスティは、タイミングを見計らって前方へ跳んで尻尾の一撃を避けるとライルの背後をとった。
「我が進撃を妨げること何人も能わず ボルカン!!」
全身の身体強化をしたクリスティは魔剣を振りかぶってライルに斬りかかった。
「わ、我が身を守り弾く風の盾となれ シールダー!!」
ケイロンが慌てながらも風の盾を呼び出しクリスティの魔剣を弾き返す。
盾に弾かれた際、空中でバランスを若干崩したクリスティであったが、即座に立て直すと着地と同時に振り返ろうとしてきていたライルの左脇に斬りかかる。
『グアアアアアアアアアアッ!!』
火龍との戦闘において、対象の正面にいれば強靭な爪、鋭い牙、長大な尻尾そして広範囲に及ぶ息吹があり、不利な点しか見られない。
クリスティがとった戦術は、素早く行動し火龍の視界に入らずに攻撃を与えていく事であった。
爪や牙、尻尾については難なく躱せるが、正面にいた際のブレス対策は精々が火除けのアミュレット程度、しかも5秒も持たない3級品である。
それでも1枚当たり金貨2枚という高額魔道具であり、苦学生でもあるクリスティには1枚しか持っておらず、使いどころを間違えればあっという間に形勢は逆転してしまう状況なのだ。
「…硬いわ、斬るのが面倒ね」
巨体なだけあって体力もそれに比例しているのだろう、深く斬り込んだはずの切り傷も、既に出血が止まり始めている。
ぼやくクリスティは魔剣を胸の中心に構え、ある魔言を唱える。
「魔剣よ、我が身を喰らい昇華せよ メイシェン!!」
これは魔剣固有の能力で、特定の魔言を唱えるとその能力を発揮するのだ。
魔剣【ボルグ】の能力、それは刀身を細かく分離しクリスティを中心にして攻撃範囲の5メル(約10メートル)にいる存在に襲い掛かるという能力であった。
そもそも魔剣という存在は一般的には魔導師が刀剣具に魔力を込めるというのが一般的な見方であるのだが、彼女―――クリスティの持つ魔剣はその起源を別のモノとしていた。
魔剣【ボルグ】の由来は500年以上前の大戦時、1人の剣士が王の命令で強い武器をダンジョンで確保するべく探索に赴いたことにある。
その剣士は当時国の中でも随一の剣技を誇る騎士でもあった。
彼には恋人がいて、その相手は身分違いの貴族令嬢。
結婚を認めて貰う為、彼はダンジョンでの踏破を約束にダンジョン攻略に乗り出した。
順調に攻略していく彼は1ヶ月でそのダンジョンの3分の1を踏破していた。
それも目立った怪我もなくである、父親は娘を高位の貴族に嫁がせようと計画していたため、危機感を覚えた父親は、彼を暗殺しようとした。
ダンジョンも半ばで彼は臨時で組んでいたパーティの男に背後から刺され、その身はダンジョンへと消化されてしまった。
しかし彼は死ぬに死に切れなかったのか、怨念を剣に残してこの世から消えていったのである。
彼が愛用していた蛇腹剣【ボルグ】は、長い年月を経てダンジョンの魔力を吸い魔剣へと昇華し、現在彼女の魔力を喰らいながら恨みを晴らそうと生ある存在に牙を向き続ける。
使用者の魔力を強制的に奪うこの魔剣は、クリスティにとって経緯はともかく都合の良い相棒だったのである。
使用者に恨み言の様な呪詛が聞こえてくるが、クリスティにとっては泣き言にしか聞こえておらず、雑音程度にしか思っていない。
そのおぞましいともいえる歴史を持つまさに魔剣を、彼女は平然と扱っていた。
拳大の大きさに分節した刀身はライルとケイロンに嬉々として襲いかかっていく。
ケイロンは風の盾で防ぐが、ライルは咄嗟に対応できなかったのか、全身を浅くだが広範囲に渡って裂傷が出来ていはいるが、致命傷とは言い難い。
「ライル、空中戦だ!
