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頭の痛い話(2)

 


 ミハエル・ツヴァイ・リンデンバーグは王都を離れ、リンデンバーグ領境にあるテントにいた。


 遅々として進まない堀の掘削作業効率を高めるために、付近の各農村から農民を100人ずつ徴集して半ば強制的に作業を完了させようとしていたのである。


 ラフティル公爵を筆頭に派閥に所属していた約20を超える貴族軍を束ねた万の軍勢がリンデンバーグ領になだれ込むと通達があったからだ。


 最初この通達を読んだミハエルは『あのバカ娘(クリスティ)が何かやったか』とすぐに気づいたもので、事実遅れるようにして娘からの手紙が来て、長ったらしい文章がびっしりと埋め尽くされていた。


 直訳すれば『楽しい内戦(イベント)を独り占めしたいので邪魔しないで、逆らったら親でもブチ殺します』という事を輪にかけてバカ丁寧に書かれていた。


 ラフティル公爵の正嫡子にして継嗣、ウィリスが召喚獣を失ったということはすでに知っていた。


 功績作りと称して学院の一大勢力を完全に殲滅したことについて、ミハエルは特に言うことはない。


 決闘という一種の神聖な儀式において決着が付いたのならば、後に引くことは本人の恥にしかならないからだ。


 それがどんな結果であろうとだ。


 とはいえ、本来は1対1が基本とされる決闘をどう解釈すれば2対多数に変更して尚且つ何でもアリの殺し合い(デスマッチ)にしたのかはさっぱり理解できないミハエルであったが。


 そもそもの原因がどうにかしてくれるならミハエルとしても何も文句はない。


 とりあえずは表向きラフティル領邦軍を筆頭とした貴族連合軍の対策として身を隠せるだけの堀を掘らせようとした。


 しかし、リンデンバーグ領邦軍にいる軍人たちは剣を鍬に変えると余りにも役に立たない。


 力はあるのだが普段から土いじりより武器を振るう彼らが効率よく土を掘っていくなどという芸当が出来るわけがなく、1週間もしないうちに近くの農村から農民が徴集されてきた。


 半月もしないうちに作業を完了させると次は魔導師たちに領境に土の壁を作るように命じた。


 これについては問題なく捗った。


 やはり魔導の名門とあってか、リンデンバーグ領には魔導師が驚くほど多い。


 魔導師部隊は王都にもあるが、そこに匹敵するほどの数といえばその数の多さが分かるだろう。


 1国の軍隊の魔導師部隊に匹敵するだけの魔導師を1つの領邦軍が有しているのである。


 2大公爵が誇る領邦郡ですら、数こそいるもののその錬度はリンデンバーグ家が誇る魔導師に遠く及ばないのだ。


 3交代での強行軍のおかげで、領境は分厚く長大な壁を造り上げたのである。


 高さ5メル(約10メートル)の高さにして厚さは2メル(4メートル)というもので、王都の城壁ほどではないが、防御力においては折り紙つきである。


 何しろ鉱物を多く含んだ壁のため、並大抵の魔法では表層を薄く削ることしか出来ないだろう。


 そして最後にクリスティからの希望で冒険者からも有志―――しかもなぜかランクの低い者たちを中心に―――を募り後方支援という名の遊撃隊として組織していた。


 とはいえ、リンデンバーグ領邦軍約7500にたった300ほど加わったところで彼我の差は大きい。


 クリスティの狙いは別にあるとミハエルはすぐに気づいた。


 それは―――、


「お父様、どうしてこんな面倒なことをするのですか?」


 声をかけてきたのはリンデンバーグ家次男ケビンである。


 貴族であることに何よりも誇りと自尊心の強そうな表情をした青年であるが、魔導師科では3本の指に入る秀才である。


「ケビンよ、入ってくるときは挨拶くらいせよ」


 形の良い眉をなでながら、ケビンははいはいとミハエルの言葉を聞き流した。


「我が領邦軍であれば烏合の衆たるラフティル公爵率いる貴族連合軍など恐れ入ることなどないでしょう?