体勢を立て直せ!!」
地上戦では不利と見たのか、ケイロンがライルに命令していた。
ケイロンは既にライルの背に乗っていて、準備は万端の様である。
「ガアアアアアアアアッ!!」
「魔剣よ、敵を切り裂け!!」
魔言を唱えるが、攻撃範囲の5メルから離脱してしまっているケイロンたちには届かず、魔剣は元の姿に戻っていく。
こうなってしまった以上、勝敗は既に決まったも同然と観客は思ったのか、白けた目が見え始めていた。
「ライル、合わせ技だ!」
とケイロンの声と共にライルがブレスをしようと口元に火の粉が舞い始める。
遮蔽物の無いこの場では、物陰に隠れる事や盾にする物がない時点ですでに致命的であり、クリスティの命運もここまでかと思われたが、彼女の目には未だ敗着とは思っていないようであった。
ケイロンとライルは中心部に位置をとっており、広範囲に及ぶブレスを無事に過ごせるのかクリスティは不安に駆られたが、まだここで火除けのアミュレットを使う気はなかった。
「猛き風よ舞え ブロウラー!!」
「グァアアアアアアッ!!」
ケイロンの風とライルの火属性のブレスが合わさり競技場の地面に降り注いでいく。
クリスティは助走を付けて結界を展開している柱に速度を利用しての駆け上がっていくと、ケイロンたちがいる高さよりギリギリ上まで登り、柱を起点にケイロンたちに飛び込んでいく。
恐らく奇襲としては最初で最後の一撃、これを避けたり防がれると、2度目がない事をクリスティは理解していた。
「はあああああああっ!!」
勢いよく飛び込んでいくと共に振り下ろされる魔剣は真っ直ぐケイロンに目掛けられていた。
「くっ、ライルぅ!!」
「カァア!!」
吹いていたブレスをクリスティに向けるライルだったが、咄嗟に展開した火除けのアミュレットが功を為したのか、大火傷を負うことなくそのまま突っ込んだ。
若干ローブが焼け焦げているが限界まで自然治癒能力を上げていたおかげか、ほほが少し赤くなっている程度で済んでいた。
とはいえ、奇襲は完璧に成功とまではいかない。
ブレスの影響か、少しだけ押し出される形となったクリスティの攻撃は、浅く斬り込む程度で、ライルを地に落とすほどの効果を齎さなかったのである。
「…誤算だったわ、これならアミュレットなんか使わなければよかった。
一時の痛みを避け、安全性をとるなんて無難な策、採るべきではなかったわね」
そう着地しながらごちるクリスティは、敗色の濃いこの戦いでどう相手の納得するような敗北を出来るのか、それを考えた。
切り札のアミュレットは思わぬ事態を引き起こしむしろ敗北の原因ともいえて、あとは機械弓【フール】でライルの翼を撃ち抜くという戦術があるが、ケイロンが恐らく妨害してくるため矢の無駄である。
もう一度同じ奇襲をしたとしても、おそらくはブレスで撃ち落とされるだけだろう。
いくら自然治癒力を高めたとしても、どの道ジリ貧であることに違いはない。
詰んでいた。
前日の実験も失敗に終わるし、自分のステータスにある幸運Aは絶対におかしいと内心で呆れると、空中にいるケイロンが勝利を確信したのか、高笑いしながらクリスティに声をかけた。
「はん、やはりその程度か!
これまでの無礼を反省し、土下座するのなら許してやらん事も無いぞ!!」
という不愉快な言葉を受けたクリスティは、状況を理解した上で口を開く。
「…勘弁してちょうだい。
誰があなたみたいな頭の弱い子供に土下座しなくちゃならないの?
冗談はあなたの顔だけにしてちょうだい」
はぁ、とケイロンがいる位置にまで聞こえるほどの溜息をつくクリスティは、次にやってくるだろうブレスの一撃を最小限で防ぐため、自然治癒力を限界にまで引き上げる。
耐久も一時的に引き上げて、ケイロンとライルの合わせ技にも2発は耐えられるくらいにはしてみせる。
ケイロンはそんなクリスティの言葉に完全にキレたのか、若干引き攣った声をさせながらライルに命を下した。
「そ、そうか、そこまで言うのなら仕方ない!
そのまま消し炭になってしまえ!!」
そんな事をすればさすがに貴族院も黙っていないんじゃないの、と思ったがクリスティは言わない。
とりあえずこのブレスに耐えなければ、ただでさえこの後の展望は明るくないのだから。
ブレスが容赦なくクリスティに降り注ぐ瞬間、前日に実験を施していた左手の刻印から、金色の光が発せられた。
―――そして、
―――この世界に、史上最悪にして最強の英霊が舞い降りた。