 それなのに、どうしてここまで過剰な防壁など築くのですか」

「それをお前に話さないといけない理由はわしにはない。

 わしがお前を連れてきたのは、何もお前が優秀な魔導師であるからではないぞ。

 その優秀な頭を少し働かせてみよ、そうすればおのずと分かる」


 ミハエルが答えてくれなかったのが気に入らなかったのか、そうですかと短く返すとテントから出て行ってしまった。


 長男であるダニエルは陰湿な面が色濃く―――迂闊さは母親似だが―――ミハエルから受け継がれたが、ケビンの表面上丁寧でいてその実粗暴なのは明らかに母親の影響だ。


 粗暴というよりは大雑把な部類だろうが、ともあれケビンの評判はあまり学院でも良くない。


 ウィリスのように派閥を作ってお山の大将を気取っているケビンは最近噂になっているクリスティの一件から態度があからさまであった。


 何かとつけて貴族の権威を振りかざしたがるのだ。


 次男である以上長男の予備として生きているのが辛うじてリンデンバーグの名を持つことが許されているのにも拘らず、最近の行動は目に余るものである。


「―――まあ言い、荒療治になればいいが、そこはついでで良いであろう。

 冒険者どもがうまく機能すればそれで十分じゃ」


 そう、クリスティが、イェーガーが引き起こすであろう災厄を目の当たりにして冒険者たちの流言を計算しているあの計算高いバカ娘が目に浮かぶ。


 全ては何らかの目的(・・)のため。


 功績作りすらただの予定調和。


 おそらくは魔導騎士になることすら階段を上る程度の気持ちなのだろうが、ミハエルがそれが恐ろしかった。


 あの才能の高さを。


 全ての都合を利用し切って見せるあの才覚を。


 そして、その娘の計画の全容を欠片も把握できない己の非才に嘆いた。


「…ともあれ、この面倒な内戦を終わらせんとな」


 はぁとため息をつくと、ミハエルは副官を呼ぶよう家宰であるシトを呼びつけるのであった。



 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■



 はぁと重くため息をついたのはランク木の2であるヘムは雑用をしながら領邦軍を駆け回っていた。


 毎日毎日騎士たちのシャツや下着を自分の身長ほど積み上げて洗濯場へ運び、食事に使う野菜の皮むきを手伝わされ、火番をしている冒険者たちの見回りなど、することが多い。


 他にも多々あるが、記憶力には自他共に認められているヘムはその多くの仕事をそつなくこなしていた。


 リンデンバーグ侯爵領ではたとえ村でも冒険者ギルドの支部が置かれており、稼ぎに来る者が多い。


 層はバランスよく上級ランク者、中堅所、入りたて、そして身の程知らずと様々だ。


 そして今回依頼掲示板に募集されたのがラフティル公爵率いる貴族連合軍の迎撃する騎士たちの後方支援として必要とされる冒険者たちだった。


 なぜか資格欄には『ランク鉄まで』と書かれていたため中堅以上はこの割のいい仕事にありつけず不満を漏らす者が多かったが、ただでさえ低ランクであるヘムたちの1つの依頼料というものは低く、この依頼は貧困生活をしている低ランクの冒険者たちには渡りに船であった。


「しっかしよお、なんで旦那様はランクの低い奴らをこんなにも集めたんだ?

 俺らより上の連中を雇ったほうが金は高くなるが大粒な連中だってこの領地には結構いるんだがなあ」


「てめえの頭で考えたって領主様の御考えが分かるわけねえだろホイヘ。

 ぼけっとしてねえで報告しやがれ」


 ホイヘは各火番の中心にいるランクと実力がもっとも離れている実力者だ。


 リンデンバーグ侯爵に代々仕えている使用人の次男で、年齢はクリスティより4歳上の18歳だ。


 最近まで侯爵家に仕える騎士に剣を教えてもらっていたおかげか、ランクが鉄の10と怒涛の勢いでランクを上げているギルドの有望株である。


 クリスティには及ばないものの、剣の実力は近衛騎士と同等でスキルも戦闘系が多くバランスの良い戦士でもあった。


 とはいえ頭は余りよくなく、どちらかといえば戦闘以外では余り頼りにならないという不安な点が多く見られるが。


 頭をふらふらさせるホイヘに呆れながらヘムは寝るんじゃねえと軽く殴った。


「うぉっ!!

 あ、ああ悪いヘム、火番はまだ苦手でよ。

 えーと…そうそう、他の火番を探ってるが、異常はねえ。

 これでいいだろ?」


 ホイヘの役目は火番の中心で周りの火番を確認し、または異常がないのか探っているのである。


 ホイヘのスキル『耳千里(まるきこえ)』は周囲の音を把握することの出来るもので、日常生活では邪魔にしかならないこのスキルも、軍事行動中であれば非常に有用なスキルだ。


 異常をその耳で感知すれば各火番に合図して即座に対処することが出来るだろう。


 闇夜からの敵襲を企てている者からすればこれほど厄介なスキルはない。


 ミハエルはこの探索網をすぐに構築し領邦軍がその周りを囲みながら形成していった。


「おし、もう少しがんばんな、俺らと違ってお前は朝寝ててもいいんだ。

 だから夜明けまでまだ時間がかかるんだから、寝るんじゃねえぞ」

「うへぇ、親父の命令でこの依頼受けちまったけど、受けるんじゃなかったぜ」


 とほほと諦めるホイヘに、そのままヘムは最後に火番を統括しているダモン・アーシス十騎長を訪ねて報告した。


 ダモンはタバコをふかせながら報告書を書いており、ヘムに気づくとタバコの火を机で消して火番の様子を尋ねた。


「…そうか、それじゃあお前はもう休め」


 酒を一杯だけ受けとり一気に飲み込んだが、度数が高かったのか胸を痛めながらヘムはダモンのいたテントを離れる。


「…ヤロウ、人で遊びやがって」


 夜は更けていき、月も次第に傾いていく。


 ヘムは自分用のテントに戻って、寝床に腰を下ろして体を休めることにした。


 ホイヘほどではないが、ヘムの仕事量は他の冒険者と比べて多い。


 すでに日は変わっているが、朝早くから仕事が待っている。


 いつ始まるかは分からないこの内戦直前の緊張感高まる中、ヘムはこの内戦の真の理由を知らないまま、その日を迎えていくのであった。


『狂境内戦』が始まる、1週間前の出来事であった。



感想、レビュー、評価などなどくださると作者が悶え喜びます。

よろしくお願いします。

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